2023/12/11
高齢化と人口減による農業者の減少、国際情勢変動の影響を受けた食料安全保障等、日本の農政は大きな、そして困難な局面に直面している。農水省は現在、四半世紀ぶりの食料・農業・農村基本法の改正はもちろん、スマート農業の進展、農産物の海外輸出促進等々により、産業としての農業基盤の強化を図っている。直近の各種問題と対応の数々を、横山次官に解説してもらった。
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四半世紀ぶりの基本法改正
森信 食料・農業・農村基本法の改正が、農水省における目下最大の政策課題だと思いますが、改正の背景・主旨はどのようなものでしょう。
横山 この基本法自体、1999年に成立したもので、来年改正法が成立するとちょうど四半世紀ぶりとなります。25年前と現在とでは農業をめぐる状況も大きく変化しており、特に食料安全保障の観点においてはコロナ禍然りウクライナ問題然り、改めてこの問題にしっかり対応していくことが必要となりました。また、生産現場においては農業者の高齢化も想定以上に進んでおり、将来の農業者の減少が危惧される状況です。これらの状況に的確に対応していくことが改正の主たる背景となります。
スケジュールとしては来年の通常国会提出を目指し、9月末に食料・農業・農村政策審議会から答申をいただき、与党においてもご議論をいただくなど鋭意作業を進めているところです。
森信 農業者の高齢化は深刻化しているようですね。60歳以上の方が8割近いとか。
横山 平均年齢が68歳ですので、かなり厳しい状況です。例えば今後20年ほど先の未来を展望した時、農業者の数は大きく減少していくものと想定されます。そうした状況下で国民の皆さまに食料を確保・供給していくためには基本法の見直しが第一歩となります。
さらに、環境に配慮しながらサステナブルな農業の実現を目指すことも重要な目的の一つです。
森信 農業自体がSDGs 的なイメージがありますからね。
横山 はい、農業は自然を利用した産業ですのでそれ自体環境に良いと思われがちですが、実際には化学肥料や農薬を使うのはもちろん、農業機械やハウスでは化石燃料を消費します。
このように、自然を相手にしていれば環境に良いかというと決してそうではありません。このため、現在、「みどりの食料システム戦略」を進め、環境負荷をできるだけ低減した形での農業へ持っていきたいと考えています。これも農業をめぐる大きな変化だと思います。森信 高齢化への対応については、どのような手立てが考えられるでしょう。
横山 従前より、若い人に農業で働いてもらうよう直接的な財政上の支援をしてきました。とはいえそれでも、絶対数は今後間違いなく減っていきます。そこで、少人数でもしっかり農業ができるような体制を構築する必要があります。そのためにはやはりスマート農業、すなわち新たな技術を使って少人数でも生産性をアップさせることが必要です。また、サービス事業体という作業を請け負うような法人や団体を支援し、ドローンを飛ばすなど実際の作業はこれらの団体が担当するという仕組みを確立できれば、結果として少人数でも農業生産を維持できます。こうした環境を整備していくことが大事だと思います。
カギは儲かる仕組みづくり
森信 農業の法人化がなかなか進んでいないという指摘があります。農業の大規模化を図り先端技術や生産資源を投入して、効率的な農業を展開するという理念があると思われますが、実際の法人化の進捗状況はいかがでしょうか。
横山 そうは言っても進んでいる、とは思います。戦後の農地解放によって全国に生じた小規模農家が徐々にまとまりながら、またリタイア等により、今まで農業者の減少傾向は続いてきながら一方で規模の拡大は着実に進んできました。その段階で個人や農家の単位ではなく、法人としての位置付けになるわけです。従って少ない数の法人でより広い面積の農業を行う、という方向には全体としては向かっています。
森信 一時期、兵庫県養父(やぶ)市における「法人農地取得事業」がメディアでも取り上げられましたが、その後の動静はあまり聞こえてきません。
横山 農業法人は、法人による農地の所有はできるものの、農業関係者がその法人の株式の過半を取得していなければならないという制限があります。その制限を取り払ったのが養父市における事業なのです。
森信 文字通り純粋な意味での法人ですね。
横山 そうした方式でスタートしたものの、現実にはリースがほとんどでした。リース、つまり農地を借りる場合には制限がないため、どんな法人でも借りることが可能です。そうすると逆に所有の効果はどれほどあるのだろうか、ということになります。結果としては養父市の取り組みはあまり広がりませんでした。
ただ現在は、農水省の制度ではなく構造改革特区の枠組みとなりますが、養父市と同じ形式であれば、希望する法人はどこの市町村でも農地を所有することは可能です。でも、大きな広がりには、今のところなっていません。
森信 広がらない主な理由と言いますと。
横山 端的に申せば、農業自体が儲かるのか、という根源的な問い掛けに尽きると思います。法人であれ個人であれ先ずは農業を儲かる仕組みに変えていかねばなりません。
森信 その、儲かる仕組みを確立することこそ最も難しい点ですね。
横山 はい、おっしゃる通りです。
森信 儲かる仕組みを模索しつつ、収益性を確保するのは容易なことではないかと。
横山 まずは生産の段階で、やはりマーケットで需要がある作物を作ることが第一です。その場合マーケットと言っても、国内だけでなく、むしろ人口すなわち需要の多い海外を見据える必要があります。
森信 では日本の農家さんも、輸出を念頭に置いて作物の選定などを?
横山 現段階ではまだそこまで至らず、普通に出荷した生産物の一部が輸出に廻っている、という状況が多いです。われわれもまさにこの点を変えていくべく検討しています。つまり、輸出向けの産地を作っていく、という発想です。
森信 具体的な方策や作物などは。
横山 GFP(農林水産物・食品輸出プロジェクト)という名の下で輸出しようとする者が集い、最初から輸出を前提に各種作物を作ってもらうという構想を進めています。また、以前から輸出を前提とした生産販売を行っている地域もあり、青森のリンゴなどはその良い例となります。
森信 私が今から20年近く前に東京税関長を務めていたころ、税関前に青森からリンゴを積んだトラックが、輸出向けに通関待ちの列をなしていました。輸出先は主に香港や台湾等で、その頃から既に人気があったということですね。
農林水産物・食品の輸出に関しては数値目標の設置がありましたが、今どのような状況でしょうか。
横山 当初目標とされた1兆円は達成し、2022年時点では1兆4140億円でした。現在は25年段階で2兆円、30年段階で5兆円という目標を立てています。今年も春先までは順調に推移していましたが、ALPS処理水に関連する影響が気がかりなところです。
コメの価格をめぐる諸状況
森信 日本の農政はこれまでコメ中心で需給調整などもされてきたと思いますが、食料自給率と併せて転換期に来ているのではないかと思われます。
横山 確かにコメの消費量は毎年10万トンくらいずつ減少しています。人口減に加えて、国民一人当たりの消費量も昔は年間120キロくらい食べていたところ現在は50数キロまで落ちているのが主な原因です。そういう意味では今後も、コメの消費量は減っていかざるを得ないでしょう。そうなると農業者の方にはコメ以外の作物を作ってもらう、これがわれわれがこれまでも、これからも実施して行く施策となります。そして作る以上は、需要のあるものを作ってもらう必要があります。例としてはこれまで主に輸入に頼っていた小麦や大豆などですね。需要に応じた生産にもっていくことが、食の安全保障という観点からも極めて重要となります。
森信 コメに関しては、価格メカニズムがいま一つ機能していないという指摘もあるようですが。
横山 コメを作りたい農家の方が多く、農業機械などもコメ生産用の機械を導入する傾向にあるので、他の作物への転換は容易ではありません。従って今は、コメを作りつつも米粉に加工したり、人間の食用ではなく家畜の飼料用にするなど多様な用途展開も図られています。
森信 かつて堂島の先物取引に由来したコメの先物取引が行われましたが、これが廃止になった背景は何でしょうか。
横山 2011年にコメ先物取引が始まりましたが、試験上場の段階で取引業者が増えない等の理由により本上場には至りませんでした。
森信 市場に参加する人の数が少なかったのでしょうか。
横山 どこまでを多い少ないと捉えるのか議論はさまざまですが、結果的に21年に打ち切りとなりました。ただ、他方で新たな動きとして本年10月16日に、オンラインでも取引が可能な民間によるコメの現物市場がスタートしました。コメの価格決定に一石を投じるのではないかと注目しています。
森信 欧州ではワイン、米国では小麦などがごく普通に先物取引されています。
横山 はい、小麦に限らず、大豆、トウモロコシなど主要農産物は先物取引で価格が決まります。
森信 農水省さんとしては、こうした投機的な動きはあまり歓迎しないというスタンスでしょうか。
横山 この点はさまざまな議論があるところだと思います。コメについては食管法の時代から政策的に半ば特別な位置付けとされてきたこともあって、一部では先物取引に対する一種の忌避感があるのも事実です。
いずれにしても先物取引に関してはわれわれ行政が直ちに何か手を打つということではなく、あくまで申請が上がれば、という立場となります。ただ、コメはある意味最も難しい存在ですので、現物市場もみながら冷静に考えていきたいところです。生産、流通、実需者それぞれに意見が分かれると思いますので、精査した上で多角的な検討をする必要があります。
もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。