2022/11/25
長引くコロナ禍の中、法務省は訴訟手続や入管申請など、主要な法務行政のIT化を一挙に促進し、利便性を向上させた。一方、刑事犯罪が減少する中で再犯率の低減が大きな課題となっている。また、昨年惜しくも廃案となったが、ウクライナ紛争を機に戦争避難民に対する関心が高まる中、補完的保護対象者の新設を盛り込む改正入管法の再提出も主要なテーマに位置付けられる。これら多様な政策課題を抱える法務行政の最新動向を、髙嶋次官に解説してもらった。
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訴訟手続と入管申請のIT化
森信 まずは、近年の法務行政における大きなトピックをいくつかご紹介いただければと思います。
髙嶋 大きな点としてはまず、訴訟手続のIT化です。それまで一部でIT化は徐々に進めてはきたのですが、現行法では、訴訟の提起は基本的に書面による提出を、また口頭弁論の期日では出頭が要求され、訴訟記録も紙媒体によるもの、とされているなど民事裁判手続が全面的にIT化されているとは言い難い状況でした。訴訟とは法廷の場で、書類をもとに行うという形式が今日まで続いてきたのです。
それに対し、本年5月18日に成立した「民事訴訟法等の一部を改正する法律」により、訴状等をインターネットで提出できて、かつ相手方も裁判所のサーバーにアクセスして送達を受け取れる、ウェブ会議により口頭弁論を行える、等々が実現することとなりました。法廷に行かず、ハードコピーでもなく電子データで処理する訴訟へと踏み出したのです。
森信 企業の訟務関係にとってもかなり負担が軽減されそうですね。
髙嶋 はい。これらの改正により、自宅や事務所からも訴えの提起等が可能となるなど、民事訴訟等を利用する国民の利便性が向上するとともに、従来の訴訟手続に比べ、大いに迅速化、効率化が期待されます。9月初旬現在、刑事訴訟手続のIT化も、法制審議会で調査審議をしていただいているところです。
森信 コロナ禍が続いているので、出向かなくて済む、という利点もありますね。
髙嶋 コロナ対応という点では入管の在留申請手続のオンライン化も大きな意味を持つ対応です。2020年年頭からの感染拡大により、在留資格の変更等の手続が必要となった外国人在留者の方が、東京入管に多数訪れ、〝3密〟回避のため入管の建物の周囲にぐるりと並んで待ってもらうという光景が現れました。かねてから入管ではオンライン申請を進めてはいたものの、企業等による代理申請での利用にとどまり、まだ個人申請のところまで対応できていなかったのです。
そのため対応を一気に進め、今年3月から、マイナンバーカードを所持する外国人の方がオンラインで入管申請できるようになったほか、対象となる在留資格も「日本人の配偶者等」などにも拡大しました。
こうした対応は、訴訟手続のオンライン化においても同様です。
森信 私はデジタル庁の有識者会議の構成員を務めているのですが、そこで在留手続とマイナンバーの利活用について議論が進んでおります。来年度改正に向けて目途が立った状況だそうですね。
髙嶋 現在、準備作業を進めているところです。ただ、マイナンバーカードの記載事項と在留カードの記載事項を併せて全部載せようとすると、1枚のカードに収まり切れません。従ってどこまで省略すべきか、つまり一覧性をある程度犠牲にする問題があるため、その線引きが一つの論点になっています。
森信 いずれにしても番号制度を活用したデジタルガバメントの実現に向けて、デジタル庁では霞が関各省を巻き込む方向で議論を進めていく予定のようです。
髙嶋 基本的には良いことだと思います。デジタルガバメントは進めるべきですし、進めていかなくてはいけないことだと考えています。
森信 2年ほど前の菅義偉官房長官当時、内閣府のマイナンバー検討会において、戸籍と番号を連携させるとともに、読み仮名を付けることが議論になりました。最近はいわゆるキラキラネームが増えて難読が著しい一方で、銀行ではカタカナで名寄せしているため口座の照会がなかなか進まないことが問題になりました。その時参加していた法務省の幹部の方が「現在検討中です」と回答されたのですが、こうした議論は現在進んでいるのでしょうか。
髙嶋 民事局において今も作業を進めており、ちょうど5月にパブリック・コメントをかけたところです。
森信 戸籍に読み仮名を振ることには、法務省としても問題はないと。
髙嶋 これまで戸籍では、読み仮名が記載事項ではなかったため、実施するには各種の法改正が必要となります。また、漢字の通常の音訓では表記されない名前の読み方をどこまで許容するかという議論があります。ですので、いずれにしても簡単ではありません。パブコメにおいてもこうした点が論点となっています。
森信 法務省では受刑者が出所した後の再犯防止が長年のテーマとされてきましたが、現在の状況はいかがでしょう。
髙嶋 刑法犯認知件数全体は18年連続で減少しているのですが、検挙者数に占める再犯者の割合は一貫して上昇しており、2020年には49・1%、ほぼ2人に1人が再犯者です。また出所受刑者の約4割が、5年以内に刑務所に再入所している状況に鑑みても、ご指摘の通り再犯防止は重要施策の一つに位置付けられています。
森信 刑法犯が減っている背景としてはどのような原因が。
髙嶋 今申し上げたように、現象としては確かに刑法犯の認知件数は減っているところですが、犯罪の発生にはさまざまな要因があることから、その要因が何かということについては、なかなか一概にお答えしにくいところがあります。
森信 仮に1968年に発生して迷宮入りした三億円事件が今起きたら、すぐに逮捕されるという指摘もありますね(笑)。
髙嶋 個別の事案についての仮定のお尋ねなので、なかなかお答えしにくいところですが、一般論としては、近時刑法犯の検挙率は上昇傾向にあるところです。
森信 再犯防止を図る上で問題となる点などは。
髙嶋 一番難しいのは、途中で仮釈放などされることなく刑務所に入所している満期出所者です。つまり、服役途中で釈放することが難しいと認識された人々で、出所者全体のおよそ4割を占めています。仮釈放の機会があれば、その間に社会の様子を見たり、また更生保護施設で生活の基盤を保ちながら社会復帰の準備を整えることなどもできるのですが、満期出所者はそうした準備期間が無く刑務所からすぐに社会に出て、しかもその後の生活について誰からも監督を受けません。結果として、仮釈放者の出所後2年以内再入率が10・2%であるのに対し、満期出所者の同再入率は23・3%に上ります。
森信 それに対し今年、刑法の一部改正がなされたそうですが。
髙嶋 従来の懲役刑と禁錮刑を一本化し、拘禁刑を創設しました。拘禁刑に処せられた者には、再犯防止に向けて必要な作業や各種の指導を柔軟に組み合わせて行うことが可能となり、刑務所内でも社会復帰に向けた各種の取り組みをより一層進めることができるようになりました。また関連法の中で、出所後であっても本人の意向を踏まえ、各種支援を行うような法律となっています。
森信 拘禁刑に一本化されたことについて、例えば自分は、刑務作業はしたくない、居室の中で本でも読んでいたい、等々を受刑者は選択できるのでしょうか。
髙嶋 作業や指導の有無や内容について、専ら受刑者の選択に委ねるものではありません。高齢や障害など何らかの理由で作業を課すことができない場合を除き、個々の受刑者の特性に応じて、改善更生・再犯防止に必要であれば作業をさせることになります。作業をすること自体が社会復帰へのプロセスであり、再犯防止に資するという観点によるものです。一方、高齢である受刑者や障害を抱える受刑者には、その特性に応じた医療、介護等の社会福祉を提供することを優先することもあります。
他方、若い受刑者に対しては作業だけでなく、基礎学力向上のための指導を中心とした処遇を実施することが考えられます。その上で、希望する者に就労支援を実施し、社会復帰しやすい態勢を整えさせるなど、柔軟な対応を図っていきます。これも本人の自主性が重要なのは言うまでもありませんが、再犯防止のための処遇ですから、本人がやりたくなければ、やらなくてもいいというものではなく、刑事施設においては、いかに本人への動機付けを図るかも重要になってくると認識しています。