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わが国のICT国際戦略/総務省 大森 一顕氏

経済安全保障の推進

 昨今、あらゆる分野において経済安全保障の議論が高まりを見せており、周知のとおり先ごろ経済安全保障推進法が成立しました。これに基づき、サプライチェーン、基幹インフラ、先端的な重要技術など、日本としても守るべきは守り、攻めるべきは攻めていくこととなります。必ずしも米国と同じ方法ではなく、日本は日本としてのアプローチで経済安全保障を図っていく方針です。

 基幹インフラのうち、通信、放送、郵便等が総務省所管部分となります。例えば基幹インフラ事業者が導入しようとする重要設備が妨害行為の手段として使用されるおそれがないか、事前にチェックする等が主な対策となります。しかしこれは言うは易く行うは難しで、現在、法律の施行を目指し下位法令などの制度設計を進めているところです。あるいはデジタルインフラの安全性確保に向けたリスク点検評価を徹底する、例えば、緊急時にネットワークがダウンしないよう日頃の点検が非常に大きな意味を持つことになります。

 5G時代になってから、サプライヤーが多様化しました。その利用範囲は医療技術や自動運転など、経済活力や利便性向上だけでなく、生命の安全に直結するような分野へICTが使われるようになりました。つまり、一たびネットワークに支障が生じると甚大な影響が及び、たいへん大きな危機が発生する可能性があるということです。外為法では通信、放送、サイバーセキュリティに関する投資審査等を総務省で担当していますが、2019年の法改正以後、審査件数が非常に増えています。経済安全保障推進法では審査の結果何らかの不備が明らかになった場合、勧告・命令を出すことができるという、ある種の規制を伴うため、法律は確かにできたものの施行に関しては2024年6月までを期限とする施行期日まで、どのような運用が為されるべきかまだ議論が続いています。また、先端的な重要技術の開発支援に関しては、国による支援、官民による協議会、シンクタンク等を通じ資金支援や調査研究業務委託などを行う制度になっており、総務省関連でも高度なICTやAIなどが重要技術に該当し得ます。

 総務省における経済安全保障関連の中核分野の一つが5Gです。オープンかつセキュアで質が高く、多様なニーズに柔軟に対応可能な5Gの海外展開を官民連携で推進し、また将来のBeyond 5Gも見据え、日本企業の国際競争力を強化していくとともに、グローバルなデジタルインフラの安全性・信頼性を確保する必要があります。オープン化の方向性については米国、欧州ほか先進諸国と共有し、わが国企業が主体的に関与しているOpenRAN(オープンな無線アクセス網)、v RAN(ヴァーチャルな無線アクセス網)の国際的な普及を促進します。

 OpenRANは、特定のベンダーに依存せず、複数のベンダーを組み合わせてオープンかつスマートに構築可能な無線アクセス網を指し、日本企業を含め世界の主要キャリア・ベンダーが参加する「O‐RANアライアンス」で国際標準仕様の策定を推進します。他方v RANはソフトウェアと汎用ハードウェアを組み合わせ、仮想化技術により柔軟な機能拡張や運用等を可能とする無線網で、国内ベンダーも仮想化に対応した基地局の開発を推進していきます。このOpenRAN、v RANをもとに、わが国企業の5Gネットワーク機器やソリューションの海外展開に向け、集中的に取り組む所存です。ポストコロナも見据えながら、各国のニーズに応じた5Gモデルを柔軟に提案したいと考えています。直近では本年5月23日に開催された日米首脳会談と翌24日に開催された第4回日米豪印首脳会談においてOpenRAN関係の取り組みが、それぞれの成果文書に盛り込まれました。

グローバル競争力の強化

 政府は現在、2025年段階で34兆円の海外ビジネス達成を目標として掲げており、そのうちデジタルに関しては総務省が担当します。22年7月、「総務省海外展開行動計画2025」を策定しました。同計画の主たるポイントは、ローカル5G等のブロードバンド整備、光海底ケーブル、地上デジタル放送など「10の重点分野」の特定を図り、国・地域の特性に応じて着実かつ積極的な展開と国際連携を実施することにあります。これに基づき、ICT海外展開パッケージ支援事業を通じた支援、㈱海外通信・放送・郵便事業支援機構(JICT)を通じた支援、デジタル技術の海外展開に関心を寄せる企業と情報共有を図るべく、デジタル海外展開プラットフォームを通じた支援などを主たる柱として、ICTの海外展開を積極的に推進しています。すでに多くの分野で具体的事例を実施してきました。

 またICT技術の研究開発の推進や、知的財産・国際標準化の推進なども、国際展開を図る上で欠かせません。総務省所管の国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)を中心に、研究開発を進めています。例としては、光ネットワーク、Beyond 5G、量子暗号通信、リモートセンシング、AI(多言語翻訳技術等)が挙げられます。このうち例えばリモートセンシングは高精細レーダーを活用したゲリラ豪雨の早期捕捉を実現したもので、世界に先駆けたものです。研究開発成果を海外ビジネスにつなげるとともにこれらの技術についてグローバル市場における日本の国際競争力を確保すべく、戦略的に知財取得・国際標準化活動を推進しています。

(資料:総務省)
(資料:総務省)

主要な研究開発の概況

 前述の研究開発各分野について、現状をご紹介します。まずBeyond 5G、つまり6Gですが、2030年を次なる目標年次として、既に各国で開発競争にしのぎを削っている状況ですので、総務省はもとより政府全体で力を入れているところです。これは5Gの特性を伸長した超高速・大容量、超低遅延、超多数同時接続に加え、自律性、拡張性、超安全・信頼性、超低消費電力という固有の特性を有し、実現されれば革新的なサービスの提供が可能になると期待されています。中でも超低消費電力は大変重要です。民間の調査によると、2050年段階ではICT関連の年間電力消費量だけで、16年時点比の日本全体の年間電力消費量の180倍に達すると試算されているため、超低消費電力の実現は非常に大切な要素になるからです。

 総務省では現在、Beyond 5Gの開発に関して基金を創設し、民間企業や大学に委託や助成を行っています。オール光ネットワークによる大容量な固定網と移動網を密に結合させ、陸・海・空・さらには宇宙も視野に入れて革新的な通信インフラネットワークの実現を目指します。社会実装や知財・標準化に向けた戦略も同時並行で進めねばなりません。一方、2021~22年にかけ、前出した各種首脳会議においてBeyond 5Gに関する国際連携推進を図っています。

 次に量子暗号通信について。暗号方式として平文と同じサイズの暗号鍵を用意して一回一回使い捨てにするワンタイムパッド方式を利用し、そのための暗号鍵を光子一個一個で共有する量子鍵配送(Quantum KeyDistribution:Q KD)で実現することを目指します。実現すれば、どんなコンピュータでも絶対に解読できない暗号通信となり、また盗聴されたら確実に検知することができるなど、情報理論的安全性が確立されることとなります。早期社会実装へ向け、研究開発・テストベッド整備を実施中です。

 AI(多言語音声翻訳)はどうか。総務省とNICTでは長年、多言語翻訳技術の基礎研究を実施し、技術やノウハウを蓄積してきました。これにより訪日・在留対応を想定した12の重点対応言語について、AI技術活用により実用レベルの翻訳精度を実現しています。直近ではウクライナ語について日常会話レベルの緊急的な初期対応を、8月2日にスマホのアプリとして公開しました。NICTにおいて翻訳エンジンを開発し、ライセンス契約によって民間企業に利用を開放する仕組みを構築しており、現在は防災、交通、医療等の幅広い分野で活用されています。そして2025年には文脈や話者の意図なども補えるような同時通訳を、さらに2030年にはシビアな交渉時にも使える同時通訳の実現を目指し、研究開発を鋭意実施中です。

 AIについては、脳情報の活用が次なる目標に位置付けられています。すなわち、脳の知覚プロセスをAIモデル化し、人間の知覚行動を予測する技術です。つまり脳の働きを詳細に集めて分析し、人間の考え方を予測することによって新しいサービスの創出などにつなげる研究です。

 以上、ICT全般ですと非常に幅広ながら、そのうち総務省に関する直近の動向についてご説明させていただきました。
                                               (月刊『時評』2022年11月号掲載)

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