お問い合わせはこちら

特集:ネイチャーポジティブが目指す世界/浜島直子氏

G7ANPEで国際的な展開を

――では、ネイチャーポジティブに向けた、主たる政策の動向を教えてください。

浜島 まずは、リスク対応のみならず機会創出だと捉えていただく場が必要と考えています。そのため、2023年のG7広島サミットにおいて、日本の主導で「G7ネイチャーポジティブ経済アライアンス」(G7ANPE)をつくりました。ネイチャーポジティブ経済に関する知識の共有や情報ネットワークの構築の場として、各国政府間での情報開示に関する見解のペーパーを発出したり、先進的な技術やビジネスモデルに関する事例共有ワークショップを設けたりなどしています。日本の産業界には必ずしもネイチャーポジティブ目的ではなくても先進的な技術が数多くあり、昨年秋のドバイにおけるCOP28のサイドイベントでも、日本の大手企業内ベンチャーが発表した技術に各国参加者が感嘆しておりました。そういう意味では必ずしもゼロベースから開発するばかりではなく、ネイチャーポジティブに資するも、まだ眠っている技術が日本にはまだまだたくさんあると思います。

 こうした動きに連動して、国内では昨年3月、ネイチャーポジティブに向けたビジネスマッチングを、環境省と経団連環境保護協議会さんとの共催で初めて開催、続けて昨年末12月に行いました。中小企業、ベンチャー、NGOの方々なども広く参画しています。皆さまかなり手応えを感じておられるようですので、いずれ何らかの成果が発表できるものと期待しています。

――過去1、2年の間に、急速な進展、機運の盛り上がりが見られたようですね。

浜島 自然を守ることに対して、企業の関心が総じて高いことが日本の特長ではないでしょうか。今、J-クレジット(省エネ・再エネ設備の導入や森林管理等による温室効果ガスの排出削減・吸収量をクレジットとして認証する仕組み)がかなり浸透していますが、その前段階ともいうべきJ-VER(国内における自主的な温室効果ガス排出削減・吸収プロジェクトから生じた排出削減・吸収量オフセット・クレジットとして認証する制度)自体がもともと国内森林を保護したいという企業のために設けた制度ですので、日本の産業界には本来、国内の自然を保護しようとする素地があると思われます。

 そして環境省では現在、かつてのJ-VERと似た仕組みとして、「支援証明書」発行制度の創設を検討しています。まず23年4月より、民間の取り組み等によって生物多様性の保全が図られている区域を、保護地域内外問わず「自然共生サイト」に認定しており、現在122カ所がサイト登録されています。これら各サイトにおける自然保護活動の実施主体に対し第三者の立場から人材、物資、資金等の支援活動を行った場合、その支援内容について証明書を発行するという構想で、2025年度からの施行を目指しています。既に20社ほど支援者として名乗りを上げておられます。そうした支援に、CSRとして取り組まれることを企業戦略としているケースもありますし、支援証明書をTNFD等の情報開示に活用できることで保全活動に資金等が回るようにもなると考えています。

 他方、国際的にも同様の試行的マッチングが最近開始されました。日本の状況をドバイのCOP28のHACのセッションで紹介すると、ファシリテーターのコスタリカから、自然保護や生物多様性保全に関するコストを皆で分担しながら行おうという姿勢は素晴らしい、ぜひ日本の経験をシェアしてほしい、とのお話がありました。このコメントを聞く限り、民間企業が足元の緑の保全に取り組むという意識も活動も、日本は進んでいるのだろうとの思いを新たにしました。

――欧州では国の規制や制度などにより、企業の活動が先行しているイメージもありますが、日本企業も世界視点では先進的なようですね。

浜島 私見ながら、欧州の傾向としてリスクに対応するという危機管理意識に立つと先進性を発揮する傾向があるように思われ、それに対し日本は未利用技術も含めてオポチュニティと捉えると前向きな姿勢を示す企業が多いように思います。

年度内までに「経済移行戦略」を策定

――そうするとネイチャーポジティブ経済の目指す未来像としては、有り体に申せば自然の再興に取り組めば収益につながるとの認識が、産業界に広く普及することですね。

浜島 そのためにも現在、農林水産省、経済産業省、国土交通省、金融庁各位の協力を得ながら、「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を今年度中、まさにこの3月内を目途に策定するよう作業を進めています。同戦略では、ネイチャーポジティブ経済が満たすべき要素や、企業にとってオポチュニティであることをお示しし、そうした企業の行動を各省の施策でしっかりバックアップすることをお伝えしたいと思います。

――やはりTCFD同様、金融機関の関わりが大きなカギのようですが、TNFDに対する日本の金融界からの反応はいかがな状況でしょう。

浜島 総じて関心としては高まっていると思われます。23年10月に責任投資に関する世界最大のカンファレンス「PRIin Person」が日本で初めて開催されたのですが、ここでもTNFDがテーマとして取り上げられ、関連するサイドイベントも数多く行われました。金融界においてはネイチャーが、カーボンに続く潮流であると世界的に認識されており、日本の金融機関もこの流れに乗り遅れまい、あるいはリードしたいと捉えていると言えるでしょう。

 逆に金融機関の方々からは、TCFDはCO2の増減など定量的な測定が可能なのに対し、TNFDは測り方がまだ曖昧な状況下で具体的にどのようなマネジメントをするべきでしょうか、とよくお訊ねをいただきます。とはいえ、例えば人権問題に関わるような社会問題の多くは定量的測定が困難です。それ故に、そのような分野でのリスクマネジメントこそ金融機関の皆さまの知恵・知見の見せ所ではないでしょうかとお答えしています。

――確かに、去年に比べて今年はどれだけ生物が増減した、自然が回復したと定時的な発表がなされても、なかなか実感しにくいところです。

浜島 ご指摘の通りで、企業の方々に種の数等の生物多様性へのアプローチをお願いしても確かに難しいでしょう。それ故、水の消費抑制や水源涵養活動、農薬の削減等、自然を構成している水、土、森などの各要素に関してアプローチしていただき、各要素において弊社は社会的責任を果たしている、と言える状態を目指すことで取り組んでいただきやすくなると考えています。

――そうすると、各社のアプローチ法は多様を極めることになりますね。

浜島 前述の「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」の中に、ある程度測定できるツールを開示に向けた入り口として入れ込んでいきたいと考えています。日本の専門学識の方が各要素において開発した数値化や測定の技術もありますので、これらをもとに通称「ツール触ってみようの会」こと自然関連財務情報開示のためのワークショップをこれまでたびたび開催し、参加した企業の方に自然の保全や生物多様性が測れることを体験してもらってもきました.

「手引き」をもとに「地域戦略」づくりを

――日本のアカデミアにおけるネイチャーポジティブ関連の研究状況や産学連携の動向などはいかがでしょうか。

浜島 昔から豊かな自然が身近にあるからでしょうか、この分野に関する研究は、国際的にも非常に進んでいると捉えています。専門領域に特化した先生もいれば、統計的あるいは経済的見地から自然や生態系を研究する先生もいらっしゃいます。今般ネイチャーポジティブという共通的な世界目標が掲げられたことで、これまで個別に進んできたこれらの研究が、一定の方向に向けて歩調を同じくしつつある感があります。逆に企業の活動に資する研究を行いたいという学者の方もおられたり、企業サイドも自社で保有していた森林の経済価値を学識の視点によって見つめ直すなど、従来なかった動きが見られるようになりました。

――自然の現場ともいえる自治体の反応や取り組み状況などは。

浜島 すでに10年以上前から「生物多様性自治体ネットワーク」が構築され、現在は190ほどの自治体が参画して普及啓発など活発な活動を展開しています。環境省としてお勧めしているのが国家戦略の地域版とも言える「生物多様性地域戦略」の策定です。23年5月に改訂した「地域戦略の手引き」において、企業も地域に貢献できるビジネスチャンスを探しており、「地域戦略」はそうした企業とのコミュニケーションツールになりえる、と記載しています。今後はその先行事例を創出したく、前述のような試行的マッチングを展開しています。

 また、最初から細かな「戦略」策定は困難という自治体の方に向け、その一つ前の段階として大方針を掲げる「ネイチャーポジティブ宣言」の発信も呼び掛けています。

――霞が関他省庁の関連に関しては。

浜島 特に国土交通省は「グリーンインフラ戦略」を打ち出すなど、都市部にしろ河川にしろ自然との付き合い方について考えてこられてきましたので、今後は同省との連携がますます重要になってくると想定されます。先んじているという点では「みどりの食料システム戦略」を取りまとめた農林水産省との連携も欠かせません。



――では国民に対して、ネイチャーポジティブの重要性を発信する啓発活動についてお願いします。

浜島 環境省では、国民一人一人が「ネイチャーポジティブ=生物多様性の損失を止め、反転させること」に資する消費・選択をできる経済社会づくりを推進するため、イメージキャラクターとその愛称を公募し、「だいだらポジー」として決定しました。同キャラクターはネイチャーポジティブを目指す自治体、企業等の方々に、申請手続き不要、無償で使用していただくことができます。詳しくはHPをご覧いただき、積極的に活用してもらえれば何よりです。

――本日はありがとうございました。

(月刊『時評』2024年3月号掲載)