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特集:ネイチャーポジティブが目指す世界/続橋 亮氏

気候変動と生態系保全という、 両目標の実現に向けて

つづきばし りょう/昭和56年8月2日生まれ、福島県出身。中央大学総合政策学部卒業。ジョンズホプキンス大学ポール・H・ニッツェ高等国際関係大学院修士、ウェスタンガバナーズ大学院データサイエンス研究科修士。平成17年農林水産省入省。27年4月石巻市役所産業部部長、令和2年在米日本大使館一等書記官等を経て、5年7月より現職。
つづきばし りょう/昭和56年8月2日生まれ、福島県出身。中央大学総合政策学部卒業。ジョンズホプキンス大学ポール・H・ニッツェ高等国際関係大学院修士、ウェスタンガバナーズ大学院データサイエンス研究科修士。平成17年農林水産省入省。27年4月石巻市役所産業部部長、令和2年在米日本大使館一等書記官等を経て、5年7月より現職。


今や農林漁業などの食料生産現場は、カーボンニュートラル、ネイチャ―ポジティブを実践する上での主要な舞台として位置付けられる。固有の生態系に立脚した伝統的かつ独自の文化の持続的継承は、まさしく国際社会が目指すSDGsの理念に他ならない。省独自で「農林水産省生物多様性戦略」を取りまとめた農水省の活動について、続橋室長に解説してもらった。


農林水産省大臣官房みどりの食料システム戦略グループ地球環境対策室長
続橋 亮氏


省独自の「生物多様性戦略」

――農林水産省においてネイチャーポジティブへの対応というと、「みどりの食料システム戦略」(以下、みどり戦略)との密接な関連性が想起されますが、いかがでしょうか。

続橋 「みどり戦略」の要諦としては環境負荷低減であり、特に現在ではGHG(Greenhouse Gas =温室効果ガス)削減が主要テーマに位置付けられます。とはいえ、「みどりの食料システム戦略」イコールGHG削減、ではありません。

 遡ると1962年、レイチェル・カーソン著『沈黙の春』によって農薬が生態系に与える影響について警鐘が鳴らされて以来、生物多様性の保全は社会が取り組むべきテーマとして位置付けられ、今ではSDGsとして世界の共通目標となっています。そのSDGsは達成すべき指標が17という多岐にわたり、立体的にはさながらウエディングケーキのように、基盤的指標を土台に中段、頂点へと他の指標が重なっていく構成を取っています。そして気候変動や陸・海の豊かさはまさに土台の部分にあたります。つまり気候変動と生態系保全はどちらも順序甲乙つけがたい両立すべき目標であり、「みどり戦略」もその理念に則って施策を展開しています。

 ことにストックホルム・レジリエンス・センターが提案した〝プラネタリー・バウンダリー〟(地球の限界)の概念においては、気候変動、生物圏の一体性、生物地球化学的循環(窒素・リン)、海洋酸性化、土地利用の変化、淡水利用、オゾンホール、大気エアロゾル粒子、新規化学物質による汚染、の9分野のバウンダリーのうち、既に6分野が後戻りできない危険な領域に達していると指摘されています。

――気候変動や生物圏の一体性も、その6分野に含まれていると。

続橋 はい、従ってこのまま手を拱いていては経済活動、中でも自然資本に立脚して成立する農業は他の経済分野以上に影響を受けることは間違いありません。未来に向けた農業の永続性を図るためにも、気候変動、そして生物多様性の保全は、重点的に対応していくべきテーマなのです。

 1995年に環境省で政府全体に係る「生物多様性国家戦略」が策定されましたが、下って2007年に農林水産省でも独自の「農林水産省生物多様性戦略」を取りまとめました。政府の戦略とは別に、各省として戦略をつくったのは農林水産省のみ、となります。他方、21年に「みどり戦略」の策定、22年に「みどりの食料システム法」(みどり法)の成立を受け、直近23年3月に策定された「生物多様性国家戦略」では、この「みどり戦略」も一体的に推進するよう盛り込みました。そういう意味ではかなり以前から、当省は環境省と連携しながらこの分野に取り組んできたと言えるでしょう。

〝GHG削減の見える化〟を推進

――昨春に策定された直近の農林水産省生物多様性戦略の主たるポイントなどはいかがでしょうか。

続橋 農業は、営む上でどうしても環境に一定の負荷を与えてしまいますが、その負荷の低減を図ると逆にコストがかかります。このコスト増は、国の支援と併せ、自治体、JA、農業者自ら分担する必要もあると思います。この点「みどり戦略」では交付金なども設け、国が支援すべき部分はしっかりと行いつつ、2050年カーボンニュートラル達成を目指します。その目標、考え方などを、今回の農林水産省生物多様性戦略にも盛り込みました。

 ただ環境負荷低減を具体的に進める上で難しいのは、オーガニック野菜一つとっても、普及が進まないことです。オーガニックに取り組む生産者さんに聞いても取得・維持にコストがかかるためJAS認証は取得していない、また消費者もオーガニック野菜は割高になるため敬遠しがち、という生産・消費双方に慎重な姿勢が見えるのです。そう意味では「みどり戦略」は調達、生産、流通、消費というサプライチェーン全体に対する環境負荷低減のアプローチとなります。

――この点は消費者意識も欧米とはかなり違いがありそうですね。

続橋 私は23年7月に現職に就任する前の3年間、米国ワシントンDCの大使館に一等書記官・農業アタッシェとして勤務していました。米国では通常の慣行品野菜に対して、オーガニック野菜が2~3割価格が高くても正当な対価を払って購入するという意識が根付いており、量販型スーパーと並んで割高なオーガニック系スーパーの経営が成り立っています。

 それ故日本では、農産物における環境負荷低減の価値を、消費者にまず理解していただきたいと思い、関連する取り組みなども当省の生物多様性戦略にも盛り込み、進めているところです。