2022/09/15
足下の大きな課題の一つとして対応が求められるのが、医薬品の安定供給に関する問題です。
象徴的な事例となるのが、2019年に発生した、抗菌薬「セファゾリン」の供給不安です。手術を行う時に広く使われる薬なのですが、その原材料はほぼ中国に依存している状態です。同年、中国で製造上のトラブルが発生し、長期間にわたり原薬・原材料の供給が途絶する事態となりました。
この件を端緒に同種の事案が再発しないよう、20年12月には自民党の新国際秩序創造戦略本部から、医療を含む戦略的産業が抱える脆弱性を把握した上で、必要に応じて強靱性を高めるための代替策を準備するべき旨が提言されました。それを受けて21年の〝骨太の戦略〟や〝成長戦略〟の中で、半導体等と並び医薬品を強靱化の重点項目の一つに位置付け、サプライチェーンの状況について分析を進めることが明記されました。
現在、今年の通常国会に経済安全保障促進法案を提出すべく、政府部内で検討が進んでおり、同法案における一つの柱として「サプライチェーンの強靱化」が盛り込まれる予定と聞いております。一方、厚労省においては、現在、昨年末に成立した補正予算も活用し、「セファゾリン」の原薬・原材料国産化の支援に乗り出しています。また20年3月には「医療用医薬品の安定供給に関する関係者会議」を開催し、21年3月に「安定確保医薬品」を位置付けるとともに該当する506成分を選定、さらに優先度に応じたカテゴリー分けを行いました。「セファゾリン」同様、サプライチェーン自体が脆弱性をはらみ、安定供給にリスクを伴う成分については、最優先のカテゴリーAから順にサプライチェーンの現状について調査をかけていく予定です。その結果、供給源が特定国・特定工場に偏重するなどサプライチェーンに何らかの脆弱性が認められれば、製薬メーカーとも連携しながら、サプライチェーンの強化に向けた何らかの手立てを検討していくことを考えています。
後発医薬品不足も
加えて現在、後発医薬品の供給不足が発生しています。20年末に中堅・大手の後発医薬品メーカーが製造管理および品質管理体制の違反・不備により薬機法の処分を受け、製品の出荷を長期間停止または縮小していること、さらにこの件に連動して他の企業が多くの品目を出荷調整していること等が影響しています。後発医薬品は全部で約1万品目あるのですが、そのうち約3000品目が停止や縮小の影響を受けており、結果として、医療機関や薬局で後発医薬品を入手することが難しいという状況になっております。
われわれが調べてみると、影響を受けた品目について、代替品も含めた成分・規格ベースで見ると、多くの成分でむしろ供給量が20年9月段階より増えていることが分かりました。実際の現場での取引は個々の銘柄別で行われており、そのような視点で更に分析する必要があるとは思いますが、今回の問題には、医薬品の偏在も一定程度その背景にあることが示唆されたと考えています。このため、われわれとしては、供給量が増えている品目をリスト化し、各医療関係者に発信することや、成分・規格ベースで供給量が一定増加しているものは、企業に対し出荷調整を解除することを依頼するなど、偏在解消に向けた取り組みも実施しているところです。
一方、成分・規格ベースで見ても、この問題が起こる以前と比較して、供給量が不足している品目もあります。そのような品目については、同様に、リスト化して関係者に発信することに加え、企業に対して優先的に増産をかけていただくよう依頼もしております。ただ、後発医薬品メーカーでは、現状でも製造ラインがかなり窮屈な状況にあり、増産要請をかけてもすぐ増産につながるわけではありません。このため、一定の優先順位も考慮しながら、われわれの方で、不足している品目と同等の効能を持つ医薬品の活用の可否や、医療機関において、こうした医薬品への処方の段階での変更について、関係学会とも相談していくことも考えています。
こうした事案は、まず患者さんを第一に考え、現場での対応を図りながら状況の改善を進めるほかはありません。ただ、今般の後発医薬品不足の背景には、国が後発医薬品の使用促進を進める中で、メーカーも価格よりもシェアを重視してきた結果、ともすれば、品質について疎かになってきたこともあるのではないかと考えています。後発医薬品の使用割合も、目標としてきた8割に届こうとする今、今後の後発医薬品の品質や安定供給の確保という観点から国もメーカーも一度立ち止まり見つめ直していく必要があろうかと思われます。
薬価制度改革における改定の数々
21年12月末、令和4年度薬価制度改革がまとまりました。本年4月に改定が行われます。今回の改革では、以下に述べる三つの骨子、およびその他が示されました。
一つ目の骨子が「革新的な医薬品のイノベーション評価」です。これは大きく3点の項目に分類され、その1番目として「革新的な効能・効果の追加承認があった新薬の評価」を明記しています。薬価制度においては、新しい医薬品のイノベーションに対して、それを新薬創出等加算という形で評価しており、新規収載品において企業側が開発投資を回収できるよう、この制度で加算された医薬品については一定期間、薬価が維持されるという仕組みになっています。今回の薬価制度改革においては、新規収載品に後から新たな効能・効果が追加された場合、新規収載の時と同様のイノベーション評価を行い新薬創出等加算の対象にすることを盛り込みました。
2番目が、「先駆的医薬品及び特定用途医薬品の評価」です。具体的には小児用医薬品や薬剤耐性菌の治療薬等が対象となり、これらも新薬創出等加算等の対象にすることとなりました。
3番目が「新型コロナウイルス感染症のワクチン・治療薬の開発の評価」です。コロナウイルス感染症に対し、過去5年間のワクチンや治療薬を新薬創出等加算の企業指標に加えるようにします。国内企業各社ともコロナウイルスのワクチン開発等に取り組んでもらっているため、開発成果に対し薬価制度においても一定程度評価を加える方向への見直しが行われることとなります。
二つ目の骨子が、「国民皆保険の持続可能性の観点からの適正化」です。まずは「長期収載品の薬価の適正化」。現在、後発医薬品への置き換え率によって薬価を下げるというルールになっていますが、今回、その置き換え率について若干幅を広げました。すなわち長期収載品からすると実際に引き下がる範囲が広がるという見直しになります。次に「新薬創出等加算の適正化」です。ポイントに応じた加算の最低対象範囲を、現行より広げる方向へ見直しました。
三つ目の骨子が「医薬品の安定供給の確保、薬価の透明性・予見性の確保」です。現段階で安定確保の優先度が高い医薬品については、新たに「基礎的医薬品」として取り扱うこと、既存の原価計算方式における製造原価の開示度向上を図ること、また、市場拡大再算定の対象品目の類似品として薬価が引き下げられた品目については一定期間引下げ対象から除外する、等々を対象としています。
これらの骨子、項目については、従前より医薬品業界から要望が寄せられていた点もありました。産業界からすれば、まだまだということだとは思いますが、ぎりぎりの及第点といった感じでしょうか。引き続き、医療保険制度の持続可能性を前提として、イノベーション評価や安定供給の確保のために、産業界とも一体となって検討を進めていきたいと思います。
(月刊『時評』2022年4月号掲載)