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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第256夜】

財務真理教、いえ財無省かも

写真ACより
写真ACより

私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

日本財政の基本問題

 お座敷から怒鳴るような大声。議論が嵩じて喧嘩にでもなってはたいへん。駆けつけてみればなんのことはない。地声が大きいIさんがいつにも増して声を張り上げているだけのこと。他にお客様がいるのだからトーンを落とすよう、膝に手を置いてお願いした。

「枝葉末節の話ばかりでガッカリでしたね。受講料の返金を要求しましょうよ」とCさんに迫っている。Cさんは出版社の社長でIさんはその部下。この日、財務省某高官を招いての特別講演を聴きに行ったという。「財政における社会保障の本質を解き明かす」はずだったのが、講師は財政上の何十もの論点を配布資料ベースに猛スピードで読み上げた。

「社会保障制度が欠陥だらけということは分かったが、解決への処方箋はなかったね。さらに大本の国家財政破綻問題を考えると、気持ちが沈んだことは間違いない」

 Cさんは「今日の話をもとに骨太の解決策を考えてみようではないか。次の企画本の参考になるだろう」とIさんを促した。若いIさんに考えさせ、鍛えるつもりのようだ。

「政府支出の約34%が社会保障経費。34年前は17%でしたから、一世代で倍増しています。少子高齢化で増加傾向は続きますから、〝財政破綻必定〟との巷の声が高まるのも当然です」とIさん。財政の基本は、歳入の範囲内で歳出をコントロールすること。優先順位にメリハリをつけ、枠からはみ出した項目にはダメ出しをする。要求する側も必死だから、予算担当官は、罵声を浴び、家に放火されても筋を通す冷酷さが必要であると強調した。

「かつてのように〝自然増収〟を見込める状況ではないから、既存経費を前年度より効率的に削減しなければ、新規経費の財源は生まれない(ⅰ)」とCさんが解説してくれた。〝増税か国債か〟の議論は、財政圧縮努力放棄の点で同じなのねと得心した。

全世代型社会保障国家予算

「石破総理就任時の所信表明演説での『次の時代に負担を先送りしない。それが今を生きる我々の責任だ』の言葉が耳に残っています。その直後に赤字国債追加発行による補正予算を指示して財政再建への道筋を反故にしました。『政治家が当選後に公約を翻すのはよくあること』と述べたようですが、本気でそう考えているならば、選挙の意味はなくなるわけで、プーチン、習近平、金正恩のファッショ体質と変わりません。民主主義国の政治家の資格はありません」

 Iさんの口を押える。彼の声は響く。店内どころか外の通行人にも聞こえているだろう。

 バブル崩壊以降の30年間、給与水準は上がっていない。国債は借金だから先々計画的に返済していくことになる。その財源は税金だから、若い世代の手取り収入は長期傾向的に減らざるを得ない。

「国家予算編成は、元来、年に一度のはずなのだがね(ⅱ)」とCさんが後輩を弁護した。

平均年齢と予算膨張

「赤字国債で予算規模を拡大すべしとの論者は、それが起爆剤になって日本経済が高率で成長すると思い込んでいるようだ」とCさん。Iさんが頬を膨らませた。

「社会保障給付の最大費目は高齢者への医療・介護・年金です。この分野の予算規模を膨らませば日本経済が自動的に活気づくとの論理があやふやです。政府のバラマキで景気がよくなる手法については、元祖のケインズ先生自ら『特定の状況下においてのみ効果が生じる』と述べています。毎年度性懲りもなく景気対策をしてもゼロ成長のわが国において放漫歳出は『害あって益なし』。統計でも証明済みです」

 経済学の学説は論者の数だけあって、同じ事象でも正反対の方策が並ぶことが珍しくない。状況に踏まえた正しい選択が必要なのだ。効果が出ないのに同じ方法を繰り返すのは、先の戦争時の陸軍参謀本部、海軍軍令部と同じで、「学習能力ゼロ集団である」と最近読んだ本にあったことを思い出した。ただしIさんを刺激しないよう、言葉を飲み込んだ。

高齢者対策

 Cさんが口を挟む。「社会保障費を『高齢化による増加分におさめる』と資料にあるのだが、高齢者の比率は今後も増えていくのだから、これでは社会保障費増加の歯止めになっていない。I君はどう考えるかね」

「社会保障における〝高齢者〟の定義が重要です。人は、幼年期・現役期を経て、引退期を迎えます。このうち社会の生産分野を担うのは現役期で、幼少期と引退期は扶養される側です。少子化で平均年齢が高くなるのであれば、平均的な引退年齢も遅くなるのが自然の流れです。どこかの調査で今では70歳の半数が働いているとなっていました。20年前にはだれも予想しなかったでしょう」

 たしかにそうだ。久寿乃葉のお客様の平均年齢も高くなっている。社会活動からの引退時期が遅くなっているのだ。そして就業年数が伸びれば、老後の生計費を準備する期間も伸びる。長生きはすなわち平均的な健康度の改善でもある。65歳以上を一律高齢者と固定しておいて、その人口割合が増える分だけ社会保障費も増えなければならないという固定観念がおかしい。

「財務省に社会保障経費の膨張を抑える決意があるならば、高齢者対象の社会保障経費の総額を固定し、いっさい増加させない。それが財政規律を守るイロハであると国民にも、政治家にも表明すべきではないかな」。Cさんもはっきり言いますねえ。

少子化政策は

 社会保障経費で近年比重を増しているのは少子化対策費だ。Iさんが1970年以降の年間出生数の図表を見せてくれた。戦後のベビーブーム時代には遠く及ばないとしても、1970年代前半には年間200万人以上生まれていたとある。ところがそれ以降右肩下がり。今では70万人を割り込み、半世紀でなんと3分の1への縮小だ。

「石破総理は所信表明演説で、『少子化とその結果生じる人口減少は、国の根幹に関わる課題、いわば静かな有事である』と述べている」とIさんが切り出した。出生数の減少が国難なのか、それとも慶賀なのか。日本は国土が狭く、人口密度は世界有数の高さである。中国の〝一人っ子政策〟をうらやむ論調もないわけではない(ⅲ)。そうした中、総理大臣が出生数を回復増加させるべきと宣言している意味は大きい。

「少子化対策として近年、この分野に投じられる国家予算は急膨張だね」とCさん。資料を覗き込むと、「ライフステージを通じた子育てに係る経済的支援の強化や若い世代の所得向上に向けた取組」などの項目が挙げられ、政府予算に地方自治体分を含めれば公費が年間8・6兆円投入されることになっている。

政府財政を誰が心配しているのか

「公費の源の税収ではとても賄えないので赤字国債が財源になっているわけですが、子どもに向かって『キミたちが健全に育つように政府は大盤振る舞いをするので、大きくなったらしっかり働き、親の時代よりもたくさん税金を納めて国の借金を返すように』と説教できる神経が分かりません」。菜々子はIさんの口を再び押えて「声がでかいよ」。

「それ以上に問題なのは、巨額の公費投下が出生増に役立っているのかだよ」。公費投入増をあざ笑うがごとく出生数は低下の速度を高めている。ところが財務省の資料には、「少子化は安定財源を得て着実に成果が出ている」となっている。正気かいな。

 もし巨額の少子化予算がなかったならば、出生数がさらに半減(例えば年間35万人)していたと言いたいのだろうか。それならその予測を示すべきだろう。出生数が多いのはアフリカ、中東諸国など、政情が安定せず、所得レベルが低く、政府の子育て支援などないに等しい国がほとんどだ。

「政府の〝こども未来戦略〟では若い世代の所得向上を少子化対策の根幹とするのだが、その分析は世界の出生数状況に照らして正しいのかどうか、大いに疑問を感じるね」

 Cさんが開いた資料のページでは、若い世代の所得向上施策と並べる形で「社会全体で子育て世帯を応援する機運を高めるための社会の構造・意識改革が車の両輪になるべき」となっている。両輪ではなく、意識改革だけの方が効果を見込めるのではないか。そのための方法として例えば安易な外国人出稼ぎを流入させない。介護などの要員も当然国民だけで対応すると政府が断言すれば、子育て世帯に優しく接する機運は自然に高まる(ⅳ)。

 先に挙げた8・6兆円だが、年間の新生児70万人で割ると一人1230万円にもなる。「出生届に来た親に新生児専用銀行口座を作ってもらい、計画的な活用請求に応じて振り込む」とすれば、事務処理も簡便で効率的かもしれないわね。

 Cさんが独身のIさんに尋ねる。「キミはいくらもらえれば『結婚して子どもを作ろう』と決断するかね?」。Iさんはしばし腕組みして考えていたが、答えは「もろもろの実費に自分への子育て報酬を加えて3千万円が最低ラインですかね」

「おカネをあげるから子どもを産んで!」の方策で突進すれば、出生数100万人を回復には年間30兆円。150万人では45兆円。200万人では60兆円…現実可能性ゼロでしょう。

「財務省は財政健全化を放り出して財政を膨張させているが、政策効果は見込めない。財政原則無視の役所という意味で、同じ読みでも字を変えて〝財無省〟と自称すべきです」。

「何度も言うけど声を潜めて!」。Iさんに何度目かの注意をした。

 この後も雇用保険や外国人生活保護などの話が展開したのだが、紙数の都合で以下省略。

ⅰ 経済が効率成長し、インフレも一定上昇すれば、税収の名目額は大きく増える。これが自然増収。前年度の費目すべてで同額継続しても、新規事項に予算を回せた。ゼロ成長かつデフレ基調のもとで既存経費を継続しようとすれば、増税か赤字国債によって財政規模を膨張させる方法しかない。

ⅱ 「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない」憲法86条。

ⅲ 強権専制の中国では強制産児制限はできたが、逆の強制妊娠・出産はさすがにできない。

ⅳ 例えば介護施設の管理者が中国人、ケアワーカーはネパール人で日本人スタッフがいなければ、入所高齢者の側でそれらの外国語を習得することが日常生活の上で必要になる。

(月刊『時評』2025年3月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。