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アフターコロナの観光政策/観光庁 田島聖一観光戦略課長

世界的な潮流でもある「持続可能な観光」

 一方、コロナ禍を通じ、旅行市場にも変化が生じました。国内では、近隣地域に出かけるマイクロツーリズムの増加や、旅行需要の曜日や場所などの分散化の傾向がみられました。今後の動向には留意が必要ですが、コロナの影響で密になりやすい主要観光地や都市圏、そして混雑時期や休祝日を回避する傾向が強まり、また、自然環境に触れる旅行などへの指向も高まりを見せつつあります。

 世界的にも、自然や環境への関心の高さは欧米を中心に顕著で、例えば旅行検索サイトの検索動向でも、サイクルツーリズムなどアウトドア・アクティビティへの関心や、宿泊地もホテルではなく古民家やファームステイへの検索数が上昇しているといった傾向が現れています。環境や社会に配慮しない形の観光は選ばれにくくなっているとも言われています。

 こうしたニーズも踏まえて、今後の観光政策においては、自然環境に加えて文化や地場産業などの地域資源の保全にも配慮しながら、地元の人たちが観光の恩恵を実感できるような形の「持続可能な観光」を進めていく必要があると考えています。ここでの「持続可能」とは、カーボンニュートラルやゴミの削減という意味での環境配慮だけでなく、地域社会全体にメリットが及ぶことによる持続可能性を意味しており、「住んでよし、訪れてよし」の観光地域づくりと言い換えることもできます。

 具体的な参考事例が令和4年版『観光白書』に紹介されています。栃木県日光の輪王寺では、通常なら非公開とする文化財の保存修理の状況を一般公開し、その拝観料を修理費用の一部に充当しました。一部の国立公園では、利用料を取って環境保全に役立てています。これらは、観光客が地域の自然や文化といった観光資源の保全に貢献するという事例です。また新潟県燕三条地域では、地場産業の金属加工の工場等で見学や作業体験のイベントを開催して地域のファンを増やしており、それが職人の後継者不足や伝統工芸保存などの地域の課題解決につながることも期待されています。こうした形での観光客と地域との関わりには、これからのウィズ/ポストコロナにおける観光業のヒントが含まれているように思われます。

 また、コロナ前の一部の観光地では、多くの観光客が集中して混雑が生じたり、観光客によるマナー違反が問題となるといったこともありましたが、「持続可能な観光」に向けた取り組みは、いわゆるオーバーツーリズムによる弊害の未然防止にもつながると考えています。

 さらに、各地域において、観光振興の取り組みが持続可能であるためには、補助金に頼った一過性の取り組みの繰り返しとならないよう、マネタイズ面での自立も重要です。地域の関係者が連携して、観光分野のデジタル実装、地域一体となったマーケティング等を進めながら、継続的に自立・自走できる地域づくりを目指すことが望まれます。毎年メニューが変わる補助金を追いかけてその獲得を目指すのが観光担当者の仕事というのでは、持続可能とは言えません。国としては、先ほど申し上げたような観光地の再生と高付加価値化に始まる好循環の形成にもつながるように、地域における持続可能な観光の自立的推進のためのマネジメント体制の構築、地域の資源に配慮した観光コンテンツづくり、そしてデジタル技術などを活用した受入環境整備、の三つの分野で地域を支援していきます。

観光政策の三つの柱

 これまでも政府は、〝観光立国〟の推進に力を入れてきました。遡るとビジット・ジャパン・キャンペーンを開始したのは、2003年のことです。以来、さまざまな施策を講じ、インバウンドは飛躍的に伸びてきました。

 直近では、2016年3月に策定された「明日の日本を支える観光ビジョン」に基づき、ビザの戦略的緩和、消費税免税の拡大、空港や港湾の機能強化や受入体制(CIQ)の拡大、国際観光旅客税の導入など、政府全体で大胆な改革を行ってきました。また、それまで見学の対象外とされてきた公的施設やインフラ施設の公開・開放、〝国立公園満喫プロジェクト〟や〝農泊〟などのコンテンツ面でも、各省が連携して取り組んできたところです。今後とも、政府一体となった取り組みは重要です。

 そうした中で、コロナ禍によりインバウンドが消滅し、国内旅行も大きな影響を受けました。足下の観光政策としては、ウィズ/ポストコロナを見据えつつ、コロナで傷んだ観光産業を多面的に支援することが必要と考えており、「事業継続・雇用維持」「需要喚起・創出」「観光基盤の維持・強化、インバウンド回復に向けた準備」の三つの柱で取り組んでいます。

 まず「事業継続・雇用維持」のための業種横断的な支援としては、雇用調整助成金の特例、実質無利子・無担保融資などがあります。

 次に「需要喚起・創出」については、足下の需要喚起として、県民割や、10月11日から実施した全国旅行支援があります。

 さらに、新たな需要創出のため、従来の観光から少し枠をはみ出たところにある国内交流需要を拡大するものとして、ワーケーションの推進や〝第2のふるさとづくり〟に取り組んでいます。

 〝第2のふるさとづくり〟は、「何度も地域に通う旅、帰る旅」をキャッチフレーズに進めている、新しい旅のスタイルです。現在、密を避けて自然環境に触れる旅へのニーズや、田舎に憧れを持って関わりを求める動きが高まっていると言われています。そこで、都市部の若者に地方部の地域の課題解決に参画してもらうなど、旅行者に特定の地域との深い関係を構築してもらい、そこへ行くと「おかえりなさい」と言ってもらえるような旅を推進しようというものです。全国19地域を選定して、モデル事業を展開しています。

消費額と地方誘客を重視したインバウンド誘致を

(資料:観光庁)
(資料:観光庁)

 3本柱の三つめ、「観光基盤の維持・強化、インバウンド回復に向けた準備」が、ウィズ/ポストコロナを見据えた観光施策の中核となります。このうち「観光基盤の維持・強化」では、先ほどのとおり、地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化に向けたハード面の整備、観光コンテンツの造成と磨き上げというソフト面の充実、そしてデジタル化、さらにそれらを支える観光人材の育成などを進めるため、各種の支援メニューを用意しています。

 観光地の再生・高付加価値化の支援としては、観光地の顔となる代表的な宿泊施設の大規模改修、景観を損ねる廃屋の撤去などが地域計画に基づいて行われる場合の支援を実施しています。令和2年度補正予算では550億円の事業でしたが、各地からのご要望も多く、令和3年度補正予算では1000億円に拡充しました。

 また、全国に約300ある観光地域づくり法人(DMO)のうち、観光地域振興に積極的に取り組む意欲とポテンシャルがあり、先駆的な活動を行うDMOについて、重点的に支援しています。

 ソフト面では、地域独自の資源を生かした観光コンテンツづくりについて、自然を活用した体験型アクティビティ、地元産品を生かした新メニューの開発、歴史や文化をもとにした体験型プログラムの造成など、地域の「看板商品」づくりを支援しています。令和3年度補正予算では101億円で、コンテンツ造成から販路開拓までの一貫した支援としています。

 これらの観光基盤の維持・強化策に加えて、インバウンドの本格回復に向けて、新しいインバウンド戦略の策定、高付加価値旅行層の地方誘客促進などに取り組んでいます。

 「インバウンド回復に向けた戦略的準備」は、コロナ前からの課題と、コロナによる旅行需要の変化の双方を踏まえて取り組む必要があります。

 インバウンドについて、コロナで達成できなかった2020年目標と2019年時点での実績を比べてみますと、2020年4000万人という人数の目標については、2019年実績が3200万人弱、達成率にして約8割で、達成まであと一歩という状況にありました。一方で、旅行消費額と地方部の宿泊数、この二つの目標は、2019年時点の達成率がいずれも6割程度にとどまっており、従って、消費額向上と地方誘客促進の2点にテコ入れの必要がある、というのがコロナ直前の状況でした。

 特に、着地消費額が一人100万円以上の旅行者である高付加価値旅行層は、コロナ前、インバウンド全体の1%(29万人)の人数に過ぎませんでしたが、消費額では全体の11・5%(5500億円)を占めていました。そこで、こうした高付加価値旅行者を地方部に誘致できるよう、取り組みを進めています。上質な滞在型コンテンツや宿泊施設の整備、人材育成など、相応の仕掛けが求められますので、まずは令和4年度末までに全国10カ所程度のモデル観光地を決定し、施策を進めていくこととしています。

 さらに、先ほどのとおり、コロナを経た世界的な旅行者の意識や需要の変化として、サステナブル、アウトドア・アクティビティなどがキーワードとなってきます。インバウンドの本格回復に向けて、これらの意識変化やニーズをきめ細かく捉えて取り組みを進めていく必要があります。

 その観点からも、観光地域づくりにおいては、地域のニーズや経済、社会、環境への影響を十分に考慮した「持続可能な観光」を推進し、わが国の観光を持続可能な形で復活させていくことが急務だと考えています。
                                           (月刊『時評』2022年12月号掲載)