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大石久和【多言数窮】

進行する危機に何もしない日本人

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 2017年9月に『「危機感のない日本」の危機』(海竜社)を発刊したのは、世界における驚くべき日本の経済的転落に、警告を発すべき経済学者やメディアはほぼ緘黙状態で、口を開けば、ますます日本沈没に手を貸すことが確実な「消費増税によって財政危機からの脱却を図れ」と叫ぶばかりという現実に震撼したからであった。

 この直接の執筆動機は、名目GDPで見ると1995年には世界の17・6%を占めていたものが、2015年には5・9%になったという下落ぶりの発見だった。経済でしか、世界に存在感を示すことができない日本が、その経済的地位を「転落」と表現するのがふさわしいほどに低下させてきたのに、このことについて、誰もほとんど感心も払わず、議論もしていないことだったのである。

 日本は課題先進国だなどと自嘲気味に語られることがあるが、これを語る暇があるのなら、課題の解決手段を具体化し、課題解決先進国にならなければならないのだ。

①いつまでも続く東京・首都圏一極集中
 30年以内に南海トラフ地震が起こる可能性が70%もあるというのに、いまだに最大人口圏域に人や企業が集まり続けている。総人口が減少に転じ、地方は深刻な人口の自然減が生じているというのに、首都圏はかなりの人口の社会減を地方に強いている。

 高齢者の単身世帯が急増し、コミュニティが成り立たず、社会サービスが地域に行き渡らなくなってきているという、「もはや住むことができない」エリアが広がりつつある。

 この現実に対して、この国は何一つ手を打っていないのが現状だ。地方創生、転出入均衡、関係人口などいくつもの「言葉」は語られてきたが、あるのは言葉ばかりで有効な手立ては何一つ実行されてこなかったのだ。

 経済学者などは、「効率のいい東京・首都圏に人や企業が集まることは、生産性を高め人財の有効活用の観点から、むしろ望ましいのだ」などという。
 では、最大人口圏の総人口シェアが長年にわたってほとんど変わらず、日本の1/2程度の15%に過ぎない国々が順調に経済成長してきたのに、効率のいいはずの東京・首都圏に人口を集め続け、今では総人口比がヨーロッパ諸国の2倍の30%にもなった日本が、ほとんど経済成長していないのはどうしてなのだということになる。

 東京本社企業などは、平均して片道100分の通勤を社員に強要している。一日200分もの時間を労働者から収奪していることへの対価の支払いが社会に対して必要だ。また、東京・首都圏のサラリーマンは狭小住宅での生活を余儀なくされている。

 人生100年時代には、LIFE SHIFTの著者たちは「四世代などの多世代居住が必要だ」と説いているが、それは東京・首都圏ではまず不可能だ。最近、いろんな面で「家族力の低下」が著しいわが国だが、相談できる身内が身近にいないことが大きく効いている。

 このように、東京一極集中は社会の各部にひずみを生じさせているから、東京本社企業には、その歪み解消のコスト負担を求めなければならない。

②昔から予測されていた世界の先頭を走る高齢化
 著しい高齢化の進展は、福祉はもとより医療、モビリティ、コミュニティなどの崩壊の危機など社会の各部の大問題となっているのだが、「なるほどこれで安心」と言える政策はほとんど進んでいるとは思えない。

 「長寿化がもっとも進んでいるということは、裏を返せば、対応するために残された時間が少ないということにほかならない。日本は早急に変化する必要がある。日本の政府に求められることは多く、そのかなりの部分は早い段階で実行しなくてはいけない」とロンドン・ビジネススクール教授たちが論じたLIFESHIFT の翻訳が日本で出版され、話題となったのは2016年11月だったが、その後何か施策の進展があったのだろうか。

③少子化・人口減少
 戦後日本のエポックを画した年は、阪神淡路大震災があり地下鉄サリン事件などがあった1995年だったが、この年は日本の生産年齢人口がピークに達した年でもあった。この年は人口全体はまだ増加していたが、これ以降、生産年齢層は減少を続けており、今ではピークから1000万人以上減少してしまった。1995年にこのことを指摘したのだが、これに備える施策を提案しようとした人は誰もいなかった。

 その後、総務大臣などを歴任した増田寛也氏が、「地方消滅」という中公新書を発刊して大いに話題となった。本書は東京一極集中に警鐘を鳴らしたものだが、このなかで、20代と30代という出産可能女性の減少に注意を喚起したのも注目を集めたのだった。

 消滅するとされた地域の方が反論したことも話題となったが、この書の発刊も2014年のことだった。その後、家庭が子供を産みやすくするための環境整備や、有配偶出生率が低下していないことに着目して有配偶率を高めるだとかの政策は打ち出されたのだろうか。この5年以上もの間、われわれは何をしていたのだろう。

④成長しない経済
 経済学者たちは、財政危機宣言以降、財務省自身があり得ないという財政破綻危機をあおり続け、デフレ下にあるというのに「歳出削減と増税」というデフレ促進策ばかり主張し、メディアも政治もそれに同調してきたから、この国はまるで経済成長して来なかった。国連の2018年12月版のデータベースには、1995年から2017年までの22年間に世界の国々がどれだけ経済成長してきたのかが記載されている。この統計によると、世界はこの間158%の成長を遂げてきたが、そのなかで成長がマイナスだった国が二カ国だけある。なんと、それは内戦が続くリビアと日本の二カ国なのである。日本のマイナス成長は、内戦も何もない分、もっとも衝撃的な「事件」なのである。日本は国内に民族間や地域間の争いもないのに経済成長できないという不思議の国となってしまったのである。

(月刊『時評』2019年9月号掲載)