2024/02/02
われわれに映るアメリカは、ニューヨークやロサンゼルスなど、東・西海岸の流行都市のイメージである。しかし本当のアメリカは中西部と南部にあると言ってよい。
日本人からすれば、なぜアメリカほどの先進国が銃を規制できないのか不思議でならない。しかしテキサスやアリゾナには、学校やダイナーに気軽に銃を持ちこめるようにすべきだと考えている人が、まだ結構な数でいる。
アメリカは周期的に銃乱射事件を経験しているが、例えば学校で児童が撃たれると、銃規制反対派は「教員に銃を持たせるべきだ」と主張する。また射撃や狩猟が日常の一部になっている地域では、ティーンエイジャーにライフルの撃ち方を教える。日本人にとって、アップルやグーグルを生み出したアメリカは世界一の先端経済国であるが、見えていないところでは、まだ1950年代の西部劇そのままの生活をしている人たちがいる。
アメリカは連邦国家であり、連邦政府の権限が拡大してきたため、国全体でひとつの方向を示さなければならないこともある。ただ日本のような中央集権国家と異なり、国防以外は基本的には各州が政策の主体になっている。
教育のスタンダードや医療制度の最低ラインの確保、安定的な年金支給などでは、各州は連邦
政府の方針に従わなければならない。しかし合衆国はしょせん州=ステイト(国家)の集合体であり、各州は頭ごなしに連邦政府から指示されるのを嫌う。
だから大都市が多くて裕福なカリフォルニアを除いて、首都ワシントン、というよりエリートの集まる東海岸から遠いほど、連邦政府からの干渉を避けたいという欲求が強くなる。連邦政府への嫌悪感が高まるほど、エスタブリッシュメント(既存の政治勢力)への不信感が大きくなり、その文化や価値観への拒絶感も増していく。
最たるものが自分の生活圏での習慣や信仰への政府の介入である。今まで述べてきた銃規制に反対する中西部や南部のアメリカ人の多くが熱心なキリスト教徒で、その中核が「エヴァンジェリカル(福音主義)」と呼ばれるプロテスタントであるが、彼らが大統領選を左右すると言っても過言ではない。
トランプを支持するのは誰?
合衆国全土の選挙地図を見ると、東西の両海岸は伝統的に民主党の地盤である一方、南北という視点で捉えるなら、1960年代までは北部では共和党が優勢で、民主党は南部で多くの支持を得ていた。これは歴史的に南北戦争当時から、奴隷制反対の共和党が北側に、奴隷制存続派の民主党が南側に、それぞれ拠点を築いていたからである。
しかし1960年代に、暗殺されたケネディのあとを受けたジョンソンが公民権運動の流れで民族少数派の参政権を推し進めたため、逆に南部が民主党の敵になり、共和党に寝返った。これ以降、少数の例外を除いて(たとえばアーカンソー州知事になったビル・クリントンなど)、南部では大統領選、上下両院選挙、州知事選では共和党が圧倒的に有利である。だから民主党の候補者は南部出身でないと大統領になれなかった。
ちなみにジョンソン以降の民主党の大統領では、カーターがジョージア州、クリントンがアーカンソー州と南部出身だから勝てたわけで、その意味でイリノイ州という北部かつ中部から出てきたオバマは歴史の法則を破った画期的な大統領となった。アメリカの中軸と言ってもよい中西部と南部のプロテスタントは自分の価値観への連邦政府の介入を嫌う。その価値とは第一に聖書至上主義であり、第二に自己決定権であり、第三にコミュニティの助け合いである。
聖書至上主義とは聖書に書かれていることを、言葉通りそのままに受け容れることである。だからこの世の中は紀元前4000年くらいに誕生したから、ダーウィンの進化論は間違っており、学校で教えてはいけないことになる。また人と人との結び付きは女と男の間でなければならないから同性愛は神への冒涜であり、同性婚を法律で認めるわけにはいかない。
自己決定権とは、自分の財産を自由に処分する権利に顕著であるが、極端な場合には税金や公的保険という制度自体の否定につながる。たとえばオバマケアと称される健康保険改革では、無保険の人が強制的に民間保険に加入させられることになるが、南部の人たちは「健康にいいから野菜を買えと、政府が命令するようなものだ」として拒否している。
そこでコミュニティの助け合いであるが、自己決定権をそのまま推し進めると自由放任主義になって貧富の格差が拡大するが、じつはアメリカの南部は共産主義顔負けのタイトな人間関係を維持している。貧しくて困っている人がいれば、政府が強制的に徴税して再分配するのではなく、自発的に近隣で援助し合うというのが彼らのやり方である。
ドナルド・トランプ自身はニューヨークの大金持ちであるが、以上のような南部の保守化したキリスト教徒が彼を支持しているとなると、現在進行中のアメリカ大統領選の異常な現象の背景が見えてくる。
(月刊『時評』2016年4月号掲載)