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海上保安政策最前線

コーストガードの パイオニアとして ―海上保安庁の正義仁愛―

海上保安庁 次長 上原 淳氏
海上保安庁 次長 上原 淳氏

 1948年5月に発足し、以降およそ70年間にわたり、世界屈指の海洋国家であるわが国の領海と排他的経済水域といった広大な海域における安全と治安の確保を図ってきた海上保安庁。近年、緊迫感を増す周辺海域の情勢や激甚化・頻発化する自然災害、さらに新型コロナウイルスへの対応やオリンピック・パラリンピック開催への備えなど状況の変化は著しい。また組織としては「海上保安体制強化に関する方針」に基づく体制強化が着実に実施されるなど、今、大きく変化している海上保安庁の現状やその取り組みについて、海上保安庁の上原次長に話を聞いた。

――海上における人命や財産の保護、そして治安維持を担う海上保安庁。まず、海上保安庁の業務や使命についてお聞かせください。

上原 海上保安庁は72年前の1948(昭和23)年5月に発足しました。発足に際しては米国のコーストガード(CoastGuard:沿岸警備隊)を参考にしていますが、米国のコーストガードは軍の一部門という側面があります。米国のコーストガードと違って、海上保安庁は、法執行のみを行う純粋なコーストガードであり、その点においてコーストガードのパイオニア的な存在になっています。94年に国連海洋法条約が発効し、それに伴い海洋における法執行を行う機関の役割は著しく重みを増したことでアジア各国におけるコーストガードの創設ラッシュを迎えることになります。

 現在、国際関係が緊迫感を増す中、わが国周辺海域の情勢は非常に厳しくなってきています。いずれの国も国連海洋法条約に基づく国際法上の権利行使を主張していますので、軍事機関ではなく法執行機関である海上保安庁の担う役割はさらに重みを増しています。海上保安庁初代長官の大久保長官は、海上保安庁の精神を「正義仁愛」と表現しました。正義は海上における治安維持を指し、海洋における法執行がまさしくこの正義の具現化にあたります。一方で、仁愛は生命の保護と安全を指し、人命救助を中心とした海難救助になります。近年、自然災害が激甚化しており、海上保安庁の活動は質・量ともに大きく変化し、海難救助にとどまらない、これまでなかった被災者支援なども実施されるようになっていますが、現場では仁愛の精神で被災者お一人お一人のニーズにきめ細かく応えています。

 また、この正義と仁愛については、同じ現場で両立させなければいけないケースもあります。2016(平成28)年8月、尖閣諸島周辺海域の禁漁期が明けるとともに、大量の中国漁船が蝟集し、領海内における違法操業が行われました。海上保安庁では、これらの漁船を領海から退去させるとともに、中国漁船に続いて領海侵入を行った中国公船に対して毅然と対応し、正義を貫きました。一方でこの時、周辺海域において、中国漁船の一隻がギリシャ籍貨物船と日本の領海外で衝突。遭難信号を受信した海上保安庁の巡視船が直ちに救助活動を行い、仁愛の精神をもって中国漁船の乗組員6名を救助しました。業務の内容は時代とともに変わりますが、現場職員は常に正義仁愛の精神で奮闘しています。

わが国周辺海域の現状と自然災害

――周辺海域の情勢が厳しくなっているとのことですが、日本の海を取り巻く現状についてお聞かせください。

上原 まず尖閣諸島周辺の状況として、中国公船が接続水域内にどれだけいるかですが、2019年は過去最大の282日になっています。これは中国公船がほぼ毎日、尖閣諸島周辺にいることになります。また、連続して確認した日数については、昨年4月から6月にかけて64日間と、これまでの日数と比べても大幅に増加していますし、今年も4月14日から現在(6月5日)に至るまで接続水域内で確認していますので、その意味で中国公船の存在感は一層高まっていると言えるでしょう。また、今年の5月8~10日には、中国公船が領海侵入し、日本漁船に接近、追尾するといった事案も発生しています。この事案では、海上保安庁は日本漁船を保護し、安全操業を確保するとともに、中国公船に対して冷静かつ毅然と領海に侵入しないよう警告。侵入後は国際法に則った対応をとって領海外に退去させています。

――大和推周辺など、尖閣諸島周辺以外の現状についてはいかがでしょうか。

上原 日本海の大和推と呼ばれる海域は、わが国の排他的経済水域であり、イカやカニの有数の好漁場ですが、漁獲量の減少が懸念されている場所でもあります。北朝鮮や中国籍とみられる漁船が違法操業を行っており、日本漁船の安全を脅かすような状況になっています。さらに昨年8月23日に水産庁の取締船に北朝鮮籍とみられる高速艇が接近し、翌日にはその高速艇の乗組員が巡視船に向けて小銃のようなものを構えるといった事案が発生。また10月には水産庁の取締船と北朝鮮籍とみられる漁船が衝突するといった事案も発生しています。本事案に対し、赤羽国土交通大臣からも巡視船の配置見直しや共同訓練、現場海域の情報共有の強化について関係各所と連携強化を図るように指示がありましたので、現在、水産庁との連携強化を進めているところです。

 また、北朝鮮による違法操業と関連し、近年、日本海沿岸に北朝鮮からと思料される木造船などの漂流・漂着が相次いでいます。海上保安庁では、巡視警戒を強化するとともに、昨年は第二管区海上保安本部青森海上保安部に機動監視隊を結成して巡回パトロールを強化しています。

 さらに、排他的経済水域(Exclusive Economic Zone:EEZ)において、わが国の同意を得ずに、あるいは同意を与えた内容と異なる調査を行う外国海洋調査船の活動が昨年に引き続き確認されていますので、これに対しても外務省と連携して、中止要求など適切に対応しています。

――災害対応についてのお話がありましたが、海上保安庁は海の災害対応を行っているものと考えていましたが、内陸部の災害対応も行っているのですね。

上原 はい。2015年9月関東・東北豪雨の際、鬼怒川の氾濫で孤立した住民の方を当時の太田大臣の指示で海上保安庁のヘリが吊上げ救助を行ってから、内陸部の災害に対しても本格的に人命救助に当たっています。

 支援活動としては、巡視船による給水・給電や入浴なども行っていますが、これは16年4月に発生した熊本地震の時に巡視船による入浴支援を行ったところ、非常に好評でしたので、以降、こうした被害が出るたびに同様の支援活動を行っています。また18年9月の北海道胆振東部地震の際には全道停電になりましたので、巡視船による給電支援を行ったところ、スマートフォンの充電ができず連絡手段を絶たれてしまった多くの方に喜んでいただけたといった事例もあります。

 もう一つの災害対応として、内陸部の対応ではありませんが、船舶が錨を投じたまま流される「走錨」への対応も行っています。18年9月に発生した台風21 号により、関西国際空港の連絡橋に走錨したタンカーが衝突し、空港とのアクセス機能が遮断される事故が発生しました。この事故を教訓として、船舶交通の安全確保の観点から、19年度に全国41カ所の重要施設周辺海域に、台風の襲来に備え警戒態勢を敷きました。その結果、重要施設への走錨などを起因する事故は防げましたが、台風15号の際には横浜港のアクセス道路に走錨した船舶が衝突する事故が発生しました。そのため台風シーズンを前に海上保安庁では、国土交通省海事局や港湾局などと連携して対策を強力に推進し、現在(6月5日)神奈川県の「南本牧はま道路」と「南本牧コンテナターミナル(MC3、MC4)」、山口県の「柳井発電所」の3カ所を重要施設に追加して、今年から警戒態勢を強化します。