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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第252夜】

選挙評論一家の誕生

写真ACより
写真ACより

私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

都知事・都議補選終わる 民主憲法の危機が認識される

「選挙シリーズもようやく終わったねえ」

 このA子さんの感想は江東区民が共通して感じていることだろう。昨年春先の区長・区議選。昨年末の出直し区長選、今年春の衆院補選。そして今回の都知事・都議補選。そのたびに選挙公報の制作配布、立候補者用掲示板工事、投票場設営と人員の配置…。

「同じ作業の繰り返しで、いったいいくらの経費が使われたことやら。全ての選挙を一回にまとめてもらえると区の経費も節約できるのにね」と応じたB子さん。

「それぞれ任期が違うからなあ」と腕組みしたのはC夫さん。近所の和菓子屋の若旦那であり、A子さんの息子。そしてB子さんの夫でもある。(ⅰ)

「種別や任期が違っても選挙は同時にできるわよ。例えば、〝選挙は毎年7月7日の1回〟と決め、当選者はそれぞれ就任時期まで待機にすればいいわ」とB子さんは負けていない。

「案外、いい案かもしれないよ。区長選に出るために都議を辞めたが、区長選に負けたので、また都議になろうと〝自分が実施の原因を作った都議選に再出馬〟なんて不謹慎な者を排除できるからねえ」。A子さんが当てこすったY氏については後でまた話題になる。

 都知事選の結果はご承知のとおり。現職の小池さんが地力を発揮して291万票を獲得した。他の有力候補とみなされていた方々(I氏、R氏、T氏)は肩ガックリだろう。週明けの久寿乃葉でもその評論はあったが、少ない誌面で紹介するまでもないからそっくりカット。菜々子の記憶に残ったその他事項を記すことにしよう。

つばさの党 なぜ立候補できる?

 まずA子さん。「例のつばさの党を名乗る黒川って男は、なぜ立候補できたんだい?」といたくご立腹。「だって先の衆院補選で他候補の立会演説をぶち壊し続ける狼藉で逮捕されているじゃないか。拘置所から立候補なんて都民をバカにしている」。(ⅱ)

 C夫さんがA子さんの袖を押さえ、「母さん、声がでかいよ」。

 B子さんも「お義母さん、裁判で有罪判決が出るまではまだ犯罪者と決まったわけではないのですから、国民として選挙に参加する権利を奪うことはできないと思いますよ」。

 A子さんはさらに声を張り上げた。「殺人犯など通常の犯罪ではそうだろう。だが彼らの行為は国民主権を破壊するものだ。民主主義の基本である選挙を成り立たせなくする行為は、憲法の基本原理に反するものであり、どんな言い訳も通用しない重罪だ。国籍をはく奪して無人島への島流しで餓死させても民主主義者はだれも文句を言わないと思うがねえ」

 日本国民は〝正当な選挙〟で選ばれた代表者を通じて行動すると憲法に書かれている。(ⅲ)裏返せば正当な選挙ができなければ国民主権は絵に描いた餅である。論理必然として、正当な選挙の妨害者は民主主義国日本の国民ではない。

「そんな連中を立候補させない。選挙管理委員会にはその責務があると思うね。ことは法律以前の問題であり、『公職選挙法に明文の禁止規定がないから規制できない』との言い訳は小役人の逃げ口上だ」。80代が背筋を伸ばして言い切った。菜々子は思わず拍手したが、息子とその妻に「年寄りを調子に乗せるな」とにらまれた。

二重国籍者 所属国を旗幟鮮明にせよ

 続いてC夫さん。「支持する候補への思い入れはいいのですが、それが行き過ぎるのは困りものです」と自らの体験を紹介した。選挙期間中にSNSに選挙がらみの投稿をしたのだそうだ。その一つが二重国籍問題についてだった。小池知事について海外名門大学卒業疑惑が取りざたされていることに関連して、こう書いたという。

「学歴詐称は当人の適格性の問題であり公職選挙法マターだろうが、外国籍保有となると憲法の国民主権の根幹に関わる。きな臭い国際情勢の中で、他国にも同時に忠誠を尽くすことはできない。それが民主主義を敵視する専制国家であればなおさらだろう」

 C夫さんは常識論のつもりで書いたのだが、批判のコメントが押し寄せた。その内容の低劣さ、激越さに恐怖で体が震えたという。

「ひいきの引き倒し」という古い言葉が浮かんだ。しかし選挙は憲法に規定するごとく〝公正〟でなければならない。口汚く罵る、危害をほのめかして脅すなどは選挙ルール以前の問題。支持者による行き過ぎ、出しゃばりを抑制するのは、候補者陣営の責任ではないのか。敵対候補の演説会に押しかけて品がないヤジをしつこく繰り返すみっともない光景を目にするが、有権者はもっと怒っていいはずだし、改めて選管のあり方を考えてしまう。

NHK党 政治を茶化すな(iv)

「私がおかしいなと思うのはNHK党です」とB子さん。知事ポストは一つなのに19人も候補者を立てた。「選挙に勝ったら19人で知事業務を月単位で順番こするつもりだったのでしょうか」。

 C夫さんが得票数をネット検索した。19人のうち最高得票がわずか691票、最少はたったの211票。党の方では予想していたであろう。ではなぜ多数立候補させたのか。立候補者掲示板を見た人は分かっただろうが、なぜか19人のポスター枠が固まっている。そしてその枠を選挙に無関係の宣伝スペースとして販売した。一部地域では性風俗業者が宣伝ポスターを貼るなどで警察が注意する騒ぎになっていた。

「選管は〝形式〟ではなく、〝実質〟をしっかり見据えるべきだと思う」とB子さん。今回の知事選には56人が立候補したが、NHK党が候補を党内調整していれば18人減り、ポスター掲示板の追加騒動はあり得なかった。ちなみに江東区内では同党の掲示スペースは売れなかったようで、彼らの確保枠はほとんど空いていた。「ほんとうに選挙費用がもったいない」。お店を切り盛りするB子さんは経費の無駄遣いが腹に据えかねるようだ。

〝泡沫〟候補者の政策提言を聞く耳を持ちたい

 有力候補とマスコミが持ち上げた以外の候補者をマスコミは取り上げなかった。候補者が多すぎて報道枠を割けないという事情は分かる。だが彼らのほとんどは選挙カーを確保し、大量のポスターを貼る資金はないはずだ。ただし民主政治への情熱はあるから立候補している。政策を知る手段は選管が各戸に配布した選挙公報だが、びっしり書き込んでも千文字も無理だろう。どうやって有権者に主張を届けるのか。菜々子は公報を隅まで読んだ。高学歴で立派な肩書の人が政治に新風を吹き込もうとしている。それに気づいて投票した都民は少なくない。

 例えば医師のU候補12万票、医師と弁護士資格を併せ持っているI候補9万票。東大出身のAI起業家を自認するA候補15万票。ネット界で著名なH候補は11万票。舌鋒鋭い右派論客のS候補は8万票。政策が知られれば獲得票はもっと増えただろう。既成政党の支援なしでは知名度が低い人が当選するのはラクダを針の穴に通すようなものだ。しかし代表制民主主義を生かすのは一にも、二にも、社会に寄与する候補者を発掘して政界に押し出すこと。そのためにどういう方法があるのだろうか。

 A子さんが、自分の出番と手を挙げた。

「今はネット時代だろう。4月の衆院補選では青年会議所だかの主催で、候補者同士による討論会が開かれた。この種の催しを繰り返せばいい。B子さんの〝選挙日年一回説〟に賛成したのはこれと関連している。投票日の1年前くらいから、国会、府県首長・府県議会、区市町村の首長・議会、それぞれごとに繰り返し討論会をするのさ。立候補予定者が多ければ組を分けて実施する。次第に絞られて、投票日には数人になっているはずだよ。討論は聴衆参加で、ライブでも録画でもネットで自由閲覧できるようにする」

 A子さんの頭の中にはアメリカの大統領予備選があるようだ。支持が広がらない者が順次脱落して、有権者が本気で支援する候補が絞られていく。ただしA子さんが強調するのは、討論会を各選管が主催すべきということだ。公平でしっかりした司会を立て、これら候補(予定)者討論会を日本の民主主義の中心行事として位置づける。80代と思えない斬新なアイデアに感心した。「掲示板を建て、選挙公報を戸別配布するよりも経費は全然かからないでしょうね」とB子さんが側面支援。C夫さんも「公的討論会であれば、有権者の意見書き込みを認めても、内容や表現は穏当なものになるかもな」

都議補選 世襲は国民主権を脆くする

 C夫さんのSNS投稿のもう一つは「世襲政治家」に関してのものだったという。明治の開明期に『学問ノススメ』で国民を導いた福沢諭吉の言葉に「門閥制度は親の敵」がある。封建的身分制度の弊を指摘したものだ。明治維新で身分制が廃止され、昭和の新憲法では「華族その他の貴族制は認めない」ことになった。しかるに民主政治が制度化した現在において、議員の地位が親から子へと、地盤、看板、カバン付きで継承されている。これはおかしいと投稿した。「その反響は?」と菜々子。

「ボクの投稿がどうこうということではないと思うけれど」と謙虚に前置きしたうえで、都議補選でのY候補の落選理由は「世襲批判」と総括した。Y氏の父親は都議を経て区長になった。息子はその後を追って都議になり、父親の引退を受けて都議を辞めて区長選に出た。盤石と思われたが「区政の私物化との世襲批判」で一敗地にまみれた。その彼が都議に戻ろうとしたら自民党が公認した。「世襲では適格の政治人材を活用できない」という国民主権の根本的なところが今の自民党にはわかっていない。

 下町の老舗和菓子一家は累代の自民党支持とか。「でも世襲を当然視する政党を支持できない」。これには3人そろって頷いた。嫁、姑関係が円満なうちに今宵は解散。

(ⅰ)この家族は以前にも登場している。直近では『第248夜 選挙妨害に打つ手は』2024年7月号。その前では『第236夜 上高地でハイキング』。2023年7月号。

(ⅱ)得票数が合計でもわずかしかなかったのは都民の良識が呼び戻された結果といえる。しかし対応が甘いとそうした輩の民主主義破壊行動はエスカレートする。

(ⅲ)憲法前文の第一文。「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し…主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

(iv)正式名称は「NHKから国民を守る党」

(月刊『時評』2024年11月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。