2024/09/17
大規模自然災害が頻発するわが国において、気象等の監視・予測に対する国民の期待は年々高まりを見せている。それに応えるべく気象庁は法整備、技術の進展、予測精度の向上、分野横断的な連携等で年々進化を遂げている。今回、気象、地震、気候の主要三分野を中心にデータの民間利活用まで含め、気象庁の最新動向を大林長官に、広範に解説してもらった。
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線状降水帯に関する情報を段階的に改善
――まずは、気象庁のお仕事全体につきまして概要を教えてください。
大林 基本的には各種自然現象を監視・予測し、その情報を国民の皆さまに利用していただくことで防災、安全、産業振興等に役立てることが気象庁の役割となります。
その中で、大きな柱が三分野あります。一つ目は台風や豪雨などに関連する気象情報、二つ目が地震・津波、火山など地球の活動、三つ目は気象にも密接に関連するのですが気候変動の監視・予測になります。これら各分野について、情報を作成して各メディアを通じて発信し、国民や産業界の利用者に使っていただくのですが、今般では情報が高度化するとともに複雑化を増しているため、より適切に利用していただけるよう利用者に対する周知や啓発にも力を入れています。
その啓発活動において、防災は非常に大きな比重を占めていると言えるでしょう。国民、市町村等において防災に関する情報を適切に使っていただくべく、当庁としても地域防災支援の強化を図っているところです。
――では、主要三分野における現在の取り組み状況をお願いします。まずは気象情報に関してはいかがでしょう。
大林 近年では、線状降水帯という言葉がだいぶ国民に浸透してきたと思われます。発達した積乱雲が次々に発生し、線状の降水域により数時間にわたって非常に激しい雨が降る現象ですが、近年気象庁が名称を定めた水害の多くにこの線状降水帯が関係しています。そのため2021年から線状降水帯に関する情報発信について取り組みを開始し、段階的な改善を進めています。
まず、「迫りくる危険から直ちに避難」を促すため、線状降水帯が発生して災害の危険度が急激に高まっていることを伝える「顕著な大雨に関する気象情報」の提供を2021年から開始し、本年2023年からは予測技術も活用して、この情報の最大30分程度前倒ししての発表を開始しました。26年には、2~3時間前を目標に発表できるよう予測時間を伸ばしていく予定です。
また、線状降水帯は明け方に発生することも多く、日中の発生より避難行動が困難になるため、できるだけ前日の明るいうちから早めに行動できるよう、昨年2022年から線状降水帯による大雨の可能性について、半日程度前から、例えば「関東甲信地方」といった地方単位での呼びかけを行っています。そしてさらなる予測精度向上を図ることで、24年からは県単位、29年には市町村単位まで対象地域を絞っていきたいと考えています。
――どのような方策で予測精度向上を図るのでしょう。
大林 線状降水帯の予測精度向上には、発生に結び付く大気の状態を正確に把握するための観測の強化に加え、予測技術の高度化が重要です。
観測の強化については、官民の船舶に観測装置を設置して洋上観測を強化するなど、水蒸気観測をはじめとする気象観測強化の取り組みを進めています。
また、予測技術の高度化については、スーパーコンピュータ「富岳」も活用し、大学・研究機関とも連携して進め、その成果を気象庁が運用する予測モデルに順次導入していきます。
――宇宙からの観測はどうでしょう。国民にも親しみある気象衛星「ひまわり」が活躍していると聞きました。
大林 はい、「ひまわり」は安全・安心な国民生活に不可欠であるばかりでなく、インド太平洋地域を観測してデータを提供し、各国の防災に大きく貢献するなど世界的な観測網の一翼を担っています。
現在は「ひまわり」8号が軌道上に待機、9号が運用にあたりつつ、次期静止気象衛星の整備に着手したところです。この次期衛星は平面ではなく3次元的に水蒸気の分布や温度を把握できる〝赤外サウンダ〟という機能を搭載するほか、いわゆる〝宇宙天気予報〟に貢献する役割も担います。太陽からの荷電粒子が増えると、通信状況の悪下や高高度を航行中の航空機が受ける放射線が増加する等の影響が生じるため、現在NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)がこれらの予報を発信しており、次期静止気象衛星では荷電粒子を観測する宇宙環境センサーも装備する予定です。
この次期気象衛星は気象庁にとってかなり大きなプロジェクトとなります。政府全体の連携を進め、宇宙開発利用、環境・エネルギーなど新たな施策への貢献を深めるほか、経済安全保障の観点からも重要な社会インフラとして位置付けられるでしょう。
――台風の観測についてはいかがでしょうか。
大林 こちらも目覚ましく改善しています。私が入庁した1985年段階では24時間先の進路予想にとどまっていましたが、現在は5日先まで予測可能となりました。2030年には台風の3日先の予報誤差を100キロメートル程度まで向上させ、事前の広域避難活動に生かせるよう目標設定しています。
過去の地震等を振り返り、日頃からの点検を
――では、二つ目の柱である地震・津波、火山に関する取り組みはいかがでしょうか。
大林 9月1日で、1923年の関東大震災発生から100年を迎えました。他にも83年の日本海中部地震から40年、93年の北海道南西沖地震から30年等の、節目の年でもあります。こうした折に、かつて何が起こったかを振り返り検証し、今後の備えに資することが重要だと認識しています。気象庁では現在、HP内に「関東大震災から100年」特設サイトを開設しているほか、巨大地震対策全般を対象としたオンライン講演会を開催し、アーカイブ配信しています。
地震が気象災害と決定的に異なるのは、いつどこで発生するか予測するのが困難である点です。従って、緊急地震速報や津波警報等を効果的に活用いただくためにも、平素から発生に備えてもらうのが最善で、それ以外に対策はないと言っても過言ではありません。
――食料、燃料などの備蓄を用意する、等々ですね。
大林 大規模地震が発生し流通が途絶えると、被災地まで支援物資が届かなくなる可能性があります。発災後から復旧まで無事に生き延びるためも、少なくとも1週間分くらいの備蓄を平素から用意するべきです。
他にも家具を固定する、塀が補強されているか確認する等、事前にできることは少なくありません。過去の災害を振り返る機会に、災害発生時のリスクについて考え、身の回りについて点検していただければと思います。
――そして、次なる巨大地震の発生が危惧されています。
大林 南海トラフ地震に関しては、駿河湾から日向灘沖までのプレート境界を震源とする大規模地震が概ね100~150年間隔で発生しており、前回1946年の昭和南海地震発生から80年近く経過していることを踏まえ、今後30年内に発生する可能性が70~80%とも指摘されています。
昭和南海地震が発生した時には、その2年前に昭和東南海地震が発生していることから、ひとたび巨大地震が発生すると引き続いて巨大地震が発生するような場合もあります。従ってマグニチュード(M)8クラスの地震が発生した後には、次の地震の発生に警戒するよう「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」を発表します。一週間を最も警戒する期間として設定し、地震発生後の避難では明らかに避難が完了できない地域の住民は避難等を行い、その後さらに一週間はM7クラス発生時の防災対応を実施します。M7クラスの地震発生時にも、やはり最警戒期間を一週間として、地震への備えを再確認していただければと思います。
この仕組みは、同様に発生が危惧される日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震についても取り入れたいと考えていますが、この地域は南海トラフ地震のような連動性が必ずしも明確ではありません。そのため事前避難は呼びかけないものの、最初の地震発生時に「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表し、地震への備えの再確認と次の地震発生時にすぐ避難できるよう準備を呼びかけます。この日本海溝・千島海溝沿いでは、M7クラスの地震は数年に一度程度発生しており、その意味では「南海トラフ地震臨時情報」よりも「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の方が多く発出されるかもしれません。
――近年では、長周期地震動への対応も注目されるようになりました。
大林 特に超高層ビルで起こりやすい、ゆっくりした揺れですね。揺れが遠くまで伝わりやすく数百キロ離れた場所でも大きく長く揺れることがあるので注意が必要です。実際に2011年の東日本大震災発生の時には、大阪で長周期地震動による被害が発生しました。私も当時、合同庁舎の高層階にある大阪管区気象台に勤務していたため、まるで船が揺れるような、ゆっくりだけど何かにつかまらないと立っていられないほどの揺れを経験しました。
こうした点を鑑み本年2月より、どこの高層ビルで長周期地震動が発生しそうかを把握してもらうため、一定レベル以上の長周期地震動が予測される場合にも緊急地震速報を発表することとし、同時に気象庁HPで提供している「長周期地震動に関する観測情報」をオンラインでも配信しています。