2024/02/02
1990年代に流行したグローバリズムは地球規模の市場経済のことであった。国境を超えてヒト・モノ・カネ、そして情報が行き交い、企業も国内に留まっていたのでは成長が見込めず、海外に展開していった。
これは多方面にわたり、日本企業が欧米やアジアに進出し、欧米の企業が日本語の流暢な白人を日本に送り込んで、日本にいながら輸入ブランド品を買い漁り、海外の人々に日本製品を大量に輸出して、日本企業がアメリカの企業や不動産を買収し、外国人が日本の資産を買いに来る……国境は単なる主権の線引きに過ぎず、世界市場が国家という単位を無意味にするかに思われた(この過度なグローバリズムは2000年代に入って、ナショナリズムの反撃に遭遇する)。
しかし2020年を目前にしたわれわれは、新たなグローバリズムに直面している。人工知能と気候変動である。人工知能が人類の未来にとって最重要課題であることは常識であるが、それが吉と出るか、凶と出るかは、偶然と人間の知恵に任される。偶然とは、天才的な人工知能学者の業績として、真の知的機械が誕生するかどうかということであり、人間の知恵とは、知的機械を人間がうまく使いこなせるかということである。
気候変動は今まで「地球温暖化」と言われてきたが、これからは「気候変動」で統一したい。というのも気候変動は確率論的な概念であり、一つの台風の原因を温暖化のせいだと決め付けることはできず、地球全体の気温上昇で水位が上がって水没地域が多くなり、海面の温度上昇で雲の規模が大きくなって台風の威力が増すという、全般的な傾向のことだからである。
故に厳しい冬がなくなることはないし、一方で気候変動によって積雪が増えることもある。このメカニズムを理解していないと、真冬の寒さに耐えられず、どこかの大統領のように「温暖化よ、早く戻って来い」などとツイートしてしまうことになる(2019年1月29日)。
人工知能の可能性は計り知れないが、何を目指すかによって難易度は変わってくる。アマゾンやネットフリックスの購買予測の精度を上げたいだけならば、機械学習による人間の消費行動の完全予言は、すぐそこまで来ている。しかし自分で考えて行動する自動車やロボットを開発したいならば、現時点での成果は過大評価されている。
人間による操作の必要がない自律的なロボットを実現するためには、人間の心を読み取る能力が備わっていなければならない。だが文章や音声の把握さえまだ安定していない人工知能に、人の世話などさせられるのだろうか。
例えば、将来の人工知能技術に期待されるのが介護における利用である。とはいえこれは正真正銘のロボットのことだから、介護用のAIがあるわけではなく、純粋な人間並みのロボット開発こそ、介護の世界で必要とされるものである。
要するに高齢者の要求に応えて、相手(人間)の意向をくみ取り、その本心の要求を忖度して(人間でも難しい)、認識能力と行動能力の衰えた老人を助けなければならない。風呂に入れてあげる場合、どの温度が最適か、個々人に合った対応をしなければならないし、抱え上げる際、浴槽に落としてはいけない。このためには、相手の身体の位置から浴槽の位置までを、すべて完璧に把握しておかないと、生命に関わる重大事故に至ってしまう。
人工知能研究はこのような人間の役に立つ方向だけに進んでいるわけではない。負の応用の代表例が武器開発である。人工知能を搭載したドローンや自律的なミサイルだけでなく、将来的には手のひらサイズの殺人機械さえ登場するであろう。気が付かないまま近づいて、頭のすぐ上で爆発させれば、AI小型ヘリコプターは暗殺を簡単にやってのけられる。
こういう事態を想定して、専門家たちがAI兵器の開発について、国際協定を結ぶよう求めている。一方でAI兵器こそ、新たな世界戦略だと考える国もあり(ロシアなど)、国際協定の実現性だけでなく、仮に締結されても、その有効性が今から疑問視されている。
同様の問題が気候変動で起こっている。9月、10月に連続して襲ってきた台風15号・19号・21号によって、気候変動が少しずつ再論されるようになったが、解決は不可能に近い。というのも、気候変動が温室効果ガスの排出によってもたらされることは定説となっているが、どの二酸化炭素がどの台風をつくりだしたか、ということが明確に特定できないため、責任の所在がはっきりせず、政策のターゲットが定まらないからである。
できることは国際協定を結んで、各国が率先して実行することくらいしかないが、罰則が見送られた2015年のパリ協定でさえ、離脱者(アメリカ)が出るくらい有名無実になっている以上、もっと実効性のある合意を形成することは無理であろう。結局のところ、人類の未来は今この場に生きているわれわれの崇高で厳格な善意にかかっている。
(月刊『時評』2019年12月号掲載)