2024/02/02
アメリカ大統領選が本格的に始動したが、それを象徴するのがトランプ大統領の動きである。彼は今まではお気に入りのFOXテレビのインタビューしか受けなかったが、6月に入って立て続けにABCとNBCの長時間インタビューに応じている。アメリカ大統領のことを海外のわれわれが理解することは不可能であるが、少しでも近づくためには、せいぜいこのようなテレビ放送を注意深く見るしかない。
ABCは平日モーニングショーの看板キャスター、ジョージ・ステファノポリスが大統領に30時間密着するものであり、彼がトランプの遊説に同行するとともに、翌日は大統領執務室で質問攻めにしていた。NBCでは日曜朝のトーク番組『MeetThe Press』のチャック・トッドがホワイトハウスの庭園で1対1の真剣勝負に挑んでいる。両方ともYouTubeで視聴できるが、後者に関しては35分間の全・未編集版が公開されている。
アメリカ国内を含め、世界のトランプ批判者は彼のことを、気まぐれ、かんしゃく持ち、感情的、情緒不安定、愚か者、疑惑だらけ、独裁的などと形容する。本当にそうであるのかをテレビインタビューごときで判断することはできないが、それでも無理を承知で思考を飛躍させてみると、私にはトランプが頭脳明晰な人物だと感じられる。
まず、あの大口叩きであるが、全部が全部、ホラではないことに留意しよう。「経済が素晴らしい」と豪語するが、成長率、失業率、新規雇用者数を見てみると、確かに成績はいい。NBCのトッドがオバマ就任時からの失業率のグラフを大統領に見せながら、「前政権時代から失業率が下がっているということは、好景気はあなたの功績ではないと言える」と質問すると、間髪入れずに(2008年の金融危機を示唆して)「最初が悪すぎたから下がっているだけだし、オバマ在任中は低金利だったのに対して、私の時は公定歩合を上げ過ぎている。それでも景気がいいということは、それは私のおかげだ」と畳み掛けた。
われわれは反トランプの立場から観察しているため、彼の言動のすべてが悪く捉えられるが、ここで一瞬、トランプ・ワールドの住人になってみよう。東西両海岸の先進的なアメリカから置き去りにされ、ワシントンの中央政界には忘れられて、ニューヨークのマスメディアには無視され、カリフォルニアのハイテク産業には見向きもされない、中西部と南部の荒廃した元工業地帯や農業従事者たちである。
彼らは長年、両海岸と北部のエリートに虐げられてきたから、自分たちを代弁してくれるトランプを英雄視し、在任2年半になっても選挙運動中と同じように、大統領の演説に熱狂する。だから彼らにとっては、トランプの発言は大口叩きではなく、積年の鬱積のはけ口になっている。
とはいえ大統領がここにきて、自身が「フェイクニュース」と名付けるNBCとABCのインタビューを受けたのは、トランプ演説に熱狂する中核支持層だけでは、再選が困難であることを自覚しているからであろう。だからこそトランプは両著名キャスターと真剣に向き合っていた。
それぞれの流儀であろうが、ステファノポリスはかなりしつこくロシア疑惑について食い下がっていたが、トッドはこれに関してはモラー調査と息子(ドンJr)との関係についてしか質問しなかった。またトッドは2016年の選挙で、代議員数で勝ったためトランプが当選したものの、得票数ではクリントンに負けたと指摘したが、トランプが代議員獲得選挙と国民投票とでは、戦い方が異なると答えると、「それはそうだ」とそれ以上の追及は止めることにした。
これは報道姿勢に関わる好みと、見る側の性格にも依存するが、私はわざわざ怒らせるような質問の仕方は好きではないし、執拗に聞いても建設的な返答が期待できない時は話題を変えるのも一つの手だと考えるから、トッドの取材は近年まれに見る秀逸なインタビューだと思っている。
ところでトランプがかんしゃく持ちという見方についてだが、大統領の敵対的な態度は世界中で有名で、これが彼の性格の不安定さを示すとされているが、これら二つの会見に関する限り、彼の怒りは演技ではないかと思えてくる。
トランプは二人から繰り返しロシア疑惑や息子のことをたずねられ、国境問題や医療保険改革でうまくいっていないと指摘されるたびに、攻撃的に反論するが、その顔は不機嫌なように見える。しかし執務室でのABCとのインタビューの際、カメラの後ろで咳が聞こえると、トランプはそちらを鋭く睨みつけ「I don’t like that」(嫌だな)と言った。要するに「俺に風邪をうつすな、出ていけ」ということでプロとしては当然の態度だが、この怒りの形相を見ると、普段は本気で怒っていないような気がしてくる。
この見立てが正しいなら、トランプは感情を抑制できる冷静な人物で、十分に再選の余地はあると感じられる。いずれにせよ、彼をあまり甘く見ない方がいいだろう。
(月刊『時評』2019年8月号掲載)