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霞が関防災政策最前線/前 消防庁長官 前田一浩氏

火災事例に対する制度面での対応

――消防庁ではこれまで大きな火災事例などを受け、火災予防面等での制度を大きく強化していると思います。近年の火災事例への対応はいかがでしょうか。

前田 直近では、2021年12月に発生した大阪市北区ビル火災への対応があげられます。この火災は、地上へ避難するための唯一の階段付近で容疑者がガソリンをまいて放火したことにより急激に延焼し、27名(容疑者1人含む)の方が亡くなられました。

 火災を受け、国土交通省と開催した「大阪市北区ビル火災を踏まえた今後の防火・避難対策等に関する検討会」において、火災シミュレーションによる避難可能性の検証等が行われ、22年6月に取りまとめられた報告書において、今後取り組むべき防火・避難対策等に係る提言が示されました。

 具体的には、二方向の避難経路の確保や退避区画の設定といったハード面の安全性向上策が示されました。また、直通階段が一つの建築物向けの避難訓練ガイドラインの策定や避難訓練の指導といったソフト面の対策、消防法令違反の是正強化などが示されました。

 これらの提言を踏まえ、消防庁では、在館者が直通階段を使用して避難することが困難になった場合の退避・避難行動などを示した「直通階段が一つの建築物向けの避難行動に関するガイドライン」を策定しました。また、立入検査標準マニュアルについて、直通階段が一つの防火対象物を重点的な立入検査の対象に追加するなど、消防法令違反の是正を強化するための見直しなどを行いました。国土交通省では、既存不適格建築物に関する制限の合理化に係る建築基準法令の改正等が行われました。

 引き続き、このような建築物に係る安全の確保について、国土交通省と連携して取り組んで参ります。

――関東大震災では火災による死者が多かったものと思います。近年の火災件数や火災によって亡くなってしまった方についてお聞かせ下さい。

前田 近年、総出火件数は火災予防意識の向上や火気設備などの安全装置の普及などによって減少傾向にあり、2012年は年間約4万4000件の火災が発生していたところ、今年5月に消防庁が発表した22年の速報値では約3万6000件と、直近10年で約18%減少しています。

 さらに住宅火災については、住宅用火災警報器の普及などにより、放火を除くと、12年は約1万3000件の火災が発生していたところ、同じく速報値では約1万400件と、直近10年で2割減少しています。

 また、火災による死者数についても減少傾向にあり、12年が約1700人だった火災による死者数は同じく速報値で約1400人まで減少しています。

 しかしながら、近年、住宅火災による死者数のうち、65歳以上の高齢者の占める割合が7~8割と高水準で推移している状況であり、さらなる高齢化の進展により、住宅火災による高齢者の死者数の割合は今後も増加していくことが予想されます。

 このような背景から、消防庁では住宅において居住者が自ら効果的な防火対策を行えるように、四つの習慣、六つの対策からなる「住宅防火いのちを守る10のポイント」をまとめ、動画とパンフレットで周知しています。こうした資料も参考にしながら、ご家族の皆さまで日頃から住宅火災からいのちを守るための対策をご確認いただければと考えています。

消防防災分野におけるDXの状況

――近年は科学技術が目まぐるしく発展しています。特にデジタルの分野は著しいものがあると思いますが、消防におけるDXにはどのようなものがあるのでしょうか。

前田 昨今、さまざまな分野でのDXがうたわれているところであり、消防防災分野においても、この流れをとらえ、DXを進めることで活動をより効果的に行えるようにする必要があります。

 たとえば、救急業務についてですが、2022年中の救急出動件数は723万件弱となるなど、集計開始以来最多となりました。消防庁では、このような救急需要の中でも、適切に救急搬送に対応できるよう、救急安心センター事業(#7119)の全国展開を推進しています。 

 また、救急業務のDXとして、「マイナンバーカードを活用した救急業務の迅速化・円滑化に向けたシステム構築」に取り組んでいます。この事業は、救急業務に必要となる傷病者の情報を救急隊員が正確かつ早期に把握し、搬送先医療機関の選定等に役立てることにより迅速・円滑な救急活動を目指すもので、24年度末を目途に全国展開を目指して取り組みを進めています。

――気象情報を救急活動に活用する構想があるそうですね。

前田 AIを活用し、気温や天候などにより救急隊の需要を予測することで救急隊の運用を最適化し、現場到着時間の短縮を図るシステム構築を推進しています。

 また、災害対応において、映像情報により視覚に訴えることは、情報伝達において大きな意味を持ちます。このため、緊急通報を受けて消防隊等への指令を行う消防指令システムを、通報者が音声だけではなく映像でも情報を送ることが出来ることを標準化するなどの高度化に向けた環境整備を行うことや、消防団へのドローンの配備、講習を進めるとともに、災害時における国・自治体間の映像共有手段の充実を図るため、消防本部・消防団による映像情報の投稿機能を有した「消防庁映像共有システム」の構築に取り組んでいます。

 そのほかにも、ドローンの活用など緊急消防援助隊のDXの推進による情報収集、分析など指揮支援体制の強化を図ることや、消防分野におけるDXに関する研究開発の促進など、DXによる消防防災分野の高度化に向け、あらゆる手段を講じていく予定です。

(資料:消防庁)
(資料:消防庁)

消防団による活動の課題と対策

――地震などの大規模、広域な災害が発生した場合はいわゆる公助である消防本部だけの力では対応は困難だと思います。自助・共助の面が重要になってくるかと思いますが、このような面では消防団はどのような役割を担うのでしょうか。

前田 消防団は、①管轄区域内に居住又は勤務し、地域の事情に精通する「地域密着性」、②日頃から訓練を行い、災害発生時に迅速に対応できる「即時対応力」、③消防職員数の約4・7倍の人員を有する「要員動員力」といった特性を持ち、全国各地で災害が激甚化・頻発化する中、地域防災力の中核として益々重要な役割を果たしています。

 大規模で広域的な災害になればなるほど、常備消防、警察、自衛隊などが本格的に機能する前の初動期において、前述のような特性を有する消防団が、いちはやく現場に駆けつけ、消火や救助、避難誘導等の活動に事することで多くの方々の命が救われてきたところであり、地域住民が主体となる消防団の充実強化を図ることの重要性は、阪神淡路大震災をはじめとするこれまでの災害を踏まえた教訓です。

 また、消防団は平常時においても、将来の地域防災を担う子どもたちへの防災教育、防災意識の向上を目的とした地域住民への広報や応急手当指導などを通じて、防災意識の普及・啓発に携わっています。これらの活動により、住民の自助・共助を促進し、地域における消防・防災力の向上、地域コミュニティの活性化に大きな役割を果たしています。

――全国的に消防団員は減少傾向であると伺っています、消防団の現状や課題などについてお聞かせ下さい。

前田 ご指摘の通り、消防団員数は2022年4月時点で78万3578人と、初めて80万人を下回りました。特に20代、30代の若年層の入団者数の減少が著しいところ、報酬等の処遇改善や女性や若者をはじめとする幅広い住民の入団促進により、消防団員の確保に努める必要があると考えています。

 報酬等の処遇改善については、21年に「消防団員の報酬等の基準」を策定し、市町村に対応を要請してきたところ、22年4月時点で当該基準を満たす市町村が約7割となり、消防団員の処遇改善は前進していると認識しています。

 また、女性や若者をはじめとする幅広い住民の入団促進に向けては、広報の充実に加え、機能別団員制度や協力事業所表示制度の一層の活用を働きかけています。さらに、消防団DXの推進や企業・大学等と連携した入団促進など、社会環境の変化に対応した消防団運営の優良事例を全額国費で支援し、全国に普及促進する「消防団の力向上モデル事業」について、23年度予算において対前年度比1億円増の3・5億円を計上しています。

 その他、救助用資機材の整備に係る補助金の対象資機材の拡充による装備の充実、準中型自動車免許の取得支援、災害発生を想定した実践的なドローン講習の実施などにより、消防団の活動環境整備を進めているところです。

 引き続き、これらの取り組みを推進することにより、消防団員の確保に全力を挙げて取り組んでまいりたいと考えています。

――最後に誌面を通じて長官からメッセージなどがございましたら、是非お願いいたします。

前田 全国の消防本部723本部、職員約17万人、消防団員約78万人。その一人一人の思いを束ねるのが消防庁です。

 消防庁は、火災の予防や消火、救急、救助、防災、国民保護など「国民の安全・安心」の担い手として、消防防災体制を強化するとともに、全国の消防本部や都道府県・市町村の危機管理局と共に災害による被害を最小限に防ぐ重責を担っています。

 平常時は消防行政の礎として、社会経済情勢等の変化とこれに伴う地域社会の変化の中で、「安全・安心な地域づくり」を戦略的かつ実践的に推進していくため、全国の消防本部や地方公共団体と連携して、必要な法令・ガイドラインの整備、車両・資機材の配備を行い、緊急時は災害対応の司令塔として、地域の消防力では対処できない大規模地震や台風などの自然災害、大規模事故、テロや有事などの緊急事態に際し、被害の全貌を迅速に把握するとともに、全国的な見地から緊急消防援助隊の派遣などを行い、被害の抑制に当たっています。

 消防庁では、今後発生が懸念される南海トラフ地震や首都直下型地震などの大規模地震などにも、一丸となって立ち向かい、誰もが安心して暮らせる全国の地域づくりに引き続き取り組んでまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

――本日はありがとうございました。
                                                 (月刊『時評』2023年8月号掲載)
                                              ※掲載内容は前役職時のものとなります。