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【森信茂樹・霞が関の核心】 財務事務次官 茶谷栄治氏

例外からの脱却後に構造的改革を

森信 コロナ禍以後、私が〝バラ撒き三兄弟〟と呼んでいる、補正と予備費と基金で、予算が膨れ上がり、かつてない規模の予算編成になっています。これは、いずれかの時点で規律を戻していかねばならないと強く思いますが、この点、次官のご所感は。

茶谷 おっしゃる通りです。2020年の新型コロナウイルス感染拡大以後、20年に補正を3回、21年に1回、22年に2回と回数を重ね、中には30兆円を超えるような大型補正もありました。政権交代以降に編成された補正予算を19年度まで平均すると1回あたり3兆円ほどでしたので、それが30兆円へと一気に10倍超、補正を全部足すと100兆円を超える規模になります。コロナ対応というやむを得ない状況であったとはいえ、それらがすべて有効だったかどうか検証すべきですし、いずれにしろ財政においては明らかに例外的な展開でした。コロナも5月上旬に2類から5類に移行する中で、財政においても例外から脱却し、本来の姿に戻していく必要があります。そして例外から脱却した暁には、もともと日本の社会保障が抱えている給付と負担のアンバランスという、構造的な問題などの改革に改めて取り組んでいくべきだと考えています。

森信 そういう重要な議論がどのように始まると想定されるでしょうか。冒頭で述べた通り、財務省から発信するとまたネットで炎上する騒ぎになりかねません。

茶谷 私としては、防衛費にしても少子化対策にしても、個別の施策の財源について深く議論する機会がここしばらくは少なかったものですから、この機に一つ一つの議論を積み重ねていくことが重要だと捉えています。その上で、いずれ医療・介護・年金の社会保障に関する給付と負担のアンバランスを見直していくという大きな議論につなげて行ければと。政府内には全世代型社会保障構築会議という検討の場も設けられているので、この場を中心に国民的な議論が展開していくのが望ましいと思います。

森信 社会保障・税一体改革は、2003年の基礎年金国庫負担を3分の1から2分の1に引き上げるための財源2・5兆円の調達から始まった議論ですね。この間の経緯を「日本の消費税 社会保障・税一体改革の経緯と重要資料」(中央経済社)ということで本にまとめました。

茶谷 はい、年金の国庫負担割合を1/3から1/2に引き上げるための安定財源として2兆数千億円程度の財源が必要、との議論で始まりました。その後、麻生政権時代に中期プログラムが定められ、その後の民主党政権の下で結実したかたちになります。

補佐クラスで社会課題に関する議論の場を

森信 私は折に触れて、そうした経緯を思い出すべきだと指摘しているのですが、財務省は、これまで客観的な議論がどう展開されてきたのか等の発信が不足しているように思えてなりません。

茶谷 一昔前と比べ新たな、そして多様な発信媒体が広がっていますので、省内の若手を中心にどのような媒体を使って効果的に発信していくか議論しています。これは財務省の広報の在り方として大きな課題だと認識しています。

森信 それは同時に、財政に対する意識を若手の中でどう育てていくか、というテーマにもつながりますね。

 私が感じるのは、傾向として財政学に対する人気が非常に落ちているということです。若い世代の財政学者がほとんど育っていません。もっぱら行動経済学やデータサイエンスなどを指向しがちで、財政学を志す若者は減っています。財政学の魅力を高めるにはもっとデータを開放する必要があります。そのあたりも財務省の一つの役割として検討していただけるとありがたいですね。

茶谷 確かに、個々の専門分野に特化される先生方が増えている一方、マクロ経済を俯瞰する先生は少なくなっているように思います。むしろ全体的なことを語るのは学者ではなく評論家の方々の方が多いかな、と。

森信 そうですね、細分化が過ぎて、トータルな視点で考える研究者があまりいませんね。一方で評論家は言動が目立つことに重点を置きがちですので、主張が極端に過ぎることがある、これも問題です。

 ともかくも財務省内で、発信力のある若手を、省全体でバックアップしながら長期的視点で育てていくべきだと思います。例えバッシングされても、それを受けてより高次な理論形成とさらなる発信につながればよいのですから。

茶谷 はい、そうした観点での人材育成も重要だと考えています。特に若手職員は議論の場に慣れることが必要です。

森信 若手と言えば、近年の採用の傾向はいかがでしょうか。

茶谷 2022年度は、国家公務員志望者数が近年では初めて増えました。それでも遡って以前と比較すると、国家公務員志望者数は減少しています。学生の進路選択の時期が早期化する中、われわれも、早くから各大学に足を運んではさまざまな政策課題や公務のやりがい・魅力などを語りかけるなど、学生が公務に関心を持つきっかけになるような取り組みを進めています。

 一方、以前は入省した新人に対して、先輩の背中を見て学ぶべし、と言うだけの傾向がありましたが、それでは人材は育ちません。それ故、さまざまな研修を受けてもらうなどして育成に努めています。

森信 以前は、若手職員を対象にした理論研修などがありましたが、それは今も?

茶谷 今は入省4年目の若手等を対象に、短期集中的に論文執筆までの理論研修を行っています。また日々の仕事に追われて当面の分野に視野が没入しがちですので、課長補佐クラスを中心に複数のチームを編成し、少子化やデジタル化といった一般的なテーマについて、仕事の合間に有識者の方のお話を聞いたり議論する場を設けたりしています。そうすると、先ほどのご指摘のように、日々の仕事から離れ大きな視座で社会課題を考える意識を涵養できるかと。そして年に1回、報告書に取りまとめて幹部に説明する、という取り組みをここしばらく実践しています。

本年から〝パルス・サーベイ〟を導入

森信 岡本薫明・元次官とのインタビュー時に、360度評価の導入について伺ったことがありましたが、現在はどのような状況でしょう。

茶谷 その取り組みはかなり広がっています。本省においては、以前は観察される対象が総括補佐以上だったのですが、現在は課長補佐まで拡大しています。加えて、今年1月に〝パルス・サーベイ〟を導入したところです。月に一回、事務次官の私はもとより入省1年目まで全職員を対象に、健康状態や職場の人間関係、仕事に対する満足度について5段階項目のうち自分はどこに当てはまるか回答してもらう方式で、職員自身は短時間ですぐに回答できます。毎月定期的に調査するため、何か仕事について悩みを抱えていないか、短いスパンで把握し、必要に応じて面談するなど、きめ細かく対応することが可能になります。

 また、職場の〝カイゼン目安箱〟もつくりました。こういう点で職場の改善が可能と思われる案を意見募集しています。WEBフォームで簡単に投稿できて、記名、匿名どちらも可能です。

森信 360度評価は、誰が評価したのかわからないようにすることがポイントですものね。わかったら適正な評価がしにくくなります。

茶谷 そうなんです、360度評価の場合、規模が小さくて部下が少人数しかいない部署では評価が単純には実施できないところが難点です。その場合は、直属の部下ではない職員まで評価者を広げて、誰が評価したのかわからないように工夫するなど試行錯誤の過程にあります。

森信 私も東京税関長在任当時、360度評価を試したことがあるのですが、そうすると勤務時間が終わった後も上司が部屋に長く残るようなことがなくなりました。こちらの360度評価の効果はどうでしょうか。

茶谷 評価結果が点数で表記されます。多少の点数の違いは問題ありませんが、かなり低い幹部も時々おり、これは人事当局を通じて当人に評価結果を伝え、気付きを与えています。そうすると確かに、翌年は改まっている場合が多いです。

森信 なるほど、人事評価というよりは本人の気付きと是正の機会になっているわけですね。そうすると評価が低い部分は目に見えて改善につながっていると。

茶谷 こうした評価と気付きの機会提供を、地道に積み重ねていかねばなりません。

森信 残業時間などは減ったでしょうか。今でも国会の質問取りが問題視されていますが。

茶谷 これはなかなか改善が難しい問題です。昔に比べて多少は減っているとは思いますが、目に見えて少なくなっているわけでもありません。一方、テレワークなどはかなりできる環境を整えました。

森信 テレワークもコロナ初期はだいぶ活用されたようですが、いまは出勤者も目立ってきましたね。主税局など、いつ顔を出しても同じ面々が席に居ます(笑)。またコロナ初期、財務省職員とオンラインミーティングする場合、個人のパソコンを使わなければ接続できないケースが多々ありました。

茶谷 コロナが広がり一斉にテレワークした時は、回線の容量が不足して滞りが発生していたものですが、今ではテレワーク環境の整備が進み、職場PCを自宅に持ち帰って作業することも可能となったことで、職場か自宅か個人が選択できる幅は広がっています。

森信 その点では徐々に、働き方改革が進んでいるようですね。
次官は、週末などどのように過ごされているのでしょうか。

茶谷 ここ10年ほどは、奥多摩を中心にヤマメやニジマスなどの渓流釣りを楽しんでいます。また、その付近を中心とする低山を歩くことが多いですね。

森信 ヤマメなど釣るのは難しいそうですね。

茶谷 はい、ボウズのときもあります(笑)。ただ、渓流のマイナスイオンを浴びているので気分転換にはなりますね。

森信 茶谷次官は、海外勤務のご経験は。

茶谷 1993年から96年まで、ドイツのベルリン総領事館領事として勤務していました。 

森信 その時代、ベルリンはまだ首都ではなかったんですね。

茶谷 はい、東西ドイツが統一されたのは90年ですが、私の在任当時、形式的な首都はベルリンにあったものの、議会をはじめ首都機能はボンに置かれていました。ベルリンは機能移転に向けて工事をしている最中でしたね。旧東ドイツを支援する連帯付加税が賦課され、一方、旧東ドイツで国有化されていた元の民間資産をどのように元の所有者に戻すかという、あたかも所有権に関する民法の草案を作っているような時期でもありました。

森信 ロシアではその混乱期に不正に蓄財したのがオリガルヒです。次官は、混乱期であると同時に興味深い時期に赴任されていたのですね。
本日はありがとうございました。

インタビューを終えて  茶谷次官は、大変温厚な方で、目線も低く、それだけに物事を見抜く力は大変優れておられる。また言葉の端々に、力を感じさせる説得力がある。財務省が「普通」の仕事をできるように、今後のご活躍を期待したい。
                                              (月刊『時評』2023年3月号掲載)

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