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健康・医療・福祉のまちづくり/国土交通省 喜多功彦氏

オープンスペースがもたらす価値

 ロンドンで3年暮らし分かったことは、オープンスペースの価値です。ヨーロッパでは公園など公共の場所は公衆衛生法の体系に組み込まれており、人が健康になるために必要なものという位置付けです。WHOが公表しているガイドライン「都市緑地実践のためのガイドブック」にも、〝都市緑地は地方自治体が市民の健康とウェルビーイングのためにできる重要な投資である〟と明記されています。

 わが国では公共物を包括的に所管する法律はなく、それぞれ道路法や河川法など、いわゆる公物管理法と呼ばれる類型のもと個別に法があります。公園も都市公園法によって規定されているわけですが、国交省では同法改正の際に、日本でも公園や広場の価値や多機能性を健康に結び付ける形で見直すべきという考えを示しました。自然の中でリフレッシュする機会や、ヨガやウォーキングなどのレクリエーションによって人々の健康にメリットがあるのは明らかですし、国内の論文によると公園から遠くに住む人に比べて近くに住む人は1.2倍頻繁に運動するというデータもあります。

 ラグビーワールドカップ2019で試合会場になった全国12カ所のスタジアムのうち10カ所が都市公園の中にあったように、公園とスポーツ施設には深い関連があり、その活用に向けては国交省の役割も小さくありません。たとえばこの春開業する「北海道ボールパーク」へは民都(民間都市開発推進機構)が金融支援を行っていたり、長崎ではサッカースタジアムが2024年の完成を目指していますが、こちらも税制支援などで応援しています。

 〝健康になる遊具〟の設置も注目されるようになってきました。代表例としては医療者の監修を受けてつくられた大阪府吹田市の「健都レールサイド公園」で、国交大臣も視察に行ったことがあります。複数の健康遊具やウォーキングコース、健康への気付きや学びをコンセプトとした図書館が整備されています。

 北九州市は学識経験者等の協力のもと、独自に健康遊具を開発しています。一つの公園だけでなく、市内に24カ所ある公園で包括的に健康遊具を配置している点など、ユニークなアイデアだと思いました。

 奈良県橿原市にある新沢千塚古墳群公園・橿原運動公園では奈良県立医科大学による健康状態分析システムを活用し、希望する公園利用者へ健康アドバイスを提供する実証実験を行っています。データ連携は今後のトレンドでもあり、人々の動機付けに効果が期待できるでしょう。

ウェルビーイングと都市開発

 近年、社会では若年層を中心にウェルビーイングに対する関心が高まっており、健康への配慮度を測るためのさまざまなウェルビーイング指標が登場しています。

 都市開発においても、以前までは環境配慮型サステナビリティを重視した建造物を評価する指標LEED(Leadership in Energy and Environmental Design)が注目されていましたが、近年では世界的な潮流としてLEEDだけでなくWELL(WELL Building Standard)の認証が重視されるようになりました。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

 WELLとは、建物に対して人々が快適かつ健康に過ごせるかを4段階で総合的に評価するものですが、評価のベースとなる項目として物理的な空気・水・食料・光・運動・温熱快適性・音・材料の8項目に加え、こころ・コミュニティという2項目も対象になっていることがポイントです。すでに日本の大手企業でもWELLを取り入れ、PRの手段として活用し始めた事例が出てきており、今後の都市開発の主流になっていくのではないでしょうか。

 たとえば森ビル社による東京・虎ノ門エリアの開発では、当指標でプラチナの認証を獲得する見込みですが、具体的な取り組みとしては広場を中心とした緑化や、空調への高機能フィルター設置による高い空気質環境に加え、カフェで健康的な食事が提供される、歩行者デッキで運動ができる等々、人の健康に着目した工夫が評価されています。

スマートシティは目的を明確に

 ICTなどの新技術を都市計画に生かすスマートシティの構築が世界各国で進んでいます。国交省でも支援を強化するため、国内で先駆的な取り組みを行う22件をスマートシティの先行モデルプロジェクトとして選定しました。たとえばつくば市の「つくば医療MaaS」は、交通弱者と言われる高齢者がスムーズに医療機関を受診できるよう、AIによる交通渋滞の事前予防や顔認証による公共交通利用などの実証調査を行っています。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

 スマートシティに求められているのは、その技術によって人々をどのように幸福にできるかという課題解決力であり、技術オリエンテッド(技術主義)に陥ってしまっては本末転倒です。それを防ぐためにも、まちのウェルビーイング指標を計測するためのツールをデジタル庁が無償提供して、レーダーチャートで指標の内容をこまめに確認できるようにしました。

 これまでに進んでいる実証内容はAIを活用した避難情報のリアルタイム発信や、自動倉庫システムを使ったスムーズな物流などさまざまですが、どのプロジェクトでも国が直轄で公共事業の予算を使う形ではなく、民間が中心となって自走していけるように知恵を絞っています。

超高齢化社会への解答

 私は常々、超高齢化社会への解答は都市構造をコンパクト化するというフィジカル面の工夫にデジタル技術を組み合わせる方法しかないと思ってきました。個人的にも、看護師の妻が訪問看護の仕事をしていた際、ペーパーワークが非常に多いのを目の当たりにして、システムを整備すれば訪問看護・介護事業も効率の底上げが可能だと実感したこともあります。

 2022年7月に当課へ着任する前は、内閣府で国家戦略特区制度に取り組んでいました。担当者として自治体からあらゆる提案を受ける中で最も件数が多かった分野は、やはり健康・医療・福祉です。スーパーシティの選定をしていた際に、石川県加賀市、長野県茅野市、岡山県吉備中央町が健康・医療分野のタスクシフトという面白い取り組みをしていたため、新たに一つの「デジタル田園健康特区」として新しい特区がつくられました。地理的に離れている区域も指定できるバーチャル特区制度を活用して、三つの市町が連携して健康経営の実証を行う試みです。救急医療における救急救命士や、在宅医療における看護師などの役割拡大に加えて、三つの自治体でPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)などの情報を連携させた医療版の情報銀行のような制度なども考えていて、今後の展開が興味深い事例です。

 今は日本の課題としてデジタル化の遅ればかりが強調されがちですが、課題解決のためにデジタル技術を活用する策を講じていかねばならないのであって、本質的な課題はこれまでと変わりません。そもそも近代都市計画はイギリス産業革命期の公衆衛生法まで遡ります。健康的な暮らしを実現するために都市計画が出てきたわけですから、国交省として都市局としてまちづくりと健康を一体で考えていくことは、新しい政策というよりむしろ原点回帰。100年前からの使命に立ち返って、
まちづくりを通じて社会課題解決の道を模索していきたいと思います。
                                                (月刊『時評』2023年3月号掲載)