2023/04/04
経済安全保障問題がかくまでクローズアップされる以前、在官当時からその重要性について強い問題意識を抱えていた細川氏は、現在、現場感覚を持った同テーマの第一人者である。その視点は、現在の霞が関、そして学界、産業界へとまさに産官学へ広がり、どの分野も安全保障の意識が不可欠だと警鐘を鳴らす。
明星大学 経営学部教授
細川 昌彦
米中対立の本質は〝技術覇権〟
――細川教授は旧・通産省在官当時、経済官庁として初めて安全保障を冠した課、つまり現在の安全保障貿易管理課を設立すべく奔走されたそうですね。
細川 はい、安全保障については外務省と防衛庁(当時)が自らの専管事項だと捉えていたので特に外務省からの反対はすさまじく、あたかも〝武士の領分に商人は口出しするべからず〟といった雰囲気でしたね(笑)。大変な難産の末、1993年に同課発足へとこぎつけ、私自身前身の室長時代から4年にわたって務めました。
――その当時から、経済安全保障問題の重要性を認識されておられたと。
細川 いわゆる冷戦が終結した後の国際秩序をにらみ、これから先の時代は経済官庁も安全保障の視点が不可欠だと考えたのですが、しかし今や経産省のみならず、ほぼオール霞が関で対峙せねばならない国家的テーマとなりました。
――その基本的な構図は、やはり米中対立でしょうか。
細川 その通りです。しかも当面角逐するだけでなく、確実に長期化すると想定されます。そして対立の本質は、かつて見られたような領土や資源をめぐる争いではなく、〝技術覇権〟です。では、AIや量子技術をはじめとする先端技術の覇権をなぜ両国が争うのか。
これらはいずれも民生技術ですが、と同時に軍事技術にも転用可能、それも既存の軍事技術を一変させるような、ゲームチェンジャーの可能性を秘めているのです。使い方次第では従来の戦い方が大きく変容し、現在の軍事バランスさえ変えかねません。そのため米国は現在、中国の技術覇権に対し強い危機感を感じています。
しかもこの先端技術は、民間と軍事の境界が全くなく、習近平主席曰く「軍民融合」という特質を持ち、軍事力の強化と産業力の高度化が一体となっているところに大きなポイントがあります。現に中国では先端技術の研究開発を、国内大学と人民解放軍との連携で進めており、最初から軍事利用を念頭において研究しているのです。このように、技術が軍事の様相を一変させる、〝大変革期〟に差し掛かっていると言えるでしょう。基本的価値観が相容れない二つの大国がその中核にいるからこそ対立が先鋭化する、これが、経済安全保障が求められる根本的な背景です。
――では、半導体などもそうした技術覇権の一部と言えそうでしょうか。
細川 もちろんです。半導体はデジタル社会の推進に不可欠ですが、同時に軍事の基盤技術としても欠かせません。米国はこれらの中核技術の重要性を認識し、トランプ政権当時の2020年段階で「機微・新興技術国家戦略」(C&ET)として取りまとめ、AI、量子技術など新興技術と半導体など基盤技術を計20項目にわたりリストアップしています。バイデン政権でもこれを引き継いでいます。そしてこれらをプロモート(イノベーションの促進)しつつ、同時にプロテクト(技術流出の阻止)も明確に掲げています。
米国がこのような姿勢で臨むなら、日本にも同様の重要性をもって経済安全保障の視点に立ち、プロモートとプロテクトの両立が求められるのは、技術保有国・同盟国としての責務として、ごく当然です。
パターン化する〝経済の武器化〟
――中国は覇権を狙う一方で、サプライチェーンの上流部分を握っています。
細川 はい、近年の中国は、国際社会に対し〝経済の武器化〟をはばかることなく進めています。遡ると2010年、尖閣諸島の問題を機に、日本も中国からのレアアース禁輸の措置を受け、産業界は大きな打撃を受けると同時に、レアアースの中国依存のリスクや深刻さに初めて気付きました。
――政治問題に対して経済制裁をかけてきたわけですね。
細川 以後も立て続けに、中国は各国に対し同様の制裁措置を取っています。10年に中国政府を批判した人権活動家の劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞するとノルウェーからのサーモンの輸入を禁止する、16年に米国が韓国でのTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)システム配備を表明すると中国から韓国への団体観光客旅行を禁止したりロッテ財閥の中国での経済活動に制約をかける、直近ではオーストラリアが新型コロナウイルス発生源について独立調査の実施を主張したところ石炭をはじめ物資の輸入制限をかける、等々。一連の流れは全て、自国の巨大な市場の強みを武器として、政治的に相克する相手国に圧力をかけていく〝経済の武器化〟の恒常的パターン化に他なりません。
――これらの例を見ても、特定物資の中国依存がいかに危険か、つくづく実感します。
細川 かてて加えて、〝経済の武器化〟ではなくとも、コロナ禍初期のマスクや医療資源不足のように、サプライチェーンが途絶え、必要な物資が供給されないリスクを日本は常に抱えています。まして中国は多くの医薬品や抗生物質の原料・原薬を供給しているので、米国に対し「コロナの海に沈むぞ」と露骨な脅しの社説まで掲載しています。これは相手国の生命に直結する問題ですので、まさに医療分野における安全保障の問題だと言えるでしょう。
日本としての経済安全保障をどう議論するかということは、こうした中国の姿勢にどう向き合うかということと表裏なのです。今般の国際情勢下、経済安全保障が国家政策の一丁目一番地だということがお分かりいただけると思います。
認識不足と言わざるを得ない霞が関
――現在の霞が関は、細川教授から見て、経済安全保障の意識が浸透していると言えそうでしょうか。
細川 まだまだ認識不足と思わざるを得ない面が随所に見受けられます。
例えば2020年に外為法改正に伴い投資管理について強化しました。それ自体は結構なことなのですが、同年5月に出された政省令を読むと、制度の不備というか抜け穴があります。改正法によって本来規制できるにもかかわらず、政省令段階で、中国からの投資は国有企業以外、投資内容を企業側からの自己判断で事前届け出が免除されるなど、事実上規制が大幅に緩和された内容となっていたからです。
この点を懸念していたところ、現実に21年3月、楽天グループが中国の大手ネット企業テンセント(騰訊控股)子会社の増資を受け、同社が多額の出資をする事態が起こりました。これについては、私も直ちに批判して懸念を表明しました。
――事後、どのような対応が図られたのでしょう。
細川 改正から一年足らずで経済安全保障上懸念される事態が顕在化したわけですが、しかし制度設計した財務省は、制度発足早々にその不備を認めるわけにもいかないのか、現行の制度で対応可能だという説明に終始したままです。すなわち、事前の審査をかいくぐられても、事後の継続的報告徴収によってチェックするので問題ありません、というスタンスです。当時の菅義偉総理が訪米するにあたり、米国からもこの事態を問題視する動きがありましたが、財務省は制度の不備を認めるのではなく同様の説明で何とか乗り切った、というのが実情です。もしも事後の報告徴収で対応が十分と言うのならば、どうして事前届け出制をわざわざ設けたのでしょうか。説明に窮するはずです。結果として制度の不備は修正されること無く、第二、第三のテンセント問題が発生する可能性は今なお残されたままです。
投資管理については現在、各省庁による合議体を形成し執行体制を強化する方針です。それも大事ですが、制度の不備を放置したまま他に論点をずらしていると勘繰りたくもなります。経済安全保障について実効性のある制度にするのであれば、まずは現状の誤りを認め、不備を正していく姿勢が強く求められます。