2023/10/25
集中連載の最終回に当たる今号では、農地と森林に焦点を当てる。そもそも農地や森林の資産価値低下や後継者の都市生活化、多岐にわたる相続対象者などの複合要因が、所有者不明土地を生む遠因であると言えるだろう。しかも農地に関しては所有者が曖昧ながら現在なお耕作されている地域が多いという特殊な状況もある。将来に向けて問題がさらに顕在化しないようどのような手立てが講じられているのか、長井審議官、川村課長に解説してもらった。
農林水産省 大臣官房審議官(兼経営局)
長井 俊彦氏
林野庁 森林整備部森林利用課長
川村 竜哉氏
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所有者は不明ながら現在も耕作
――所有者不明問題について、農林水産省としてはどのような問題意識のもと対応に臨んでおられるのでしょうか。
長井 農地の場合、宅地に比べて転用規制が強い等の理由で資産価値がそれほど高いとは言い難く、それ故に農地の相続が発生しても相続人が権利をきちんと保全しようという意識がなかなか働きません。遺産分割も滞り、結局はそのまま放置されるケースが多くみられます。まして相続人が増えると権利関係の調整がますます複雑になり、最終的に農地が誰の所有か分からなくなる、という経過をたどることになります。
農業の生産性向上を図るには、やはり一定のまとまった区画や面積が求められますので、所有者不明農地が点在すると非効率な耕作を余儀なくされ、生産性にも影響を及ぼすこととなります。
――いわゆる所有者不明の農地は、全国にどれくらいあるのでしょう。
長井 2016年に行った調査によると、登記人が死亡し、所有者が直ちには判明しない農地が47万7000ヘクタール、所有者は判明していても、その所在が不明で連絡がつかない土地が、45万8000ヘクタールあります。足して93万4000ヘクタールとなり、これは当時の日本の農地面積(447万ヘクタール)の2割強にあたります。
ただ、これら93万ヘクタール以上に及ぶ所有者不明農地のうち、本当に何にも使われていない農地は、5万4000ヘクタールで、所有者不明農地全体の6%ほどにとどまります。
――それはつまり、所有者は不明だけれど、実際には多くの農地で耕作が行われている、ということでしょうか。
長井 はい、所有者は明らかではないものの、今も日々、誰かがその農地を耕作しているケースが多く、所有者が不明であることとは別に農業としては成り立っている状態です。
――農業ならではの特殊な状況ですね。ただ、誰かが耕作することで未利用の農地が抑制されているのは良いことかと。
長井 ただ今後、生産者の高齢化に伴い前述のような相続の停滞、未登記の農地がさらに増えて遊休化する可能性が高いため、現段階で権利関係をきちんと整理するなどの対策を講じておくべきであることは確かです。
法改正で農地バンクへ貸付しやすく
――その課題に対し、農業経営基盤強化促進法の改正や農地法の改正などによって対応されてきたとのこと、そのあらましをお願いできましたら。
長井 相続未登記農地の利用の促進を図る観点から、2018年に農業経営基盤強化促進法等の一部を改正してます。
具体的には、以下の2点を大きく改めました。1点目は、農業経営基盤強化促進法において、農地の相続人が複数にわたる場合、全員の所在や確認が得られなくても一人でも判明していれば、当該相続人からの申し出に基づき、市町村に設置されている農業委員会が探索公示手続きを取った上で、市町村の農用地利用集積計画の対象に載せると、他の不明な所有者の同意を得たとみなして、農地そのものを都道府県に設置された〝農地バンク〟こと農地中間管理機構に貸し付けることができるようにする、というものです。農地バンクは中間的に土地を集めて、農業の担い手にまとまった区画を貸し出す機能を有するため、所有者全員の意向を確認する手間が簡略化されることで農地バンクに貸しやすくなり、農地の集約化が進むようになりました。
2点目は、相続人が一人も分からない場合で、これは農地法の改正によって対応しています。遊休農地またはそうなるおそれのある土地については、農業委員会の探索公示を経た上で、都道府県知事が裁定に基づき土地を農地バンクに貸し付けることができるように改めました。どちらの制度も、言わば農地バンクに貸し付けしやすくすることを目的としています。
――探索の範囲も見直されたとか。
長井 はい、登記名義人の配偶者および子に限定しました。その結果、探索したものの所在が判明しない場合は、同意があったものとみなすようにしています。より一層、農地バンクに貸し付けしやすくなりました。
――これらの改正によって、一定の効果があったと思われますが。
長井 1点目の農業経営基盤強化促進法においては改正後、計272件、約56ヘクタールが、2点目の農地法においては、182件、約106ヘクタールの所有者不明農地が農地バンクに貸し付けられました。今までなかなか手を付けられなかった所有者不明農地について、利活用への道筋が見えたことは大きな効果だと思います。
ポイントは、「地域計画」の策定
――農業経営基盤強化促進法に関しては、本年5月にさらに一部改正を行ったとのことですが、所有者不明農地対策の内容などは。
長井 所有者不明農地対策としては、農地の借り手における利用権の設定の上限を従来の20年から40年に長期化しました。例えば果樹などを新たに植える場合、収穫に至るまでかなり長期間にわたるなど、農地バンクから貸し付けられた農地をより長期に使いたいという要望が増えてきたので、その点を手当てしたということです。
また農業委員会による探索後の公示期間を、6カ月から2カ月に短縮しました。手続きをできるだけ短くする一方、利用期間を長くして、所有者不明農地をより利活用しやすくした、というわけです。いずれも来年2023年4月の施行となります。
――今般、改正した背景を教えてください。
長井 農業経営基盤強化促進法は、効率的かつ安定的な農業経営を育成し、これらの農業経営が農業生産の相当部分を担うような農業構造を確立することにより、農業の健全な発展に寄与することを目的として1980年に制定されました。本年5月、生産の効率化やスマート農業の展開等を通じた農業の成長産業化に向け、農地の分散化を解消し、集約化を進めること等を目指して、その一部を改正しています。今般の改正では、人・農地プランを法定化し、地域全体で農地の在り方を将来展望し、誰がどこの農地をどう使っていくのか明確にする目標地図を含む地域計画の作成について定めました。市町村は農業者、農業委員会、農地バンク、農協等も交えて将来の農業や農地利用の姿について協議を行い、その結果を踏まえ、農業委員会が素案を作成する目標地図を含む地域計画を2025年4月までに策定・公告することとなっています。
――つまり「地域計画」づくりが重要であると。
長井 はい、所有者不明農地問題の対策は、突き詰めればこの「地域計画」をより具体化精緻化するための方策の一つであると言えるでしょう。やはり所有者不明農地が多々存在する状況では、利用可能な農地の把握が困難となり、10年後の農地の利用計画が見通せません。所有者不明農地を減らし農地バンク等に利用可能な農地を増やすことで、地域の農地活用の展望をより具体性あるものにする、それが今般の改正で重要なポイントとなります。
前述した通り、確かに現時点では所有者不明土地が多々ありながら耕作されている割合が非常に高いため、この先もこのまま推移していくような楽観的空気もあるかもしれませんが、やはり高齢化の進展等により今後、遊休化が進むといった問題が発生し、将来展望の足かせになりかねない、それならば今のうちにやはり手立てを講じておくべきだと考えています。「地域計画」づくりも容易ではないと思われますが、われわれもさまざまな支援をしていきたいと思いますので、地域農業の活力ある将来に向けて、市町村各位にはご理解の上、取り組んでいただければ幸いです。