2023/04/04
日本との関係改善を掲げる尹錫悦大統領の就任により、日本と韓国の関係がどう変化するのか注目されている。政治的、歴史的懸案を抱える現在、新政権の動向が両国間の経済、貿易、ビジネスに新たな局面をもたらす可能性がある。出雲・韓国室長は、日韓両国はこれまで緊密な経済関係を構築してきたが、経済分野での連携をさらに強化するためにも両国が抱える懸念の動きは注視する必要があると指摘する。直近の韓国事情と今後の経済関係の見通しを検証してみたい。
経済産業省通商政策局 韓国室長
出雲 晃氏
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2022年3月9日、韓国大統領選において保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソンニョル)候補が、史上最少の約0・7ポイント差という大接戦を制し、5月10日、大韓民国第20代大統領として就任しました。韓国では1987年の民主化以降、10年単位で保守と革新政党が交互に政権交代してきましたが、今回は5年で革新から保守への政権交代となりました。
尹大統領は、選挙期間中から北朝鮮問題への対応を念頭に、日米韓の連携強化、そして日韓関係改善の重要性を公約として触れてきました。当選翌日の10日には米国バイデン大統領と、11日には岸田総理と順次電話会談を行っています。その主張に沿えば、今後5年間の任期の間に、前政権で悪化した日韓関係が大きく変化する可能性があります。特に、両国間の経済関係に影響を及ぼす可能性について、展望してみたいと思います。
輸出依存度32・9%の貿易立国
まずは改めて韓国の国勢と、直近の国内状況について。大韓民国は1948年8月15日に成立し、50年6月から53年7月までの朝鮮戦争を経て、現在は北緯38度線を軍事境界線として北側の朝鮮民主主義人民共和国と接しています。首都ソウルから軍事境界線までは約50キロメートル。これは長崎県対馬から韓国南部の釜山までとほぼ同距離です。日本対比で面積は約4分の1、人口は5100万人余りで半分弱。ソウルとその近傍首都圏の人口が2600万人ほどと言われていますので、全人口の約半分がソウル周辺に集中していることとなります。
足下の経済状況はどうか。韓国経済はその基本構造として、経済全体の大部分をいわゆる財閥系を中心とする大企業がけん引しています。サムソングループの売上はGDP全体の2割に相当、これに現代自動車やSK、LGを加えると全体の約半分に達します。輸出依存度(輸出額/GDP)が高く、日本の輸出依存度が13・9であるのに対し韓国は32・9にのぼります。新型コロナウイルス感染症拡大の影響により20年のGDP成長率はマイナス0・9%となりましたが、21年はプラス4・0%、22年は同2・7%の見通しとなり、一時期の落ち込みから順調な回復を見せています。世界経済の回復に伴い、比重の高い輸出が活発化したことが主な要因と思われます。とはいえ直近の22年第一四半期は、国内のコロナ再流行に加え、ロシアのウクライナ侵攻に端を発する世界的なエネルギー・原材料価格の高騰などで回復にややブレーキがかかっています。
輸出依存度が高いということは経済の好不調が世界経済の動向に影響されやすいことを示しています。21年の輸出額は6444億ドルで前年比25・7%増加し、輸入は651億ドルで前年比31・5%の増加、貿易総額は1兆2596億ドルで、貿易収支は293億ドルでした。ただし、今年に入ってからは輸出額の伸び以上にエネルギー・原材料費高騰やウォン安の影響で輸入額が伸び、貿易赤字が増えているという状態です。
輸出品目の約2割を半導体が占めており、韓国の産業構造において半導体製造が主要であることがわかります。輸出先は03年以後、中国、米国の順となり日本は同5位、輸入先は18年以後、中国、米国、日本の順です。近年、ベトナムへ韓国企業が相次いで進出しており、ベトナムとの輸出入が大幅に増加しました。貿易収支でもベトナムが中国を抜いて第2位の黒字国になっているのは注目すべき点だと思います。近年、中国から良質安価な製品が市場に出回りつつあることから、今後の韓国製品の競争力が懸念される部分です。
若者の就職難と賃金格差の増大
国内の状況を見てみましょう。22年3月の失業率は3・0%であり、非経済活動人口は1659万人です。若年層の失業率は7・2%で、前年同月比で2・8ポイント減少しました。コロナ禍により若年層を中心とする臨時職、日雇い職の需要が激減し、非経済活動人口数が急増しましたが、21年後半からは年齢や業種により差はあるものの回復傾向をたどっています。
失業率自体は日本とあまり違いませんが、若年層の7・2%というのは日本の20代前半の失業率4・6%に比べて高いなあ、という印象を持たれた方も多いと思います。その理由としてよく指摘されるのが、高学歴ながら就職難、という点です。実際に韓国若年層の大学等進学率は男女ともOECD加盟国の中で最も高いながら、同世代の就職率はOECD加盟国の中で最も低く、言わば大学は出たけれど就職できない若者が多い、というのが実態です。
雇用形態と賃金にも、こうした社会状況が反映されています。正規雇用の賃金平均は年々上昇しているものの、雇用者の36・3%を占める非正規雇用者の賃金は正規雇用者の半分程度です。文在寅(ムン・ジェイン)前大統領は、在任中に雇用増、そして最低賃金の引き上げを政策として掲げ、事実、17~19年の間に最低賃金は急激に上昇したのですが、これは一方で中小企業における正規従業員解雇、小規模商工者や自営業者による家族経営化や廃業が相次ぐという結果を生みました。これにより、政権の最低賃金委員会での議論が紛糾し、その後、最低賃金の上昇は抑制されています。文前大統領は、最低賃金を2020年までに時給1万ウォンに引き上げることを選挙時からの自身の公約としていたのですが、それは未達成に終わりました。
韓国の平均年間賃金が増加する一方、日本は長らく横ばいを続けているため、平均年間賃金は15年に韓国が日本を上回りました。韓国では国内経済をけん引する大企業で成果主義が徹底されているため、それが社員の賃金に反映されていると思われます。一部報道によると、サムスン電子では一般社員から役員まで含めた一人当たりの年間平均賃金が1400万円近くになるとか。その一方で前述の通り、高学歴の若者が就職難で失業率が高い、非正規社員の賃金は正社員の半分ほどという実態を鑑みると、その格差の大きさが感じられるでしょう。
他方で、韓国の平均年間労働時間は1908時間で、日本の同1598時間、OECD平均の1687時間を大きく上回り、先進国の中で最多に達しています。賃金が高いなら、働く時間も長いというわけです。そこで18年7月には、残業時間を含めた1週間の労働時間の上限を従来の68時間から52時間に制限する制度が施行されましたが、大企業は雇用者を増やすことで対応できても、中小企業はそういうわけにもいかず、経営を圧迫する結果となりました。また、〝隠れ残業〟や実質賃金の減少という弊害も発生しています。5月3日、大統領職引継委員会は、新政権の国政ビジョン、6の国政目標、110の国政課題を発表しました。目標と課題を併せて着目すべき点は、保革の分断を埋める「国民統合」、所得主導型の前政権政策から脱した「民間主導の経済」、他にも「脱原発政策の廃止と原子力産業強化」、「自由民主主義価値に基づく東アジア外交」等々といったところでしょうか。
ただ、尹政権は幾多の課題を抱えています。まず、閣僚人事が難航しました。人事聴聞会では閣僚候補者に対する批判が相次ぎ、辞退する候補者もいました。また、国会の議員比率が与小野大の〝ねじれ国会〟です。国会議員の任期は4年で、次回選挙は2024年4月となります。それまで法律や予算等の国会承認が得られなければ国政運営が混乱する可能性があります。また、国政遂行能力に対する国民からの期待感が低いことも気になるところです。過去3代の大統領就任直後に比べて肯定的展望が少なく否定的展望が多いようです。〝ねじれ国会〟において国政を円滑に遂行するためにも国民世論の支持が不可欠です。
このような尹政権は前述の通り、早くから日韓関係改善の重要性を主張してきました。3月の岸田総理との電話会談に続き、4月には政策協議代表団を日本に派遣し、総理や閣僚を表敬しています。萩生田経産大臣とは、日韓関係の健全化には両国の継続的な意思疎通が重要であり、この政策協議代表団の表敬がその一つの契機になり得るとの認識で一致しました。5月の政権発足前後には林外務大臣が訪韓し、就任式に出席し、岸田総理の親書を尹大統領に手渡しました。