2023/06/14
デジタル政策を一元的に取り扱うデジタル庁は、誰もが注目する期待の新官庁だ。官民混成で組織された同庁が今後、国民の期待に応えて機能するためには、構想の設定や仕事の進め方など多方面で官と民の違いを乗り越え、相乗的な強みを発揮していく必要がある。このかじ取りを託された石倉洋子デジタル監に、まずは率直な思いと、今後に向けた展望を語ってもらった。
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〝ユーザーとは誰か〟という意識を
森信 本インタビューの段階で、就任2カ月半が過ぎました。新官庁の事務方トップご就任後の現在について、ご所感をお願いします。
石倉 極端な表現をすれば、全く違う惑星、全く違う国に来た、それぐらいの文化の相違を感じています。私自身はこれまで民間の産業界で活動していましたので、当初は場違いなところに来たという違和感を拭えませんでした。
森信 その原因はやはり、意思決定のプロセスや仕事の進め方など、民と官それぞれの方策の違いに由来するものでしょうか。
石倉 細部を挙げれば多々ありますが、官には基本的にユーザー視点とかサービスを提供するという概念がほとんど無い点です。民間は何よりユーザーファーストですが、官に身を置くと対象となるユーザーが具体的に誰なのかよく分からない。もっぱら〝国民は~〟という言い方はするものの、国民とはすなわち誰なのか判然としないのです。
通常、企業の経営において、現在の消費者は以前と比べ大きく変化している、と認識することは基本中の基本であり、その消費者も多様化しています。にもかかわらず消費者みんなに合う商品やサービスを提供するというのは昭和の頃の考えです。しかし今はそうではない、と認識することが仕事をする上での前提だと私は思っているのですが、それを職員に話してもなかなか実感しにくいようです。実感できない自体が良し悪しなのではなく、そもそも考え方の成り立ちが民と官とで大きく異なるのだと思います。
官では一つのシステムを構築するとき、この機能は優れている、役立つと自分自身で思い込んでいたり、こういうことをすればみんなが喜んでくれるだろう、という想像に基づいてこれまで仕事を進めてきたのだと思われます。が、実際には多くのユーザーに売れない、相手にしてくれない場合が少なくない、しかしそこで対応と改善を図り直すというステップがあまりありません。しかも対象を十掴一からげに〝国民は~〟と全体的な表現をすることが多いため、かえって具体的にサービスを欲するユーザーが誰なのかが埋没し、対象者が分からなくなりがちです。
森信 「ユーザー」ひとくくりでは対象が漠としすぎて、どうサービスを提供していいのか分からないということです
ね。
石倉 まずペルソナ(商品やサービスを欲する架空の人物像)を設定して、こういう人たちの問題を解決したり役立てたりするために、私たちはこういうサービスを提供して対象者の生活をより豊かにします、という発想が官にはあまりないようです。それは、これまでセグメントで物事を捉え考えるという習慣がなかったからでしょう。ですので、行政に身を置くと世の中は絶えず、そして大きく変化している実感が得られにくい。ユーザーとはすなわち誰かを問うても、今一つイメージできないのではないか、という気がします。
ユーザーとはすなわち何らかのサービスを求める人であり、自分の仕事を完成させてその成果をユーザーが使うのですから、必ずしも一般消費者全体を指しているわけではないのです。自分たちの仕事の結果・成果を使う人は誰なのか、その誰かは今何に困っているのか、どうすればその誰かの問題解決につながるのか、そのためにはどう使ってもらうべきで、どのような反応が想定されるのか、というシミュレーションを反復し、対象のイメージを固めた上で、具体的な仕事に取り掛かるというプロセスになっていない、行政に来て強くそう思いました。
むしろ、従来の仕事のありようから想定するに、こういう仕事をすれば自分の周囲にいる人たちは喜ぶだろう、と考えて先に進めるところがありますね。そのため就任後、職員が持ってきた書類などを見て、私自身その内容の背景がよく分からない、ということがたびたびありました。
森信 その点、官の中で特に税制に携わっていた身からしますと、本来は国民全員を対象とすべきところでしょうね。しかし実際には自民党の先生方やマスコミの反応が気になるので、そちらの対応にエネルギーを取られ、国民のためとは言いながらもそうはならないのが実情でした。今のデジタル監のご指摘は、そうした旧来型の仕事のやり方を180度転回すべきであるように思えます。デジタル監自身も、今後は消費者、ユーザー指向の意識を職員に植え付けていくお考えでしょうか。
石倉 デジタル庁がユーザーファーストを掲げている以上、ユーザーとは誰なのか問われたときに、職員が答えられないようでは困るわけです。そしてユーザーは今、何に困り、どのような解決を求めているのか、それを提供し、実際にできているかを検証することがユーザーファーストの体現につながります。森信先生ご指摘の通り、与党の先生やマスコミ対応に目が行きがちなのは理解できますが、この人たちは自分たちのユーザーではありません。
私たちが存在している意義は、一般の人たちの役に立つ仕事をすることであり、それがデジタル庁の役割であり官僚の本分だと私は理解しています。〝パブリック・サーバント〟とは、〝パブリックに対しサーブする人〟なのですから、政治家やメディアなどユーザー以外の反応に意識やエネルギーを向けるのではなく、自分の仕事を必要としている人のために取り組むようにしたいと思っています。
マイナンバーカードの例を教訓に
森信 デジタルガバメント構築にはマイナンバーカードの取得がカギになると思われますが、現実的に国民の間でカードの活用が低調なのは、手間暇かけて取得してもメリットが少ないという点と、自分の情報がどこで誰にどう活用されているのかわからないので不安、という理由からだと思われます。
私のマイナンバーを活用して国や自治体がどのようなアクセスをしたか、より詳細には誰がアクセスしたか、ログ記録ではなく具体的に把握できるようにすれば、国民の懸念は飛躍的に解消されると思いますし、そうした議論をかなり以前から私も参画しているワーキング・グループで申し上げているのですが、なかなか進みません。これはどのような理由によるものだとお考えでしょうか。
石倉 マイナンバーの活用やカードの取得が進まないのは、基本的に政府に対する国民の信頼が薄いからだと思います。政府に対する信頼の希薄さは世界的にもよくあることですが、政府が国民の情報を収集しても、それで自分のために役立ててくれるのだろうかという点では、日本は特に政府に対し信頼が乏しいと言えるでしょう。その割には、企業に対してはかなり個人情報を提供しているという側面がありますが、それは提供に見合うメリットを実感できるからです。さらに視点を変えると……(続きはログイン後)
もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。