お問い合わせはこちら

【森信茂樹・霞が関の核心】山田 邦博氏(前 国交次官)

各方面で広がる〝流域治水〟

森信 日常生活ではなかなか気付かないところで、いろいろな対策が決まっているということですね。豊田市の場合は、農業用、工業用どちらが優先的に水を使用するか等、決まっているのでしょうか。

山田 各地域には利水者協議会が設けられており、そこで協議のもと決定しています。豊田市の例では、老朽化した施設の堰をどう機能維持させるか、水位が下がったら残った水の優先使用はどこか、という議論になろうかと思われます。

森信 いずれにしても防災対策は終わりのない施策という感があります。

山田 われわれは常に、数十年あるいは100年に一度という災害の発生を想定しています。つまり一定の目標を設定して、それに向けて実現を図るという意味では有限ということになります。とはいえ、数十年に一度の規模の豪雨が各地で以前の想定以上に頻発するようになっていますので、そこをどう対応していくのか、これが目下の論点です。

森信 一方、防災対策は日常生活の制約につながるというジレンマもあるかと。2019年の台風の時、多摩川で堤防が切れて沿川が浸水しましたが、あれ
は聞くところ、住民が河原に出るのに不自由が生じる、景観が損なわれる等の理由で堤防が作られていない部分があり、そこから浸水したようです。

山田 それはずいぶん以前から住民の声として要望されていた、と聞いています。つまり、部分々々では堤防をつくらないでおいてほしい、と。

森信 そうした声も含めて全てをあらゆる角度から調整していくのが国土交通省さんの仕事、ということになりますね。では、これまでの防災対策のご経験に基づき、次官が今後有効と思われる施策などはいかがでしょうか。

山田 結局のところ全ての防災対策をダムや堤防で対応しようとするのは限りがあるため、むしろかつての方策に回帰するとも言えますが、河川流域でも緊急時を想定してそれぞれ可能な事前対応を図ってもらう、〝流域治水〟への取り組みを呼び掛けています。

森信 具体的にはどのようなものですか。

山田 例えば東京ドームの地下には、巨大な貯留空間が設けられていて、降水をその地下に一時貯めておき、河川に放流しない、という方策を取っています。国技館にも同様の地下貯留空間があります。もともとこうした大規模設備は中水、つまり飲用の上水、使用後の下水に対して、飲まないけれどもトイレを流す時などに使う中水という水を一定程度常にストックすることも可能であることから、事業者の方に依頼して、設計に組み込んでもらいました。事業者にとっても中水施設として使え、いざという時には防災に役立つという仕組みです。

 では大規模施設ではなく中小施設などではどう対応するべきか。貯留空間設置などは難しいので、例えば駐車場をアスファルトではなく透水性の素材にして、できるだけ雨水を地下に浸透させる等のお願いをしています。農地においてはダムと同様、用水池の水を事前放流しておいて貯めてもらうことも一案です。普及に向けて、今後は何らかの支援や補助なども必要ではないかと考えています。このように、〝流域治水〟の要諦は、河川管理者だけの対策では限界があるため、流域の人々全てで防災に取り組んでいきましょう、という点にあります。

森信 農産物の地産地消と同じ構図で、地域の防災は地域で対策を講じよう、ということですね。

観光地をより魅力あるものに


森信 5月下旬よりインバウンド(訪日外国人旅行者)の制限が段階的に緩和されてきました。

山田 そうですね、長引くコロナ禍によって観光業や地方交通は深刻な影響を被りましたから、インバウンドの緩和には期待したいところです。観光では宿泊者数が2019年のほぼ5割程度にまで落ち込みました。インバウンド緩和に先立ち、今年の大型連休は久々に行動制限も解除されたため国内観光客の出足もかなり回復しましたが、それでも十分な回復にはまだ及ばない状況です。

森信 ポスト・コロナを見据えた観光面での施策などは今後どのようにお考えでしょうか。

山田 観光地をより魅力あるものにしていく必要があります。ポスト・コロナにおいては、それまで少数だったワーケーションや二拠点居住が一定数普及し、それに対応して観光でも地域滞在型や現地交流型の重要が高まるなど、観光に関する文化が従前とは違ったものになると想定されます。そうした新しいトレンドに対応した魅力づくりを図ることが重要だと捉えています。

森信 そうした観光地の魅力づくりに対し、国土交通省さんは政策としてどう関与されているのでしょうか。

山田 広い意味での魅力あるまちづくり、という視点に加え観光地のリニューアルなどが主な対象となります。温泉街に残る廃屋、廃ホテルなどを速やかに除却してまち並みや景観を保持する、建物の外観を昔ながらの様式に改める、等々ですね。併せて、観光業のデジタル化なども必要です。手続き関係がIT化によって簡素化される、タブレットを見るだけで見どころと案内が表示される、観光地のリアルタイムな混雑状況が分かる等々、より快適な観光に向けてできることはたくさんあると思います。

森信 MaaS(Mobility as a Service)など地域公共交通の整備なども?

山田 はい、進めています。コロナ禍において地方における移動の手段をどう確保するのか、という観点がありますが、観光からの視点としては、どこに見どころがあって、どのようなルート設定をするとより効率よく回れるか、その設定に対して具体的な交通手段を提供し、ニーズやプランを実現させていく、というのがMaa Sの活用法であろうと考えられます。

森信 インバウンドの形態やニーズも、コロナ以前とは変容してくる可能性もあります。

山田 はい、ポスト・コロナ、ウィズ・コロナへと移行するにあたり、どのようなニーズが新たに生じるのか、それにどう対応していくべきか、われわれも注視していきたいと考えています。ある調査によると、コロナ終息後に訪れてみたい国の第1位が日本だったとか。この結果にはわれわれも驚きましたが、それと同時に期待に応えるような観光地の魅力度アップを図らねば、と気を引き締めております。治安が良いのに加え、確かに日本は災害大国ではありますが、それ故にバックアップも早い、というイメージが増えてきているようです。

森信 これまでの防災対策の積み重ねが、このような形で付加価値となっているわけですね。

山田 こうした固有の文化も含めて日本への憧憬が高まっているのであれば、では文化を実感してもらう観光や、感性に訴求する観光とはどう在るべきか、今後に向けた新たなテーマでもあると言えるでしょう。

森信 次官は休日、どのように過ごされていますか。

山田 体を動かすのが好きなので、以前はテニスやゴルフなど。スポーツジムにも通っていますが、いまだ施設内でマスク着用のまま運動しています。

森信 本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

 山田次官は、終始にこやかに、そして懇切丁寧に素人の質問に答えていただいた。体はスポーツジムで鍛えられているので堅固とお見受けした。あふれるエネルギーで、さまざまな課題解決に向けてのご活躍を期待したい。
                                                 (月刊『時評』2022年7月号掲載)