2023/05/18
コロナ禍の長期化をはじめDX推進の急速な高まりなど、国民生活が大きく変化したこの数年、従来にも増して総務省の業務は多様を極めている。経済・社会の変容は政策評価をより複雑にし、効果的な行政施策の実施は常に模索の過程にあると言える。他方でデジタル化の流れには国・地方とも早急な対応が迫られる。今回、山下事務次官には変化に対応しながらいかに国民生活、そして社会・経済の基盤を支えていくべきか、その重要性と難しさを率直に語ってもらった。
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デジタル時代の総務省
森信 総務省は広範かつ多様な行政課題を抱えておられますが、直近ではどのような点が特に重要視されているのでしょう。
山下 わが国はいま、日本自体はもとより国際社会でもなかなか経験がないような新たな課題に直面しています。
2020年来の新型コロナウイルス感染拡大は経済社会に深刻な打撃を与えましたが、一方でテレワークが進むなど日常の中にオンラインが普及しました。この3年間はまさに大きな社会変化の時期でした。
他方、それ以前から地方における人口減と東京一極集中のもと、地方・地域社会をいかに活性化するかが依然として大きな課題となります。これも今般、通信環境の整備により地方でも仕事ができるようになるなど、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が今後さらに重みを増していくものと思われます。次いでGX(グリーントランスフォーメーション)への対応、これはGXそのものの実践もさることながら、この推進自体が新たなビジネスチャンスにつながります。そして政府全体で安全保障への対応に取り組む中、総務省の関係で言えば、デジタルインフラが安全で信頼できるシステムとして定着していく、これらの各点が現在の主要課題となります。
森信 この場合のデジタルインフラとは、政府のインフラだけではなく国民が日常生活で使っているインフラも含めた概念でしょうか。
山下 はい、各種情報通信の仕組みや規格、実際に敷設された通信網等も包括しています。現在は5Gの時代ですが、さらにその先、ビヨンド5Gの研究も今進めております。こうなると官民を問わず社会一般の基礎インフラだと言えるでしょう。
また、それらデジタルインフラの海外展開も施策の範疇に入ります。国全体における安全保障体制の高まりの中、デジタルインフラの中核部分を特定の国や企業に頼るのは非常にリスクが高い、それを避けるためにオープンなスタンダードを世界に普及させていく必要があります。この点はG7等におけるデジタル大臣会合でも議題になってくると想定されます。
森信 特定国のメーカーによるベンダーロックインのような状況が望ましくないと。
山下 こうしたオープンな仕組みの普及は、企業の海外展開においても重要なポイントとなります。
森信 なるほど、そういう意味では経済安保の比重も高いと言えますね。
山下 国民生活、経済活動を支えるという意味では、情報通信のほかにも郵便や統計があり、国・地方の行政活動を支える政策評価、地方行財政、また暮らしの安全という意味では消防、民主主義を支える選挙制度も所管しています。このように、総務省はさまざまな点から国家の基盤たる国民生活や経済・社会活動を支える役割を担っており、われわれもその自覚を持って前述の各種課題に取り組んでいます。
変化のときに重みを増す政策評価
森信 所管が多岐多様な上に、DX、GXなど社会の変化に対応して行政の仕事も変えていくことが求められますから大変ですね。
山下 そうした変化においては、政策評価のありようが重要になります。政策評価の仕組み自体は2001年の省庁再編から始まりましたが、現代こそこの仕組みをもっと生かしていくべきだと考えています。
もともと政策の効果というものは、相手が人間や社会であるため、この政策を取ったら必ずこういう効果が出る、というような自明なものではありません。特にこのような変化の時代、これまでの政策が今後も上手くいく保証はない、それ故に一度着手した政策も、社会状況の変化に応じて手法を変えていくことも求められます。また、方策に確信が持てない場合も、まずは実施してみて、その効果や問題点を抽出・検証しながら修正していく場合もありましょう。すなわち、政策の効果と現状を把握の上、機動的かつ柔軟に軌道修正しながら前進する、アジャイルな政策展開が必要です。
森信 例えば各省が行っている行政事業レビューがありますが、さらに総務省も政策評価制度を所管されています。
山下 行政事業レビューは内閣官房が取りまとめを行っていますが、政策評価も行政事業レビューも、今実施している政策や事業について、その実施状況を点検し明日の政策に生かすという意味では共通しています。
森信 その点、外部から見る限りどうも多重になっているように思われるのですが、内閣官房と総務省でどう分担されているのでしょうか。
山下 行政事業レビューは予算事業を対象としており、どれだけの額が投入されどのように事業が進捗しているか、あるいは資金の流れなどを整理しています。従って、どちらかと言うと事業単位、かつ予算とのつながりが強い作業となります。
森信 かつて民主党政権時代の、事業仕分けの流れを汲んでいるわけですね。
山下 発端としてはそうなりますね。それに対し総務省が所管する政策評価は、規制や計画など予算を使わない政策も対象に含みます。むろん政策の多くは予算と税制と法令がセットになっているため、それを評価するのが目的です。このため行政事業レビューとは、役割は違いはするものの、意思決定に役立つ情報を生み出す機能としては似ている面もあり、今後、こうした評価関連作業を省としての意思決定にどのように活用していくかとの観点から整理していきたいと考
えています。
多種多様を極める、評価の定義
森信 コロナ禍の間、さまざまな給付金の類が支給され、一部にはその使い方に問題があるといわれました。それも政策評価の対象となるのでしょうか。
山下 まず総論から申し上げますと、政策を実施しながら折々に効果を検証し、より望ましい方向へ修正していくことが求められますが、効果の把握が一律のやり方で可能、というものでもありません。
例えばモデル事業などのように、一つの目標の実現に向けて政策を試すものは、進捗や達成度も比較的測定しやすく、それに基づいて修正すべきか継続すべきか判断していくことになりますが、これも含め多くの政策は、国民や企業に「機会」を創出したり、「誘導」したりするものになります。例えば「商談会」をイメージしますと、実際に商談会を開いた以上、より成約案件が多い方が望ましいには違いありませんが、それはその時々のビジネス環境や企業判断で決まることですから、単純に成約案件数が商談会の効果を表しているとは限らず、企業にとってその商談の場が一つの機会となり、今後の商機に寄与できれば、長期的には目に見えない効果をもたらしたとの見方も可能です。
その上で給付の議論に移りますと、一般的な給付の場合は制度見直しの折などに公平性の観点から検証を行いますが、いざ事業がスタートすると制度通りに執行されているかどうかが第一の評価ポイントになるでしょう。
森信 評価のやり方、使い方も多様だということですね。
山下 そうなのです。進捗の把握に始まり、実際にどういう効果を与えているかまで、政策の目的や社会との関わりによって評価のポイントが変わってきます。事業の前進が確認できれば是とすべきか、課題の発見と改善が第一目的なのか等々、評価の視点も一律一様ではありません。ことに行政においては、行政官が何に向かって努力するのか、というところで評価の視点も変化してくると思います。
政策も多様化し、社会との関わり方もそれぞれ異なることが多くなった現在、政策の策定段階からこの政策に関しては何をもって評価基準とすべきなのか、政策ごとに考えてそれぞれ適した視点やポイントを組み込んだ上で実施・実行していくべきだというのが現在の課題だと認識しています。
各省が模索する評価を支援
森信 コロナ禍の地方創生交付金なども使途が自由であるが故に、現実として交付金がどう使われたか、どのような効果をもたらしたか、測定と評価はなかなか困難ではないかと思われます。
山下 政策の多様化の一つの例だと思います。そこで、政策評価をいわば「ナビゲーション・システム」のような機能を持つ有用なツールとして積極的に活用し、政策ごとに適切な「現在地把握」を行っていけるよう、行政評価局と政策評価審議会でノウハウや方法論を整理し、各省に共有していきたいと考えています。
各府省が所管する政策自体は多様ですので、まず政策を構成する具体的な手段である「広報・普及啓発」「研修・人材育成」「窓口・相談業務」といった個々の行政活動を単位とし、実例を通じて、指標や把握・分析の手法について研究を進めます。
総務省は政府全体の統計部門も持っておりますので、必要なデータを加工生成できるか、ビッグデータから解析できるか、さらに必要な場合には新たな統計調査を行うことも含め、共同で進めたいと考えております。
ただこれによってたちどころに変わるわけではありません。ノウハウや方法論の共有に始まり、実際に政策ごとにその目的等に即して「現在地」把握を考えていくのは、その方法自体が時代の変化の中で試行錯誤を経る必要があろうことを思うと、息の長い取り組みになります。拙速に取り組み、効果検証が目的化してもいけません。
アウトカムを測定するための指標が設定されていないとダメだ、改善に結び付いていないからダメだといった「評価のための評価」になってはいけませんし、ましてや指標の数値が芳しくないことだけで、政策を取りやめることにしていては、政策で解決すべき課題は残ったままになります。大切なことは、効果検証により現在地を把握し、政策を前に進めていくことです。その際、必要なエビデンスの収集にかける時間やコストと政策を実行するスピードとの兼ね合いに留意していくことも重要です。
社会の変化に応じて統計も柔軟に
森信 それはエビデンスベースで行うのでしょうか。
山下 はい、EBPM「エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング(Evidence-Based Policy Making)」ということになります。
その意味では、統計についても、社会の変化に応じて変わらざるを得ません。総務省の統計部門でも、統計研究研修所が、各省や地方自治体から、このようなデータや数字が取れるだろうか、という相談を一元的に受け付けております。それに対しては、今ある統計をこういう風に組み合わせれば望むデータが取れる、あるいはビッグデータの中からこういうデータが使えるかもしれない、等々のアドバイスを行っています。中には、従来なかったニーズに対して、これまでの統計を新しく切り替える可能性も含めて相談に乗ることもあります。これからはデータドリブン経済に移行していくと思うと、政策評価にとどまらずビジネスや社会全般に対しても、こういう柔軟な対応がますます必要になってくると思います。
その中で近年不適切事案が発生しているのは誠に遺憾です。統計は、企画設計に始まり実際の調査、その集計と専門性の異なる多様なステップの総合作業であり、この品質管理も重要な課題です。これも含め、この3月に策定した「公的統計基本計画」に基づいて進めてまいります。
森信 内閣府の関係者と話をすると、彼らのエビデンスベースの中ではアンケートも重要なツールとのことでした。統計は客観性をもたらすには有効ですが、アンケートも多様な回答が得られるという点では重要ではないかと。
山下 DI(Diffusion Index= ディフュージョン・インデックス)のようなものですね。おっしゃる通りで、統計はアンケートを含んでおらず、また統計は客観的でアンケートは主観的という見方もありますが、必ずしもそんなことはありません。テーマに即した回答を一定母数得られれば、アンケートも重要なツールになると思います。ただ、例えば研修を受けた人に対し、この研修は効果があったかと問えば、「あった」と回答したくなるのではないか。アンケートも向くものと向かないものがあるということでしょう。
もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。