2024/03/12
統計委員会からいただいた再発防止策には、「統計作成プロセスの適正化」「誤り発生への対応」「統計作成の基盤整備」があります。
「統計作成プロセスの適正化」には、PDCAによるガバナンスの確立として、各府省において、調査実施後に統計幹事の下で調査計画の履行状況、利活用状況等を点検・評価を行うことをルール化すること、総務省(統計委員会)は各府省が実施した点検・評価結果に基づき、調査計画等との整合性を確認し、必要に応じて改善を求めること、調査計画の承認審査を重点化すること、分析的審査機能の強化として、各府省の統計幹事の下で調査担当から独立した審査担当の配置、などがあります。
「誤り発生への対応」には、外部からの指摘があった場合や誤りを発見した場合の対応ルール策定(速やかな訂正、原因分析、再発防止策の検討)、行政利用の把握(統計のリコール制度)として、EBPM委員会を通じた各統計の利用状況の把握、結果数値の誤りを発見した際の連絡ルールを定めること、などがあります。
「統計作成の基盤整備」には、PDCAサイクル、分析的審査等に必要な体制の整備、統計幹事の下、社会経済情勢を反映した調査の見直し、ICTや行政記録の活用による見直しなどの改革機能強化、人材の計画的育成、統計局、統計センターによる各省支援、などがあります。
また、統計委員会とは別に、統計改革推進会議のもと有識者からなる統計行政新生部会が開催され、その報告書「統計行政の新生に向けて~将来にわたって高い品質の統計を提供するために~」において、「統計行政8つのステートメント」「ステートメントの実現のための29のタスク」を打ち出しています。
この報告書では、事案の背景として、専門知識・経験が不十分なままで統計を作成する部局に配属されること、調査環境の悪化や定員合理化による職員の減少など統計作成者の負担の増加、などが職員へのプレッシャーになっているのではないか、仮に問題事案が発生しても発見しにくい環境、統計の品質管理の重要性の認識不足などが、問題事案の要因になったのではないか、と指摘しています。
「建設工事受注動態統計調査」の事案
この事案は、「毎月勤労統計調査」の事案を踏まえた種々の取り組みを進める中で、明らかになったものです。
令和3年12月15日、基幹統計の一つである国土交通省の「建設工事受注動態統計調査」において、調査対象の事業者から提出された調査票の数値が書き換えられており「二重計上」が生じていた、との報道がなされました。
「建設工事受注動態統計調査」は、建設業者の建設工事受注動向や公共機関・民間等からの受注工事の詳細を把握する重要な統計です。
一般に、統計調査においては、調査の回答の締め切りを過ぎて提出された「遅延調査票」の扱いが課題になります。締め切りを過ぎたものは計上しない、というのが一つの方法ですが、その場合、そのままにすると、計上しなかった分だけ合計が小さくなります。
「建設工事受注動態統計調査」においては、提出期限後に提出された「遅延調査票」を、その後の提出月分に「合算」する処理を長年実施していました。その際、調査票の記載内容を「書き換え」ており、本来の記入内容は不明になっていました。
さらに、「建設工事受注動態統計調査」では、回収率低下に対応するため、平成25年4月から、未回答の事業者について、他事業者の平均を計上する推計方法を導入しました。その際、従来から行っていた「合算」を中止しなかったため、提出遅れを未回答として扱う推計処理と「合算」が併存し、「二重計上」が発生することになりました。
また、事案を認識した後の対応については、組織として「二重計上」を認識した後、速やかな公表、訂正措置はとられませんでした。
令和3年12月になり、国土交通省では、報道等を受けて、12月23日、総理指示を踏まえ、「建設工事受注動態統計調査の不適切処理に係る検証委員会」(検証委員会)を設置し、翌年1月14日には報告書が公表されました。また、総務省統計委員会では、令和3年12月24日、総務大臣の要請を受け、事案についての精査を開始するとともに、「対応精査タスクフォース」を設置し、翌年1月14日には報告書が公表されました。
1月19日、総理から、統計の信頼回復に向けて全力で取り組むよう指示がありました。総務省統計委員会においては、公的統計全般に対する早期の信頼回復および総合的な品質向上のために、1月26日、「公的統計品質向上のための特別検討チーム」(特別検討チーム)が設置されました。また、国土交通省においては、1月以降、建設工事受注動態統計調査を適正な姿に遡及改定するための手法等について検討を行う「遡及改定検討会議」、また、信頼を取り戻し抜本的な改革を推進するための「建設工事受注動態統計調査の不適切処理に係る再発防止策検討・国土交通省所管統計検証タスクフォース」(再発防止・検証タスクフォース)が開催されました。
総務省統計委員会は、本事案を精査し、政府の統計調査全体に共通する統計作成上のリスク、課題や問題を抽出するとともに、各府省の基幹統計の集計プロセスの点検を含めて行った「点検・確認」の結果等を踏まえて、再発防止策やデジタル化、人材育成の方策等について取りまとめ、8月10日、総務大臣に建議を行いました。また、同日、国土交通省の「再発防止・検証タスクフォース」からは「国土交通省統計改革プラン ~開かれ、使われ、改善し続ける統計へ~」が取りまとめられ公表されました。
統計委員会の建議「公的統計の総合的な品質向上に向けて」は、「総合的品質管理の推進」として、PDCAサイクルの確立/マニュアル整備・共有、業務マニュアルに未記載の事態への対応、変更管理の取り組みの導入、遅延調査票の取り扱いの明確化を掲げています。また、「ガバナンスのための組織内外のコミュニケーションの確保」として、誤りの発見・発生時の適切対処の徹底、地方公共団体や民間事業者との十分な意思疎通を、「デジタル化による人間系ミスの低減と業務プロセスの改善」として、デジタル化の推進を、「品質優先の組織風土のための基盤の整備・強化」として、マネジメント能力の向上と職員の人材育成、各府省の体制強化、中央統計機構の充実と体制強化を掲げています。
幹部職員へのメッセージ
この建議は、幹部職員へのメッセージとして、 各府省のトップマネジメントが果たすべき役割の重要性を訴えています。
重大事象の発生を抑止し、公的統計の品質の確保と向上を図るためには、現場の担当者だけでは限界があるため、統計幹事や統計作成部門の長、予算や人員など統計リソースを管理する者を含む、各府省のトップマネジメントの立場にある幹部職員が、責任を持って主体的・積極的に取り組むことが不可欠である、としています。
統計作成プロセスは、多様な業務が複合し、多くの関係者が携わる「総合プロジェクト」であることから、さまざまな業務のステップに、エラーにつながる可能性が潜んでいるため、その品質を維持・向上するためには、トップマネジメントの責務を担う幹部職員が、こうした統計作成プロセスの特性を認識し、各工程の内容や業務量に応じた体制を確保し、統計作成に係る多くの工程を的確に管理するとともに、それぞれの業務を担う職員の能力の発揮を促すことが重要である、としています。
さらに、「エラーの発生自体を悪とする」のではなく、「エラーに対して社会や統計ユーザーを第一に考えた対応がなされないことを悪とする」という意識を府省内に浸透させ、品質優先で風通しのよい組織風土を醸成する必要がある、としています。
「公的統計の整備に関する基本的な計画」
統計法においては、政府は、公的統計の整備に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、公的統計の整備に関する基本的な計画を定めなければならないこと、また、社会経済情勢の変化を勘案し、および公的統計の整備に関する施策の効果に関する評価を踏まえ、おおむね5年ごとに、変更するものとすることが定められています。現在の第Ⅳ期計画は令和5年度から9年度までのもので、令和5年3月に閣議決定されました。
現計画は、統計委員会の建議などを踏まえ、基本的な視点として「社会経済の変化に的確に対応する公的統計の府省横断的整備の推進」「統計の国際比較可能性の向上」「ユーザー視点に立った統計データ等の利活用促進」「品質の高い統計の作成のための基盤整備」「デジタル技術や多様な情報源の活用などによる正確かつ効率的な統計の作成」を掲げ、「総合的な品質の高い公的統計」の適時かつ確実な提供を目指すとしています。
現在、政府は、この基本計画に沿って、公的統計の改善の取り組みを進めているところです。
おわりに
大隈重信公は、明治政府にあって政策議論の根拠となる統計を重視し、日本の統計体制の整備に努められましたが、明治14年(1881年)、統計院設置の建議において、次のような言葉を残されています。
現在の国勢を詳明せざれば
政府すなわち施政の便を失う
過去施政の結果を鑑照せざれば
政府その政策の利弊を知るに由なし
私どもといたしましても、統計の重要性を胸に、統計行政の推進に当たっていきたいと考えています。
(月刊『時評』2024年2月号掲載)