多言なれば数々(しばしば)窮す
(老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。
経営者が株主に最大の利益を与えるために存在するというのは、新自由主義経済学の考え方である。「公益資本主義」を訴える原丈人氏は「株主こそ一番偉い王様という絶対王制の下で、王様の意のままに動く家来の筆頭がCEO(最高経営責任者)です。従来の社長とCEOが大きく違うのは、意思決定の権限です。」と述べている。
また、「CEOの発言は会社の憲法にもたとえられ、トップダウンの独裁的権力をふるうことが認められています。」と言うのである。
いま日本の大手企業のほとんどが社長をCEOとしているが、このことは、社長が従業員を仲間として考え、彼らの福祉の向上が企業の努めであるという認識や、この会社が提供する財やサービスの品質確保が企業の存在意義であるという認識を大きく欠いていることの証明である。それが社員の組織忠誠心が一番低い国としてしまったのである。
もう一部の大企業がと言えないほどに、多くの有名日本企業の提供する製品の品質の毀損や、その管理方法の欠陥が指摘されるようになった。その企業の発行株の時価総額が高いことだけが、「すぐれた経営だ」とされているからである。
これを経営の目標にしているから、大企業に不正会計や粉飾決算、品質検査の手抜き・改ざんが頻発しているのである。社外取締役など何人増やしても、こうした目標が共有されているのでは、ほとんど何の役にも立たないと考えるが、東芝事件一つ見ても、社外取締役は何の役割も果たせていなかったのだ。
東芝は2003年から「指名委員会等設置会社」を採用している優良会社といわれていたが、コーポレートガバナンスなど、不正会計の防止には何の役にも立っていなかったのだ。
グローバリズムなどというのは、アメリカなどの大企業が、自分の言語や文化、ビジネス慣習などを他国の企業に押しつけるために生み出した用語で、そのためのかっこいい口実や名目でしかないのに、それに合わせた、かつ日本人には合わない企業の統治改革がグローバルスタンダードだなどと言って進められてきた。
日本の企業経営者、たとえば前の経団連会長は外国人労働者をもっと増やすように政府に要求していたが、低学歴の労働者を移民として迎えると、後々大きな社会問題を引き起こすというのは歴史の教訓だし、ヨーロッパがその事例をわれわれに見せてくれているのだが、そのことをどう考えていたのだろう。
いまの経営者が、将来長期にわたってもたらすであろう移民労働者に起因する混乱に責任を取れるはずがないのだ。最近、『西洋の自死』というダグラス・マレーの翻訳が出版された(東洋経済新報社)。なぜ自死とでもいうべき事態が起こってしまったのかといえば、それは「大量の移民を積極的かつ急激に受け入れてきた」からだというのだ。
ヨーロッパの事例を教訓ともせずに、当座の労働力不足に対処するために安易に移民を政府に要求する経営者には、将来への責任と覚悟を問いたいのである。
最近の経営者には、不正事案の多発以外にも、以下の点について問題があると考える。
①非正規雇用を積極的に導入したこと
1995年日本経営者団体連盟(現在は、経団連に吸収されている)は、新しい日本型雇用を提唱し、非正規雇用の導入を提唱した。
これは社員や労働者を仲間とは考えず、単にコストとして扱いはじめたということだが、それは今日労働者の40%もが低賃金の非正規として雇用されるという実態につながった。
この10年間に労働者総数は5008万人から5284万人に拡大し276万人増加したが、そのうち219万人が非正規雇用の女性労働者だった。働かなければ家計が維持できないという家計収入の減少が共働き家計を1188万世帯にまで増やし(1980年には614万世帯だった)、形式的には保育所不足、本質的には家計の貧困化を生んだのである。
②企業統治改革
日本人になじまない企業統治改革が進められてきた。また、キチンと日本語に翻訳しないままガバナンスやコンプライアンス、CEOなどという用語を多用し、用語の違いは概念の違いなのだが、それが理解できているのか疑問に思える用語使いが増加した。
役員任期の一年化、四半期決算制度、委員会等設置会社などの導入など、魂のない形式的なグローバル化、実態はアメリカ化を推し進め、わが国の社会との乖離を広げてきた。
③内部留保と従業員への配分
2018年時点での企業内部留保は446兆円となり、わずか一年で40兆円も増加した。それにもかかわらず、従業員・労働者への利益の配分である労働分配率は、先進国のなかでも最大級の減少となって日本の労働者の貧困化を促進させてきた。
④整備投資不足・IT投資不足
一方で企業によるIT投資は、アメリカが順調に増加させてきているのに、日本は最近では減少させている有様なのだ。日米のGDPの伸びの差は、特にサービス産業の生産性の差異にあるといわれるが、日本のサービス産業の資本装備率はひたすら低下を続けており、経営者は資本投資をせずに、労働集約性を高めることでしのいでいるのである。
⑤消費税増税と法人税減税
経済界は消費税増税を主張するが、堤未果氏の研究によれば、消費税の総税収は創設以来224兆円になるけれども、増税するたびに下げてきた法人税の減税総額は208兆円にもなるという。経済界に消費税増税を唱える資格などないのである。
⑥教養不足
経営の基本には人間についての深い認識が必要だ。大勢の人間を使う経営者は、人間そのものや日本人についての理解、さらにユーラシア人との差異に関する知識が不可欠のはずだが、これについての素養がまるで感じられない経営者が多すぎるのである。
(月刊『時評』2019年2月号掲載)