2022/06/09
――具体的な実証、また支援事業についてお聞かせください。
河田 MaaSの実現に向けては、総合的モデル事業として2019年度以降、さまざまな実証を進めています。初年度は「全国の牽引役となる先行モデル事業への支援(19事業)」、2020年度は「地域特性に応じたMaaSの実証実験への支援」(36事業)、そして2021年度は「MaaSの社会実装に向けた取り組みへの支援」(12事業)を行ってきました。昨年度はコロナの影響などで事業が継続できなかったところもあり、若干数は減っていますが、地域の特色を出した取り組みを支援しています。
では代表的な事例として群馬県前橋市の事業について触れておきます。前橋市は、約33万人の中核市ですが、市域は広く、全国でも有数のマイカー保有率(一世帯当たり1・7)を誇る都市でもあります。しかし公共交通が十分に発達していないところもあり、公共交通が補ってはいるものの、少子高齢化などを原因とする財政負担の増加、高齢運転者による交通事故の増加、そして交通空白地というマイカーしか移動手段がない地域への交通手段の提供といった課題があり、それに対する取り組みとして進めたのが、「MaeMaaS(前橋版MaaS)社会実装事業」です。
前橋市の公共交通事情ですが、前橋駅を中心に放射状にバスが市域を走っています。そのためバス路線を統合したり、パターンダイヤとしてバス事業者が個別に組んでいたダイヤを発着時間の調整などによって利便性の高いものに変更する。そしてJ R東日本が提供するMaaSのプラットフォームを使い、例えばマイナンバーカードの個人情報から前橋市民か否かを読み取り、市民情報を付加したICカード乗車券を使って公共交通を利用した場合は価格の安い市民用の運賃が適用されるといった取り組みを実施しました。
それ以外にも、交通空白地に住む高齢者の移動手段を確保するために、例えばデイサービスを利用している高齢者であれば、送迎を自宅と施設の往復だけではなく、その中間にある商店街にも立ち寄るといった新しいサービスを提供する第3の交通機関の設立に向けた実証も行っています。またデイサービス利用者だけではなく、地域住民も同様のサービスを活用できないかといった検討も進めています。地域住民であれば誰でもというわけではありませんが、通常デイサービスの送迎車は車椅子対応だったり、乗降を介助する人や理学療法士など高齢者の扱いに慣れた方が運転、あるいは乗車しています。せっかくそうした方が送迎してくれるのであれば、サービス利用者だけではなく、同様のサービスを必要とする人にも活用していただき、生活に必要な移動に使っていただけるよう事業を展開していくということですので、われわれとしても可能な限りの支援は行っていきたいと考えています。
――総合的モデル事業以外にはどういった支援があったのでしょうか。
河田 総合的モデル事業以外に、2020年度から2021年度にモビリティサービス向上に向けた取り組みへの支援「MaaS基盤整備支援」を行っています。支援は六つあり、それは今年度も引き続き実施していく予定になっています。
六つの支援には、最近話題の電動キックボードをはじめとするシェアサイクルやマイクロモビリティなどを首都圏のほか、名古屋や福岡、沖縄などへ導入させるための支援(21年度11事業者)、ICカードやQR決済などによるキャッシュレス決済導入への支援(21年度9事業者、20年度21事業者)、GTFSを提供して利便性の向上を図る運行情報等のデータ化に向けた支援(21年度18事業者、20年度10事業者)、混雑情報提供システムの導入支援(21年度8事業者、20年度14事業者)、地域の抱えるMaaS、あるいはモビリティの課題解決に向けた事業計画策定支援(21年度4事業者)、そして近年、各地で実施が進んでいる乗合サービス、AIオンデマンド交通の導入支援(21年度15事業者、20年度7事業者)――があります。
――昨年4月には「MaaS関連データの連携に関するガイドライン」が2・0に改訂されていますが、本ガイドラインについて、また改訂された部分についてお聞かせください。
河田 MaaSに関連する事業者がデータ連携を円滑に行うために留意すべき事項を整理した「MaaS関連データの連携に関するガイドライン」ですが、Ver.1.0が策定された2020年3月以降、国土交通省でもさまざまな検討を重ねた結果、ガイドラインに新たに記載した方が良いと考えられるデータなどの議論が深まったとして「令和2年度MaaS関連データ検討会」を開催。有識者などから専門的な知見を聞き、利用者と事業者双方にとって有益な情報を盛り込んだガイドラインVer.2.0を策定しました。
改定による変更箇所は、①データの仲介方式に関する記載の追加、②カメラ画像等の利用に係る個人情報保護対応を追記(リアルタイム混雑情報関連)、③ニーズが高いと考えられるデータ項目の具体化・追加(バリアフリー等)――になります。変更の内容としては、①では、データ仲介で想定されるデータを一元的に管理する「データ蓄積方式」とデータが必要な際に都度データ提供者へアクセスを行う「データ分散方式」といった二つの方式を追記しています。②は、リアルタイム混雑情報の活用に当たり、カメラによって取得した画像・映像などの使用も想定されているところ、使用に当たって求められる個人情報保護法等については「公共交通機関のリアルタイム混雑情報提供システムの導入・普及に向けたガイドライン(バス編)」などを参照して、適切な管理を行う必要がある旨を追記。そして③では、車椅子利用者や視覚障害者、聴覚障害者などを含む幅広いMaaS利用者を想定し、バリアフリーに関連する情報を追加、あるいは具体化するようにしています。
さらに本改訂の続きを昨年末から行っています。この交通分野におけるデータ連携の高度化のための検討会では、特にデジタルチケットに関する情報やリアルタイムの運行情報の連携などに注力して検討を進めており、中間とりまとめを行ったところです。
日本版MaaSの実現に向けて
――MaaSは「デジタル田園都市国家構想」においても構想を支える柱の一つとして期待されています。では本構想におけるMaaSの役割とは。そして最後に日本版MaaS実現に向けた今後の展望についてお聞かせください。
河田 デジタル田園都市国家構想を支える柱として役割を果たしていくことはもちろんですが、それ以前に地域交通は住民の豊かな暮らしの実現に不可欠なものです。しかし人口減少による需要減に加え、コロナによって地域交通、いわゆる〝地域の足〟はその存続が危ぶまれるような状況になっています。そのためアフターコロナに向けては、MaaSや自動運転など最新技術の実装を進めつつ、官と民、交通事業者相互、そして他分野においても「共創」を推進し、地域交通を持続可能な形で刷新・再設計(=リ・デザイン)していくことが不可欠として、3月末に「リ・デザイン検討会」を立ち上げ、それぞれの共創実現に向けた議論を進めているところです。
日本版MaaSの実現に向けて、われわれはこれまで進めてきた事業を継続して行っていくことになります。また実際に導入するのは各地域になりますので、MaaSは地域における課題解決の手段として活用するといった観点が重要だと思っています。そしてMaaS実現に向けては、その過程で競合他社や業種を越えた連携が促進されたり、公共交通自体の利便性向上にも期待できるでしょう。当然、導入だけで満足するのではなく、採算性や持続可能性のあるビジネスモデルを形成する必要がありますし、それに対しては交通と観光、小売り、医療、教育などの目的における幅広いサービスとの連携が重要になってきます。
われわれとしても、MaaSの提供を通じて蓄積された移動関連データをどう活用するか。改正地域公共交通活性化再生法に基づくMaaS事業やMaaS協議会をどう活用してプロジェクトを推進していくかなども含め、新しい時代に即したモビリティサービス、日本版MaaSの実現に向けた取り組みをこれからも進めていきたいと考えています。
――本日はありがとうございました。
(月刊『時評』2022年5月号掲載)