2024/02/02
民主主義の再検討
英国民投票でも、米大統領選でも、勝者は「民主的に決まったから、無条件に従え」と高圧的で、敗者は「反対も多かったから、少数派にも配慮せよ」と抵抗する。どちらも「民主主義」を掲げて自己主張するが、その定義に共通了解はあるのか。
民主主義の典型は「代議制」である。国民は政策に直接投票することはできず、議員しか選べない。この制度の利点は、複雑な課題の解決を職業政治家に任せることで、専門的な観点から最適な対策を見出せることである。
しかし近年、政治不信が高まっている。それは公約〝違反〟への反発から来るが、欧米のような一般国民の主張が強いところでは、有権者は支持した議員が綱領をそのままの形で実行しないと「嘘をついた」と不信感を抱く。
とはいえ、良識的な為政者は反対意見を考慮して、公約通りではなく、最大公約数の実現に努力する。支持者はこれを「不必要な妥協」とし、反対勢力は譲歩を不十分として「多数の圧政」と受け取る。どちらにとっても不満足な結果で、両者から「民意に反する」と切り捨てられる。
このため民意を反映する方法として、直接民主制への支持が大きくなっている。個別政策の賛否を国民投票によって、市民に問うものである。以前から民主主義論のなかに、国民投票を利用すべきだという見解があった。もちろん一会期で数十本もの法案が出てくる現状では、全政策を国民投票にかけることは不可能である。
しかし国の方向性のような重要な決定に関しては、定期的な国政選挙の際に、国民投票を実施してもよいという見方はあった。直接的に民意を問う以上、これほど〝民主的な〟制度はないはずである。
とはいえ、直接制だけでなく、代議制にも言えることだが、民主主義を「多数決」と定義するならば、国民投票ですべての事案を決することができるし、議会制でも、過半数を制した政党が内閣を組織して、その公約を野党の反対を無視して、完全にそのままの形で遂行すればよい。
一方で民主主義が「少数意見の尊重」であるならば、国民投票の決定を100%押し通すことはできないし、議会においても、国民の多数を味方にしたとはいえ、与党は強行採決だけに頼るわけにはいかない。
少数意見の尊重を重視するならば、政治の基本は対決ではなく、合意形成でなければならない。過半数を獲得した政党がある以上、その公約は実現されなければならないが、野党を支持した有権者もいるのだから、対立した挙句に、1対0で勝者が敗者を押し切るのではなく、両者が一度みずからの主張を棚上げして、双方の中間に均衡点を見つけようと努力しなければならない。これが合意形成型の政治である。
政治哲学においてこれを理論化したのが1970年代ドイツの「理想的発話状況」と、1990年代アメリカの「熟議民主主義」である。
戦後ドイツの哲学者は、議論という場にインフォーマルな支配関係が入ることで、真の意味での合意形成が阻害されることを警告した。われわれは日常的な会議などで、年齢、地位、身分、性別によって「自分の意見を言いにくい」という経験をしてきたであろう。これは広義の権力で、少数意見の封殺に通じるから、ナチスを生んだ国の研究者は全員が完璧に平等な状態で発言できる環境を実現するための条件を探った。
これを党派対立が激しくなった90年代のアメリカに適用したのが「熟議」である。これは一人でする「熟考」や、陪審員裁判での「評議」を意味する「デリバーレーション」に由来する。最後には採決によって打ち切らざるを得ないとしても、可能なかぎり話し合いのみで合意に達しようという試みである。
「熟議」は政治家レベルの討議を想定しているのか、国民レベルでの意見交換を想定しているのか定かでないが、政治家を前提にしているならば、議会のあり方を大きく変更しなければならない。対決型「質疑」「党首討論」ではなく、テーブルを囲んだ穏やかな対話にする必要がある。
国民を前提にしているならば、お膳立てが求められる。アメリカの憲法学者で、総選挙や国民投票などの重大な決断の前には、国民的な議論のための休日を創設すべきだと主張する人がいる。
いずれにせよ、現代民主主義の改良形態は、代議制+熟議か、直接制+熟議か、というのが考えられる。
直接制は魅力的で、国民投票礼賛の時代もあったが、英国のEU離脱を見て、考えを変えた人も多かったのではないか。国民投票が、少数派を黙らせる正当化の道具に使われるからである。また大統領選は間接制ではあるものの、選挙戦中の国民論議という面では、直接制に近かった。あの醜悪な罵り合いを目撃した後では、市民レベルでの熟議は不可能と結論せざるを得ない。
結果「熟議型代議制」が残る。マスコミのネタにはなりにくいが、国会において政党の壁を越えた地味な熟議を積み重ねていくことでしか、社会を破壊するほどの激しい党派対立を解消することはできないだろう。
(月刊『時評』2017年4月号掲載)