2022/06/02
本年4月から、従来の東京証券取引所の区分を再編、新たに3段階の市場を設けるという形で改革が実施された。企業が自社の価値向上推進を促すものとして、金融庁は今後もその推進を図る。同時に、〝世界に開かれた国際金融センターの実現〟、ESG投資の普及浸透、金融課税議論の高まりなど、金融庁が手掛けるテーマは数多い。各種政策の概要と目下の動向を、中島長官に解説してもらった。
Tweet
理想を掲げながら形を作る
森信 まずは、今年4月4日から始まった、〝東証改革〟こと、東京証券取引所の市場区分見直しについて、背景などを教えてください。どうも、改革内容に対する評価が賛否拮抗している印象を受けるもので。
中島 この改革は2年前、私が企画市場局長在任時に金融審議会で議論されたもので、個人的にも思い入れのある案件です。
2013年の大阪証券取引所との統合以後、東証には市場第一部、市場第二部、マザーズ、JASDAQスタンダードおよびJASDAQグロースの五つの市場区分態勢が
続いてきました。ただ、これらの区分はそれぞれコンセプトが曖昧で基準もまちまちであり、投資家にとって利便性が低いため、区分の内容をすっきりさせるというのが改革理由の一つ。もう一つが、そしてこちらの理由の方がより大きいのですが、企業にとって上場することが目的化している風潮を是正するという点です。企業にとって東証一部上場企業になるということがある種のスタンダードになり、さらに言えば東証一部に位置し続けること自体が企業活動の目的となっているのではないか、という問題意識がありました。
そこで今回の改革を通じ、単に市場に居るだけでなく企業価値が高まるようなインセンティブの働く市場構造にしたい、こうした点が今回の改革の主たる理念となります。そして4月4日より、改めて「プライム市場・スタンダード市場・グロース市場」の三つの市場区分構成による新たなスタートを切りました。企業各位からすると、将来はグロース市場に上場するだけにとどまらずプライム市場で取引されるようになるために企業価値を向上させる、そういうインセンティブが働く市場を目指したいと思っていま
す。
一方、例えばこれまで東証一部で活動していた企業のうち、今回の改革でプライムではない市場に移行するのは本意ではないと考える企業もいると思いますので、これまでの東証の歴史も踏まえた上での市場構造改革にしています。すなわち、理想を掲げながら形を作った、というのが今回の第一歩であると言えるでしょう。具体的には、旧・東証一部に位置しながらプライム市場の基準に該当しない企業でも、引き続きプライム市場を目指して綿密な計画を立てている場合は、経過措置としてプライム市場に残ることができるなどの対応を取っています。このような点が、一部には批判の対象となっているかと思われます。
森信 その経過措置の対象企業による計画の進捗状況は、どのようにチェックを行うのでしょうか。
中島 経過措置の対象企業においては、例えば計画において示された流通時価総額の改善状況等、計画の進捗状況を毎年開示するため、市場による評価を受
けることになります。各企業は、計画未達の原因分析と対策などを講じ、できるだけ早い基準達成を目指していくことになると思いますが、その期限などは、なにぶんにもまだスタートして間もないこともあり、経過措置対象の企業の動向を計りながら今後、決定していくことになるでしょう。
プライム市場とスタンダード市場とでは、コーポレートガバナンス・コードの適用なども異なっており、例えば気候変動に関する情報開示では、プライム市場ではTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)またはそれと同等の国際的枠組みに基づく開示の質と量の充実など、かなり高い水準の情報開示が要求されます。プライム市場に属するには相応の手間もかかる、というわけです。さらにコーポレートガバナンス・コードも永遠に不変というわけではなく数年ごとに改訂していきますので、コードの改訂議論を通じて、市場ごとに求められる水準なども見直していくことになると想定されます。プライム市場においては、よりプライムらしいコーポレートガバナンスを求めていくことになるでしょう。われわれとしても、今回の区分再編が改革の完成形とは考えておりません。
森信 要は企業が自ら改革していかないと、今回の区分再編も機能しないということですね。マスコミ報道などでは、市場を改革すればイコール企業が改善する、という論調も見受けられますが、企業の継続的な努力は欠かせないと。
中島 ご指摘の通り、改革の目的は市場というよりむしろ、企業の中長期的な価値向上を促す点にあります。
国際的な非財務状況開示の潮流
森信 岸田政権が打ち出す〝新たな資本主義〟のもとでは、人的資本の開示や四半期ごとの開示が議論になっています。この辺りは現在どのような議論が展開されているのでしょう。
中島 はい、財務諸表の開示だけを求めていたのでは企業の将来にとってむしろプラスにならないと考えています。特に市場は企業の今現在の状況だけを見るのではなく、将来の発展を見通して投資するわけですので、そういう意味では人的育成への投資額、女性の役員数、男女間賃金格差などを明らかにすることで、単に財務や利益だけではない、その会社の将来的な価値見通しを立てられるよう、いわゆる非財務情報の開示を求めています。これは日本だけの傾向ではなく、国際的な潮流です。
ただ、企業からすると開示すべき情報があまたにわたり、かつ四半期ごとの開示による負担などもありますし、チェックに携わる監査法人にとっても大変です。特に上場企業の場合には、法律の定めるところによる四半期報告書の提出に加えて、取引所で四半期決算短信を出すルールがあり、これも企業が過重感を感じるところでした。そこで金融審議会では現在、非財務情報の充実を図る一方、四半期開示について、四半期報告書と四半期決算短信を一本化してはどうかという議論を進めています。
中でも四半期開示については、短期スパンで開示を要求するがために、短期利益主義を助長しているとの指摘もある一方、四半期開示と短期主義にそれほどの因果関係はない等々の両論で議論している状態です。実際のところ、この四半期報告書は金融商品取引法で定められているので、これを改めるとなると法律改正事項となります。そのため、金融庁としてもこの議論は時間をかけて臨むべきだと捉えています。
森信 なるほど、それはしばらく念入りに検討すべき論点ですね。
中島 非財務情報開示にしろ四半期開示にしろ、日本の情報開示が遅れている、と捉えられるとマイナスですので、必要な情報はきちんと開示されているというスタンスで議論を進めたいと思っています。
森信 ESG(環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance))投資については、国際的な流れが確立されつつあると捉えてよいでしょうか。
中島 そうですね、気候変動の関係においては、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のレポート等でも地球温暖化による各種影響が指摘されており、現実問題として脱炭素を進める時代となりました。そのためには、新たな技術の研究開発や各種設備が必要となり、付随して巨額の資金が必要になると想定されます。このため、特にE(Environment)の部分については、投資対象としての関心も高いと思います。
ではS(Social)についてはどうか。国際的には貧困、日本国内では男女間など、さまざまな面での格差の拡大が課題となっており、その解消を図るためにも資金が必要とされるところには積極的な注入を、逆に児童労働などで利益を上げている分野にはマネーが流入しないよう阻止する、等々の社会貢献活動を企業に求める動きが強まっています。総じて、企業がますますEとSを意識すべき方向へ、世界は動いているのです。
森信 企業が環境問題に取り組むことにより、短期的に業績が落ちる可能性があることを、投資家はどう評価するのでしょうか。短期的には業績が落ちても、長期的には社会貢献活動によって企業価値が向上すると考えるものでしょうか。本来は、投資家がそのように持っていく、というのが理想ではあると思いますが。
中島 投資家が短期利益を追求するタイプでしたら、一時的な業績の高低を重視するでしょう。しかし、投資するにあたって長い年月にわたりサステナブルな形でリターンを得ようと思うならば、投資先企業にも当然、長期的な事業活動の継続を求めると思います。つまりESG投資に取り組む企業と機関投資家、双方の利益はこの点で一致するわけです。
森信 投資家自身もまた、世界の潮流の中で、自らの投資の在り方を見つめ直すことが望ましいですね。
中島 脱炭素などの世界的な環境変化の流れによって事業活動が低迷すれば、投資家としても収益が得られません。むしろ将来主流となっていくであろう事
業、例えば再生可能エネルギーに向けた投資などが、徐々に増えていくのではないでしょうか。
森信 税務コンプライアンスもESGの一部に位置付けられると思います。米国では租税回避行動などが明らかになると企業価値が著しく毀損します。わが国ではこの点への認識が少し足りない感じがします。税の問題がややこしいのは、法律に抵触しないながらも、節税と脱税の中間、とでも言うべきグレーゾーンのような部分で、グローバル企業が租税回避を図る行為がみられることです。違法行為ではないだけに、防止に向けては市場がプレッシャーをかける以外に有効な手立てがないのが現状です。
中島 コンプライアンスとは、ESGの潮流以前に企業が確立すべきものであると認識しています。企業のガバナンスの中で、自分たちが拠って立つところの法制度は遵守すべきである、と。
金融庁としても、守るべき法律は遵守し、払うべき税金はきちんと払ってもらいたい、ということに尽きますね。
もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。