2024/02/02
2013年、イギリスは欧州議会選挙を控えていた。当時、保守党より右に位置し、欧州連合(EU)の影響を排除しようとする英国独立党(Ukip)が議席を伸ばすものと予想されていた。
保守党では長年、親欧州派と反欧州派が激しく対立してきた。とくに1990年代に親欧州のメージャー首相に主要閣僚が反旗を翻したため政権が弱体化し、97年の大敗につながる。
これでメージャーが辞職し、新党首選びに入ると、保守党は再びヨーロッパをめぐる闘争で混乱し始める。当初は親欧州派のヘーゼルタイン前副首相(当時)が有力だったが、党首選直前に心臓病で倒れて離脱する。クラーク前財務相(当時)は経歴では圧倒的だが、反欧州派に劣らず頑固な親欧州派であるため、保守党ではリーダーになれない。結果、反欧州派が推すヘイグが選ばれるが、2001年の選挙で決定的な戦略ミスをする。
1997年の総選挙で労働党が勝ったのは、90年代を通じて景気が回復して、国民の要望が公共サービスの充実に移ったことにある。ブレアは97年の選挙で「国民医療サービス(NHS)を救うまであと48時間」という広告を打つなど、有権者のニーズを的確に読み取っていた。
これは2001年のイギリスの有権者の雰囲気でもあった。というより、当時の英国民はもとから「ブレアにもう一期やらせよう」という意向であった。
ヘイグは最初から勝ち目はなかったが、さらに事態を悪化させたのは、選挙の争点を有権者が関心を持たないユーロに絞り込んだからである。
労働党政権は当時、ユーロ加入に前向きなブレア首相と懐疑的なブラウン財務相とのあいだに小さな軋轢はあったものの、静観という態度では一致していたため、ユーロを争点にするつもりはなかった。国民もユーロより医療や年金に関心があったため、ヘイグが全国遊説で「ポンドを救え」と叫ぶたびに有権者の心は保守党から離れていった。
2001年の選挙でも保守党が大敗すると、ヘイグが辞任し、新たな党首選挙が始まる。複数の候補が出ると、まず国会議員の中で二人に絞り込まれる。決選投票は全国の一般党員によって行われるため、残った反欧州派のダンカンスミスと親欧州派のクラークは全国の党員集会でディベートを繰り返す。財政や医療・年金ではお互い愛想よく和気あいあいとした議論をしているのに、話題がEUやユーロに移ると一気に険悪なムードに変わり、言い争いになる。
結局、ダンカンスミスが選ばれたが、それは伝統的に保守党がイングランド中部で強く、党員もその政治信条に固執しているためである。それは――連合王国内ではイングランドが中心で、自分たちをまだ大英帝国的な王者と思い、歴史的にヨーロッパより英語圏と関係が深いと信じ、島国根性が染みついているため国際的な連携に消極的である。
保守党員はユーロ加入どころか、EUからの脱退こそがイギリスの国益になると考えているから、親欧州派が党首になることはありえない。しかしダンカンスミスは要職歴が浅く、ただ反欧州というだけで選ばれた軽量級だったため、次の選挙を心配した主要議員がクーデターを起こし、2003年に辞任に追い込まれる。
国民投票のツケは重い
このようにここ20年の保守党史をたどっただけで、ヨーロッパが同党にとって猛毒であることが分かる。歴代の党首は党内の親欧州派と反欧州派の共存を図るため、立場をあいまいにしてきた。しかしこれに飽き足らない大口献金者が保守党を見限って、反欧州を党是の中心に据えるUkipに移っていった。
これにつれて全国各地の保守党支持層も、同党執行部の中途半端な態度に嫌気がさして、Ukipに投票するようになる。そこで保守党のキャメロン首相は背後に忍び寄るUkipの台頭に危機感を抱き、大きな賭けに出る。党内の反欧州派からのざわめきを抑え込むためにも、「2015年の総選挙で保守党政権が勝ったら、EU残留/離脱に関して国民投票する」と公約してしまったのである。
この宣言によって「Ukipより保守党に入れるほうが、EU残留か離脱について国民投票が実現するから、私たちに投票するほうが得だ」と言うことができるし、党内反欧州派に対しては「あなたたちが望む国民投票を実施するから、リーダーを替えようという動きは逆にあなた方にとって不利になる」とけん制できる。結果、保守党は勝利し、議席を伸ばした。
しかし傍から見ていて、果たしてこれは英国民にとって幸福なことなのだろうかと首をかしげてしまう。国民投票の結果であるから、一度決まれば10年は変えられない。もし結果が僅差で残留ならば、意見の強い離脱派はすぐに不満を漏らし始めるだろう。一方で離脱なら、これから苦痛を伴う脱退交渉をEU各国とすることになるから、これはこれで英国政治を大きな混乱に陥れる。
このように、いずれの結果になろうと大きな遺恨を残すことを考慮すると、キャメロン首相は政治的便宜で国民投票を持ち出したことを後悔しているのではないだろうか。
(月刊『時評』2016年6月号掲載)