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集中連載「ポスト・コロナの霞が関像」第2回

きたむら わたる/1970年京都府生まれ、京都大学大学院法学研究科博士後期課程修了。法学博士。2005年大阪市立大学大学院法学研究科助教授、08年大阪大学大学院法学研究科准教授、13年より同教授。20年より大学院法学研究科附属法政実務連携センター長、日本行政学会事務局担当理事。著書、論文多数。
きたむら わたる/1970年京都府生まれ、京都大学大学院法学研究科博士後期課程修了。法学博士。2005年大阪市立大学大学院法学研究科助教授、08年大阪大学大学院法学研究科准教授、13年より同教授。20年より大学院法学研究科附属法政実務連携センター長、日本行政学会事務局担当理事。著書、論文多数。

 コロナ禍が長引く中、政府・行政に対する国民からの信頼に揺らぎが生じている。しかしその背景には、国家公務員の過酷な労働状況や人間的な思いが、国民に正しく理解されていないことも遠因と考えられる。
 2019年に霞が関6省(財務、総務、経産、国交、厚労、文科)の約1500名に及ぶ課長補佐級以上を対象に官僚意識調査を実施した、大阪大学大学院の北村先生に調査結果を踏まえた霞が関官僚像について、分析と改革・改善への提言をしてもらった。


「行政に対する適切な投資が必要な時」

大阪大学大学院法学研究科
法政実務連携センター長・教授
北村 亘



精勤モチベーションの底流


――まずは意識調査を実施した背景からお願いできましたら。

北村 この官僚意識調査は、もともと村松岐夫先生(文化功労者、京都大学名誉教授)が1976年、1985年、そして2001年の3回にわたって行っておられた調査の延長にあります。以後は、16年の文科省の調査まで行われておりません。しかも、文科省の調査でわかったことが同省の特性なのか行政全体の傾向なのかが判然としませんでした。人事院でも同種の調査を行っておられますが、府省別の分析ができないという制約があります。
 そこで2019年に、財務省、総務省、経産省、国交省、厚労省、文科省の6省を対象とし、過去3回の課長級以上の幹部職員のみならず、実務を担う〝働き盛り〟とも言うべき課長補佐級の方々まで対象を広げて調査を行いました。ただ、調査期間に関東近県に大型台風が襲来したことで各省の課長補佐級の職員がその対応に追われてしまい、回答どころではなくなりました。さらに、責任ある回答が難しいと課長補佐級の職員の方々がお感じになったことも調査後の補充インタビューで明らかになりました。結果として課長級以上の回答の比重がかなり高くなり、30代と40代以上との比較ができなくなったのが惜しまれるところです。

――先生の問題意識はどのような点に?

北村 国家公務員はそもそも民間企業と異なり、より多く仕事をしたところで給与が高くなるわけではありません。昇進速度も、近年の定年延長等により以前より遅くなっています。このように報いの乏しい中でなぜ公務に精勤できるのかということを合理的に説明したいと考えました。公務員がなぜ一生懸命働くのかということは世界の行政学でも「謎」のままなのです。彼らのモチベーションの底流にあるものを明らかにすることは学問の進歩にもつながりますし、現状に即した人事政策を行う際にも役立つのではないかと考えました。

――結果に対する分析、所感などはいかがでしょうか。

北村 給与に対する満足度を問う設問では、実は給与面に対する不満はそれほど大きくないという回答が多数でしたが、これは文字通り受け取っていいとは思えません。民間の同じ組織と比較したときには不満があるようだからです。また、飲み会の席の是非・要不要についても設問したのですが、これに対しては肯定的な見方が中心でした。もちろん、課長級以上に偏っているという点を考慮しなければならないと思いますが、平素の業務時間内よりも酒席などでの情報交換を重視しているように思われます。
 また対象とした省によって、カラーの違いが浮き彫りになったことも興味深い点でした。酒席の場に対しても、旧農水系や旧総務庁系の方などは積極的である一方で、地方赴任が多く酒席の対応が重視されるという旧自治系の方々は必要性を認めつつもむしろそれほど積極的ではないということも面白い発見でした。これは一例ですが、一般的に想起しがちなイメージと異なる側面を垣間見ることができるのも意識調査の重要な側面だと思います。


若者ほど高い、公共への意識


――前回調査で、先進諸外国と比較して日本の国家公務員は仕事量が多い一方、報償は少ないという象徴的なグラフが示されました。コロナ対応や、今般の退職者増で日本ではさらに仕事量が増えると想定されます。

北村 諸外国でも仕事量は増えると思われますが、それに連動して報償も増えたり、職員数が増えたりする、あるいはいずれもあるというのが日本との大きな違いです。サービス残業が常態化している日本との差異は、このコロナ禍によってさらに悪化しているのではないでしょうか。

職員一人当たりの負担と報償/出典:北村亘(2020)「日本の行政はスリムすぎる」、『中央公論』第134巻第10号(10月号)、42-51頁。
職員一人当たりの負担と報償/出典:北村亘(2020)「日本の行政はスリムすぎる」、『中央公論』第134巻第10号(10月号)、42-51頁。

――そうしますと、日本の国家公務員の精勤について、先生が問題意識として抱かれていた、精神的背景についてはさらに見えにくくなりつつあるのでは。

北村 むしろ、今回の調査で手掛かりは得ました。公的な仕事に対して貢献したいという強い意識はやはり確固としています。これは公務員を対象とした意識調査において、ほぼ一貫していると言えるでしょう。
 他の世論調査研究などによると、いわゆる〝バブル世代〟の中高年層よりも、若い世代ほど公共のために尽くしたいという思いが強いそうで、実際にボランティア活動やNPOなどは若年層が主力です。公益に貢献したいという職業意識と現代の合理主義的な若年気質、この二つの軸の相関が、現在の国家公務員の精神的基盤となっているようです。

――意識調査の回答でも、その時点ですでに数年前から仕事量が増えているとの切実な声が多数寄せられています。その背景について先生の分析はいかがでしょう。

北村 主たる要因は、予算の膨張だと思います。08年のリーマン・ショック、11年の東日本大震災等の大きな外部環境の変化により、近年は年数回の補正予算の編成が常態化しており、一般会計も100兆円超になっています。他方、国家・地方含めて国家公務員の定数は一貫して減らされ続け、国家公務員の一般職員は現在30万人を割り込んでいますし、地方公務員も2005年の総務事務次官通知「地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針」(新地方行革指針)に基づく「集中改革プラン」によって大幅に定員が削られました。少子高齢化の対応や自然災害の頻発などで業務量が増え、国・地方とも余力がありません。
 また、量に加えて仕事の高度化・複雑化という質の変化も大きな要因です。極論すれば、高齢者や子どもなど公的施策を適用する対象に、より深く関わろうとするほど、行政官には対象が抱える社会課題を解決する知見や専門性が求められ、窓口業務一つとってみてもきめ細やかな対応を図るほど職員が個人に費やす時間と労力が増大します。

――行政が公的業務として国民個々に深く接するほど、公務員の人的負担と労力が増すということですね。

北村 さらに、事業評価も重要ですが、皮肉にもこれが質・量ともに完璧さの追求に拍車をかけてしまい、職員へのプレッシャーも増大しています。


新しい行政モデルが必要だが・・・


――この傾向が今後も続いた場合、長期的な行政組織への影響を先生はどう推定されますか。既に人材面では職員の心身不調や早期退職などが相次いでいますが。

北村 量的に国家公務員を目指す志願者がさらに減少すれば、公務の担い手となる優秀な人材の確保が困難になり、質の確保も難しくなります。今はまだ1人で何人分もの仕事ができる逸材が集まっているから、膨大な行政事務にも対処できています。が、この優秀な人材が相対的に少なくなれば、とても人数以上の仕事を処理できなくなります。一方で、仕事内容に対する新人の理解力が低下すれば、教育にはこれまで以上に時間をかけねばならず、職場のマネジメントも一層困難になるでしょう。

――この点、デジタルやAIの推進による省力化の可能性はいかがでしょう。

取材時撮影
取材時撮影


北村 現実的には国の業務には実施部門がほとんどないので、地方自治体ほどの抜本的な変化を起こせる部分はわずかです。調査結果もそのことを示唆しています。とはいえ、「まさか」のためだけの精緻すぎる業務手続きはないか、抜本的な省力化のためにデジタル対応できるものはないか、点検する作業は必要です。その余裕もないというのが実情だとは思いますが。

――やはり、公益に尽くす意識の維持継続に期待するほかないと。

北村 そうはいっても公務員も、労働者であり人間です。精勤しても金銭的に報われないだけでなく、バッシングの嵐に常に置かれているようでは、心身ともに壊れてしまいます。
 かつてのようにどの地位まで昇進するかで天下り先が変わり、総じて生涯賃金で差がつくという人事管理モデルに代わる新しいモデルもありません。職員の熱意は重要ですが、それだけに依存する組織は持続可能性がありません。新たな人事モデルがないまま従来の精勤だけを期待するというのは無理だと思います。

――人事その他に関し、欧米の行政制度との対比が論じられますが、実際に諸外国の制度の導入や参照は可能でしょうか。

北村 日本と欧米とでは官と民の距離感、外部労働市場の状況などの周辺環境が大きく異なりますので、行政機構だけ変革を試みるのは難しいと思います。冒頭、飲み会の席で物事が進むという意識調査の結果をご紹介しましたが、日本では官民間でも頻繁な意見交換を通じて官が柔軟に政策を改めているという特徴があります。この点は外国人も着目しています。
 しかし今般、その独自のプロセスとも言うべき官民の意見交換の場は非常に少なくなりました。ならばそれに代わる新しいモデルが確立されねばなりませんが、それは構築されないまま従来のプロセスのみが失われているように思えます。

――なるほど、日本型プロセスが否定されつつ欧米型にもシフトしきれない、非常に中途半端な状態で日本の行政は運営されていることになりますね。

北村 かつての日本型にも確かに問題はありますが、利点もありました。もちろん欧米型にもそれぞれ長所と短所があります。
 現在は、まさしく目指すモデルが見えないまま従来型の利点だけ失われてしまった、最も望ましくない状況だと言えるでしょう。それゆえに日本の社会状況を基盤としつつ、新しい行政制度を模索するべきですが、容易な作業ではありません。


懸念される、誤情報の濫発


――公務員の仕事が国民から評価されない理由の一つに、メディア報道の在り方もあろうかと思われます。

北村 そうですね、失政やスキャンダル以外に、日常業務がうまくいっていることはニュースにはなりません。しかも、昔のイメージのまま扇情的に批判することも多いですね。
 たとえば、民間給与の平均は500万円で官僚はその平均を上回る、だから激務でも当然という報道がなされます。国民がそう思えば思うほど、国家公務員の給与の適正水準はどこにすべきか、高度化・複雑化した公務に対する給与はどのように設定するべきか、という議論を封じてしまいます。
 官僚が不祥事を起こせば大きく報道されますが、不祥事が増えているのは官僚が適正な処遇や社会的評価を受けていないことと、無縁ではないと思えてなりません。調査でも民間との比較では官僚は自らの給与には不満があることも明らかです。行政内で汚職の多寡を示す〝清潔度〟でいえば、日本の官僚は非常に高水準です。が、公務員の待遇がある水準を下回ると汚職が急激に増える傾向にあり、この点で日本も瀬戸際にいるのではないかと懸念されます。汚職がニュースにもならないほど頻繁に起きるようになったら行政機能は成り立ちません。国を担うエリートが目先の利得で不正に手を染めようと思わないような処遇こそが、〝清潔度〟を維持するために最も効果的ではないでしょうか。
 さらにメディアに関して状況を複雑にしているのが、ソーシャル・ネットワークなどで偏った意見や必ずしも事実に基づかない情報が、24時間誰からも濫発されることです。受け取る側は、自分が意識・無意識に求める情報だけを取り入れ、他の意見に耳を傾けなくなる傾向にあります。そしてひとたび官僚のイメージが形成されると、勢いよく拡散され、それが「事実」として確立してしまい、修正は困難になります。しかも、フェイクニュースや悪い情報ほど流れるスピードが速いということも社会調査の研究で明らかになっています。

――実に今後の見通しは暗澹たるものですね。

取材時撮影
取材時撮影

北村 光明とも言えるのが、そうしたソーシャル・ネットワークに日々接している若い世代ほど、冒頭で申したように「公への貢献」意識が高いことです。従って、公務の必要性や官僚の実像についての正しい情報が、広く普及することを期待しています。であれば、多くの国民が日常生活で意識しない行政の機能や、官僚の仕事の実像を効果的に広報することが必要になります。


公務員に対する若者の見る目


――行政機構の改革・改善に向けて、先生からご提言などいかがでしょう。

北村 やはり、行政に対し適切な投資をすべきです。国民からすれば公務員ができるだけ低い給与で一生懸命働いてくれればありがたいということになるかもしれませんが、それは既に限界に達しつつあります。人件費の増加について一朝一夕に国民の理解が得られないのであれば、せめてネット環境ぐらい充実させ、足と紙で仕事をする負担を減らしてほしいと思います。
 政治も、行政の業務管理にもっと関心をもっていただきたいものです。公共部門への投資は必須だと思います。将来的には人員増も必要でしょう。

――働き方改革が民間で始まったのに、法律をつくった役所ほど改革されていないのは皮肉というほかありません。

北村 民間における働き方改革は急速に進んでおり、役所の現状との乖離は広がるばかりです。官僚だけは男女問わず月に数百時間も残業するとなれば、少子化の中でどうして優秀な若者が職業として選択するでしょうか。
 行政機構、公務員制度は良くも悪くもその国の政治、社会を反映する鏡です。行政が衰えれば日本の国力も衰えます。清廉で効率的な行政を破壊することは瞬時にできます。が、一端破壊した行政を再建することは非常に困難です。いかに「よい統治」を支える行政機構を整備し維持していくことが大変なことかということは途上国を見れば一目瞭然です。
 日本は明治維新の際に行政機構が短期間に最小のコストで整備できたため、かえってその整備の苦労が国民の記憶に残っていないようです。

――水と安全と正しい行政は、何時でもあって当たり前、という感覚ですね。

北村 行政が機能している社会は労せず得られるものではなく、優秀な行政機構を維持するためには、国民の理解や協力、政治による投資が欠かせません。このことを政治家も国民も認識すべきです。近年は水や安全に一定のコストや維持するための労力が必要なことが認識されつつありますが、行政も何らかの手当てをしなければ劣化してしまいます。

取材時撮影
取材時撮影

内閣人事局で人的資源の把握を


――厚労省職員の過酷な労働状況もようやく知られるところとなりましたが、コロナ禍を契機に官僚を見る国民の目も変わったりするものでしょうか。

北村 米国の研究によると、例えばハリケーンが襲来した州の知事は、これといって失政が無くても次の選挙で落選する確率が高いそうです。人智を超える危機でありながら、その被害の原因を人的要素に結び付ける傾向が確かにあるようです。そう考えると今回のコロナ禍は、昨年の豪華客船の対応からワクチン供給まで、行政がもっと上手く対策すれば状況は好転していたはずだ、という見方が広がる可能性もあるでしょう。

――政府、行政はもちろん、国民誰もが経験したことのない未曽有の事態にも関わらず、ですね。

北村 国に限らず、一般国民から見れば、都道府県であろうと市区町村であろうと行政には変わりませんから、コロナ対応への不満が高まると行政全体への信頼感が低下しかねません。今はまさにその岐路、あるいはすでに低下する方向へ踏み出しているのかもしれません。そうなると、行政への投資、つまり国民負担の増加に対して理解を得るのが難しくなると危惧されます。

――先ほどの、先生のご提言がより実現困難な方向に向かってしまいますね。

北村 一足飛びで行政への投資拡大が難しいとしても、とりあえずは行政内部で、少しでも今後の改善に資する方策をとることを考えていただきたいと思います。そうすることで行政への信頼も回復していくでしょう。
 例えば公務員個々の人的資源を管理・把握して有事に有効活用することも重要です。ボランティア経験の有無、各自が保持する資格や技能の種類などを把握して、大災害が発生した時に、本職の如何を問わずその職員をいくつかの班に編成して派遣して当面の課題解決に当たってもらう仕組みを拡充していってはいかがでしょうか。現在、省庁横断的に個人の特性や経歴の把握はほとんどなされていません。
 むしろ内閣人事局には、そうした体制を整備する旗頭になって人的資源の有効活用を図ってもらいたいですね。少ない人員で次々に発生する事案に柔軟に対処するためにも、平素から省庁横断で職員の経験や資格などを把握し、いざという時に最大限のポテンシャルを発揮できる準備を整えておくことが必要なのではないかと思います。

――本日は数々の貴重なお話し、誠にありがとうございました。


(本記事は、月刊『時評』2021年8月号掲載の記事をベースにしております)




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