2023/08/17
周辺諸国との緊迫感が年々高まるわが国周辺海域。事態への対応強化に向けて海上保安庁は昨年末(2022年12月)にこれまで進めてきた「海上保安体制強化に関する方針」を見直し、新たに「海上保安能力強化に関する方針」を打ち出した。そして本年4 月には有事における自衛隊との連携・協力強化として「統制要領」が策定されたが、その内容はどういったものなのか。海洋秩序の維持に向けて日夜取り組む海上保安庁。今回、海上保安庁の石井長官に海上保安庁の取り組みと今後の展望について話を聞いた。
海上保安庁 長官 石井 昌平氏
Tweet
緊迫感の高まるわが国周辺海域の情勢
――多くの恩恵を与えながら、海難や犯罪、領土や海洋資源の帰属などで国家間の主義主張の場となる海。近年、わが国周辺海域をめぐる情勢が緊張感を増していることもあり、海上保安庁の役割の重要性は増しています。改めて、海上保安庁の業務(所掌)や取り組み、そしてわが国周辺海域を取り巻く情勢についてお聞かせください。
石井 海上保安庁は、海上の安全および治安の確保を図るという任務を果たすため、国内の関係機関のみならず、国外の海上保安機関などとも連携・協力体制の強化を図りつつ、治安の確保、海難救助、海洋環境の保全、自然災害への対応、海洋調査、海洋情報の収集・管理・提供、船舶交通の安全確保など、多種多様な業務を行っています。
わが国周辺海域において、海上保安庁が直面する重大な事態は多様化しており、全国各地であらゆる事案が発生している中、海上保安庁に求められる役割の重要性は年々増してきています。
尖閣諸島周辺の接続水域においては、ほぼ毎日、中国海警局に所属する船舶による活動が確認されており、2022年における1年間の確認日数が336日で過去最多となりました。2020年以降、尖閣諸島周辺のわが国領海において、中国海警局に所属する船舶が操業などを行う日本漁船に近づこうとする事案が多数発生しており、それに伴う領海侵入時間が過去最長の80時間を超える事案も発生しています。また、中国海警局に所属する船舶の勢力増強や大型化・武装化も進んでおり、尖閣諸島周辺海域における情勢は極めて深刻な状況が続いています。
日本海側に目を向けると、日本海有数の好漁場である大和堆周辺のわが国排他的経済水域において、近年、外国漁船による違法操業が確認されるなど、依然として予断を許さない状況です。北朝鮮により、かつてない高い頻度で、かつ、新たな様態で発射される弾道ミサイルもわが国にとっての脅威です。わが国周辺海域を航行する船舶や操業する日本漁船の安全を脅かす、こうした執拗に繰り返される挑発行為は断じて容認できるものではありません。
昨年4月には知床半島沖における遊覧船事故で26名の方が死者・行方不明者となる非常に痛ましい海難も発生しました。広大なわが国周辺海域では、船舶事故や海浜事故など大小問わず多くの海難が日夜発生しています。最近では、震度5弱以上の地震が全国各地で断続的に発生している中、近い将来、首都直下や南海トラフ、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震などの大規模地震の発生が懸念されていることに加え、近年、日本全国に深刻な被害をもたらす集中豪雨や台風など、自然災害への対策も重要性を増しています。
このほかにも、国際テロやサイバー攻撃、外国海洋調査船などの活動、不安定なロシア情勢など、わが国周辺海域の情勢に影響を与える要素はさまざま存在しており、各種施策を推進する必要性は高いと考えています。
新たな方針「海上保安能力強化に関する方針」の概要と本年度の取り組み
―― そうした情勢を鑑み、2022年12月「海上保安能力強化に関する方針」が関係閣僚会議において決定されました。方針の具体的内容についてお聞かせください。
石井 2022年12月16日に「海上保安能力強化に関する関係閣僚会議」が開催され「海上保安能力強化に関する方針」が決定されました。これは、厳しさを増すわが国周辺海域の情勢を踏まえ、新たな国家安全保障戦略などの策定にあわせて、2016年に決定された「海上保安体制強化に関する方針」の見直しを行い、中期的な期間を見据えて取り組む能力強化の方向性を示したものです。これまでの方針においては、尖閣領海警備体制をはじめとして、主に巡視船・航空機等の増強整備などのハード面の取り組みを推進してきました。
新たな方針では、巡視船・航空機等の大幅な増強整備などのハード面の取り組みに加え、新技術の積極的な活用や警察、防衛省・自衛隊、外国海上保安機関などの国内外の関係機関との連携・協力の強化、サイバー対策の一層の強化などのソフト面の取り組みを推進することにより、海上保安業務の遂行に必要な六つの能力、すなわち海上保安能力を一層強化することとしています。
「新たな脅威に備えた高次的な尖閣領海警備能力」として、中国海警船の大型化・武装化や増強への対応に加え、中国海警船や大型中国漁船の大量来航など、あらゆる事態への対処を念頭に、これらに対応するための巡視船などの整備を進めていきます。
「新技術等を活用した隙の無い広域海洋監視能力」として、無操縦者航空機と飛行機・ヘリコプターとの効率的な業務分担を考慮した監視体制の構築や次世代の衛星と人工知能(AI)などの新技術を活用した情報分析などによる情報収集分析能力の強化を進めていきます。
「大規模・重大事案同時発生に対応できる強靱な事案対処能力」については、原発などへのテロの脅威、多数の外国漁船による違法操業、住民避難を含む大規模災害への対応など、大規模・重大事案への対応体制を強化するため、巡視船の機能強化や調査・研究を進めていきます。
「戦略的な国内外の関係機関との連携・支援能力」については、4月に策定された統制要領にかかる検証を行うための共同訓練などを含め、警察、防衛省・自衛隊などの関係機関との連携・協力の強化、外国海上保安機関などとの連携・協力や諸外国への海上保安能力向上支援を一層推進することとしています。
「海洋権益確保に資する優位性を持った海洋調査能力」では、他国による海洋境界などの主張に対し、わが国の立場を適切な形で主張するべく、測量船や測量機器などの整備や高機能化を進め、海洋調査や調査データの解析などを進めていきます。
「強固な業務基盤能力」では、海上保安能力を着実に強化していくため、教育訓練施設の拡充、サイバーセキュリティ上の新たな脅威にも対応した情報通信システムの強靱化を進め、また、巡視船艇・航空機などの活動に必要な基地整備や運航費の確保、老朽化した巡視船艇・航空機などの計画的な代替整備を進めるとともに、巡視船の長寿命化を推進していきます。
海上保安庁としては、本方針に基づき海上保安能力を一層強化することにより、海上法執行機関として、法とルールの支配に基づく平和で豊かな海を守り抜いていく所存です。