2024/05/24
〝地域の人事部〟構想
――では、地域の持続可能性、さらに人材活躍については。
濱野 地域の持続可能性に関しては、健康増進や介護問題など地域が抱える課題に対して自治体と民間企業とが連携して課題解決を図る取り組みを支援しています。関東経済産業局では、2020年から関東信越厚生局とも連携し、自治体が直面する健康増進・介護予防や人材不足等に係る課題を発信し、ヘルスケアベンチャーが課題に対してデジタル技術を活用したソリューションを提案する「ガバメントピッチ」を開催しています。2021年度は各地域におけるマッチング案件について実証支援を展開しました。例えば、ベッド等に設置したセンサーとAIシステム、さらにはスマホアプリが連動し、高齢者のリアルタイムの状態把握に加えて、これから起こる行動を予測することで、見回り職員の効率配置や危険管理の質を向上するといった実証が行われています。
次に、人材活躍ですが、地域企業が新事業創出を図る際には、社内外から機動的に必要なリソースを得ることが有効であるものの、外部の経験値のあるプロフェッショナル人材を直接雇用することは地域企業にとっては容易ではありません。このため、新事業創出への挑戦意欲を持つ地域企業と首都圏に多く存在する新事業分野に関するプロフェッショナル人材とをマッチングすることで、地域企業の新事業創出に向けた支援に取り組んでいます。このほか、経験豊富な企業OBである新現役人材と、主に中小企業経営者との交流会を開催して両者のマッチングを図っています。これまで地域金融機関等との連携により、200回以上の新現役交流会を開催し、参加企業数は3900社超に上ります。また、こうした地域企業が外部人材を活用する際の参考として頂けるように、新事業開発や業務改善等に兼業・副業人材を活用して成果をあげている事例や、取り組みを行う上での〝勘所〟とも言うべきポイントを、『外部人材活用ガイダンス』として作成しました。
さらに新しい動きとして、〝地域の人事部〟構想を検討しているところです。
――それは、どのような構想なのでしょう。
濱野 地域企業の方が前出のような多様な人材を継続的に活用したいと希望しても、個社の対応では限界があるため、人材の採用から定着に至るまで、地域の関係者が一体となった支援体制を整備する構想です。
背景として、コロナ禍により地域企業での兼業・副業を希望する都市部人材は増加傾向にありますが、受け入れ側の地域中小企業は労務管理上の懸念や費用対効果が不明瞭といった理由から、兼業・副業人材の活用についてはためらう傾向にあります。このほか新卒採用の積極推進なども含めて、自治体、金融機関、NPO法人等が連携し、地域ぐるみで地域企業の人材確保・定着を支援する体制、いわゆる「地域の人事部」の構築に向けて必要な方策等を検討しているところです。
――昨年、この欄でご解説いただきました伴走型支援の動向はいかがでしょう。
濱野 伴走型支援は、経営者に寄り添い、企業の「自走化」、すなわち自ら経営改革を実行できる状態に向けた本質的な課題設定と課題解決を手伝い、企業の潜在成長力を引き出すことを目的として2019年から取り組んでいます。これまでに地域企業支援に意欲的な9自治体と連携し、地域未来牽引企業を含む延べ50社程度への支援を実施してきました。今後は、日々の活動を通じて蓄積したさまざまな知見や支援手法を他の地方経済産業局や自治体などと共有し、全国的に展開することにも力を入れていきます。
関係機関との連携促進
――お話を聞くと、関係機関との連携がますます求められるようですね。
濱野 やはり地域の関係機関それぞれの強みを踏まえたきめ細やかな政策展開が不可欠ですので、私たちも日々、自治体、地域金融機関、他省庁の地方機関との連携強化に努めています。
私たち関東経済産業局は2021年4月、自治体との連携を強化するための組織改編を行うとともに、管内2自治体(長岡市、松本市)と包括連携協定に関する覚書を結びました。複数のプロジェクトを組成して政策資源を集中投入し、総合的に支援していきます。現在、両自治体においてデータ活用の人材育成やカーボンニュートラル推進など、自治体および地域企業が抱える課題解決に向け、各種取り組みを進めています。このほか、プロジェクトベースの連携は、52自治体と30のモデルプロジェクトを展開しているところです。例えば、地域の中核企業を支援するための新たな支援機関の立ち上げ支援や観光関連産業の販路拡大支援など、その地域の地域資源などのポテンシャルに応じて、私たちの支援ツールなども活用しながら取り組みを展開しています。さらに、オンラインコミュニティを活用して、多くの自治体の方と意見交換をさせていただいているところです。
――オンラインコミュニティについてもう少し詳細を教えていただけませんか。
濱野 はい、一般財団法人日本立地センター等と連携し、自治体をはじめ支援機関や企業等がコミュニケーションを図り、課題解決やプロジェクト組成に向けた連携を図るためのプラットフォーム「RIDC」(Regional Innovation DigitalCommunity)を開設しています。同じような課題を抱えておられる自治体の方々と、その解決に資するソリューションを有する企業の方々とがつながることで、問題意識の共有や情報交換を行い、その結果、解決に向けた化学変化が起こることを期待しています。現在は22市区町・4支援機関が参画しています。
今年度は「地域課題解決」「ワーケーション」をテーマに実証していますが、将来的にはテーマの拡充や、ブロックの垣根を超えて広域的に自治体の参加を促し、全国的なプラットフォームとしていくことも視野に入れています。今後に向けた可能性の高いプラットフォームであるものと期待しています。
――地域金融機関も連携には欠かせないステークホルダーかと。
濱野 そうですね、地域経済活性化において地域金融機関は欠かせない存在です。関東経済産業局は、毎年「金融連携プログラム」を取りまとめ、地域金融機関とお互いの強みを掛け合わせ、政策の広がりを追求していくための取り組みを進めています。2021年度は、ポスト・コロナを見据えた変革の契機となるような支援を推進するという理念の下、前出の「スマートかつ強靱な地域経済社会」でお話したデジタル、イノベーション、持続可能性、人材活躍を中心に、企業経営における構造改革を支援していきます。
また他省庁との連携強化にも努めていますが、中でも関東財務局とは2018年12月に『地域活性化に資する連携事業に関する覚書』を締結し、これまでに地域金融機関職員を対象に伴走型支援セミナーや本業支援スキルアップ勉強会の共催など、多くの連携事業を行ってきました。また直近では両局の若手職員が合同で、関東地域の発展を目的とした政策検討会を実施中です。
新たな潮流こそ成長の機会
――近年、地球規模で対応が求められる課題であるカーボンニュートラルについて地域企業はどのような対応を図るべきでしょうか。
濱野 カーボンニュートラルに対する基本的なスタンスとして、この世界的なうねりは社会経済を大きく変革し、投資を促し、企業の生産性を向上させ、産業構造の大転換と力強い成長を生み出すチャンスであり、このチャンスを生かして地域経済の成長につなげていくことが必要であると認識しています。それ故、地域企業においてはカーボンニュートラルへの対応についてコスト負担増やルールチェンジによるリスクの側面を認識しつつも、この大きな潮流を成長の機会と捉え、生産性の向上や新事業の創出など、自らの稼ぐ力の強化につなげていくことが何より重要です。また、自治体においても地域の産業競争力の強化のみならず、カーボンニュートラルへの挑戦を機に、地域の持続可能性を追求する取り組みを加速していくことが重要です。
関東経済産業局としては、関係機関との連携による支援ネットワークを形成し、企業のイノベーション創出や自治体の脱炭素化による地域活性化につながる取り組みをサポートしていきます。地域企業における取り組みのポイントとしては、①生産性向上やコスト削減につなげるため、高効率機器の導入や徹底的な省エネの推進、②新技術やアイデアを企業の成長につなげるため、新たな技術革新ニーズへの対応などカーボンニュートラル産業への参入支援、③外部環境の変化を的確に捉え、例えば自動車の電動化を踏まえた事業展開支援の3点が挙げられます。端的に申せば、地域におけるカーボンニュートラルの取り組みは、地域経済の活力維持の観点からも重要であると言えるでしょう。
――関東経済産業局としてはどのような支援策の展開を?
濱野 カーボンニュートラルに向けた支援として、次の四つの観点から着実に進めていきます。一点目は「イノベーション支援」として、カーボンニュー
トラル分野での新事業創出を目指す企業と、技術・ソリューションを保有する企業をOIMS等のプラットフォームを活用しつつ、マッチング後には施策活用・専門家紹介等のフォローアップを実施し、事業化や社会実装を支援していきます。
二点目は「サプライチェーン支援」として、引き続きカーボンニュートラルに対する理解促進を図り、地域企業の意識啓発や取り組みを推進していきます。また、今般の経済対策において、事業再構築補助金にグリーン成長枠、ものづくり補助金にグリーン枠がそれぞれ設けられましたので、これらを有効に活用しながら新分野展開や業態転換といった事業再構築などを支援していきたいと思います。特に自動車産業は、CASEやカーボンニュートラルへの対応が喫緊の課題となるため、自動車関連の地域中小サプライヤーの稼ぐ力の向上を支援していきます。
三点目は「金融機関との連携による支援」です。SDGs への関心が高まり、企業のESG経営が注目されるなか、地域金融機関と連携し、地域企業の脱炭素化の取り組みを進めることで持続可能性を高める経営変革を後押しします。具体的には、カーボンニュートラルに先進的に取り組む地域金融機関と連携し、地域企業の温室効果ガス排出量の見える化、経営戦略の策定、資金調達、経営変革の実現に至るまでの脱炭素化に向けた取り組みのステップや支援手法を体系化して、他の地域金融機関にも横展開していきます。
四点目は「自治体の取組支援」です。多くの自治体はカーボンニュートラルの取り組みに対して検討・準備段階であるため、幅広い情報提供による理解を進めていきます。また、私どもが有する関係機関とのネットワークをさらに強化し、カーボンニュートラルを実現するためのノウハウや人材等を自治体の取り組みにご活用いただけるように提供していきます。
――このほか、地域のサービス産業への支援にも積極的に取り組まれるとのことですが。
濱野 関東地域におけるサービス産業は、付加価値でみると全産業の約7割を占めるなど、地域経済を支える重要な存在です。サービス産業には、「生産と消費の同時性」、「市場の地理的範囲が限定」といった特徴があるため、サービス産業の生産性は人口密度と正の相関関係があると言われており、人口すなわち需要が減少すると付加価値額が減少する傾向にあります。2045年の総人口は全国7割以上の市区町村で2015年に比べ2割以上減少すると想定されることから、これに連動して地域のサービス産業が衰退する恐れがあります。また、現状では、特にコロナ禍の影響により、宿泊、飲食、生活関連などの各サービス業が大きな打撃を受けています。
一方で、国内BtoCのEC市場やキャッシュレス決済市場の拡大など消費者のデジタルシフトが進展している中で、事業者サイドもDXに取り組むことがビジネス拡大のチャンスと目されます。しかしながら、DXは大企業より中小企業、都市部より地方において進んでいないというデータがあります。従って地域サービス産業においても、ビジネスモデルの転換や一層の業務効率化、さらには多様な人材の活用や企業間連携を進め、稼ぐ力の向上や雇用の創出につなげていくことが重要です。
以上の問題意識を踏まえて、私たちでは有識者で構成される研究会を開催しているところです。地域のサービス産業の稼ぐ力(労働生産性)の向上に向けて、人口減少等の地域の構造的課題やサービス産業特有の課題を踏まえ、効果的な支援の在り方について議論を進めており、今後、関東経済産業局としての支援施策を取りまとめていく予定です。
最後に、経済産業関連施策の中でも、主に中堅・中小事業者の方々にご活用いただける支援策を分かりやすくお届けするために、解説付きの動画を作成しました。ぜひご覧いただければと思います。
関東経済産業局では、関係機関の皆さまと緊密な連携を図りながら、地域経済活性化に全力で取り組みます。引き続き、皆さまのご理解とご支援を賜りますようお願いいたします。
(月刊『時評』2022年4月号掲載)