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森田 実の「国の実力、地方に存(あ)り」㉒

調和と寛容の未来都市・府中市 高野律雄市長の「市民協働」のまちづくり

大國魂神社の参道のケヤキ並木(写真提供:府中市)
大國魂神社の参道のケヤキ並木(写真提供:府中市)

「真実の生活に根ざすただ一つの真の道徳は調和である」(ロマン・ロラン)

 府中市は、その名の通り武蔵国の国府が置かれた土地である。政治はもちろんのこと、経済、文化の中心地として古くから栄えてきた。まちの中心にある大國魂神社の創建はなんと111年という。神社から北に延びる見事なケヤキ並木は、中世に八幡太郎こと源義家父子が戦勝祈願成就に寄進した苗木が起源だとされ、今も府中のランドマーク的な景観となっている。

 私は何度も府中市を訪れているが、街並みの美しさが印象に残っている。緑豊かな市街地の周辺に人々の暮らしが息づく住宅地が広がる。そして東京外国語大学、東京農工大学という二つの国立大学がある。日本一の東京競馬場(府中競馬場)があり、東芝やNECなど日本を代表する大企業もある。私は、歌手・俳優の杉良太郎氏の慰問活動の取材も兼ねて、府中刑務所を何度も訪れた。警察大学校もある。さまざまなものがある豊かな都市、それが私の府中市の印象だ。

 市政のリーダーシップをとる高野律雄府中市長は、就任11年。市民からの支持、議会の信頼も厚く、3期目の安定した市政を展開している。7月13日、府中市庁舎に高野市長を訪ねて話を聞いた。

市民協働を進めた高野市政

 「自治体にとって一番の課題はやはり高齢化問題だ。2025年には団塊の世代が後期高齢者になる。地域で支え合うまちづくりが不可欠だ。私は市長に当選した2012年から市民協働を掲げ、いかに発展させるかを目標としてきた。困りごとを相談できる専門職の配置や、市民団体への補助金交付など約10年の施策の結果、登録市民活動団体数は440団体(※2012年は115団体)に増え、市民協働の意識がますます共有されてきた。

 私が市民協働を訴えてきた理由の一つは、自然災害への備えのためだ。府中市の南端は9キロにわたって多摩川に面している。もし、この川で氾濫が起きた場合に、避難対象者は10万人にのぼる。また、来年2023年は関東大震災から100年になる。同じ規模の地震がいつ起こってもおかしくないと言われている中で、高齢者など移動困難な人を地域で支え、市民の命を守りたい。福祉と防災、両方をしっかりと見守る地域づくりを進めてきた」

 高野市長は、約10年の市政を振り返り、「市民協働」の理念についてこう話す。

高野律雄府中市長
高野律雄府中市長

 また、こども政策も高野市長が力を入れてきた分野だ。

 「3~4年前ぐらいまで、府中市は同規模の自治体に比べて待機児童が多かった。国の大号令もあって、当市でも保育園を整備し、ほぼ待機児童は解消された。そしてこれにとどまらず、府中市では子育て世代と育児にまつわるさまざまな課題を解消するための施策を進めてきた。目下のコロナ禍で所得が不安定になった家庭もある。複雑な問題を抱えた家庭も増えている。こうした流れの中で、府中市では〝発達〟に支援を必要としているこどもたちのために『児童発達支援センター』を整備しようと計画している。また、不登校のこどもたちに通ってもらえる特例校の設置も進める。今後ももっと直接こどもたちを支援する施策が必要だ」(高野市長)。

 公共施設の老朽化も都市の大きな課題である。

 「府中市では、かねて地域の皆さんの核となる施設を充実させてきた。当市では『文化センター』と呼んでいる市役所の窓口、公民館、高齢者福祉館、児童館、図書館が併設された複合施設が市内に11カ所ある。学校も小学校が22校、中学校が11校、高度成長期の早い時期に整備されてきた。これらの老朽化から目を逸らせない。逐次改築も行ってきたが、一気に更新の時期が来ている。公共施設のマネジメントのため、財政的な準備と着実な工事の進行がこれからの10年の重要課題だ」(高野市長)。

大学、企業との協働関係も強固に

 冒頭にも書いたが、府中市には実にさまざまなものがある。市内に二つもの国立大学を擁する自治体はそう多くない。高野市長は話す。

 「府中市には東京外国語大学と、東京農工大学の農学部キャンパスがある。農学部では生物分野、環境分野の研究も盛んで、府中市と農工大、そして東芝、NEC、サントリー、キューピーといった市内に立地する企業が一体となって、ゼロカーボンシティに向けた議論も始めた。また、東京外大ではかねてから世界各国へ留学生を送り出してきた。この数年はコロナ禍で思うようにいかない部分もあったが、府中市と世界の窓口となっている。他にも市内・浅間山のふもとには明治大学硬式野球部のグラウンドがあり、六大学野球に出る強豪校の選手がいる。こうした学生は、まちの清掃活動や、子どもたちの学業支援やスポーツ指導など、積極的に府中市の市民協働に参加してくれている。学生たちがまちをフィールドにして学び、府中というまちへの愛着を持って社会に羽ばたいてほしいと思っている」

ラグビートップ選手との触れ合いがこどもたちに希望を育む(写真提供:府中市)
ラグビートップ選手との触れ合いがこどもたちに希望を育む(写真提供:府中市)

 高野市長は大学時代にラグビー部主将を務めたスポーツマンでもある。府中市は東芝、サントリーの2大強豪ラグビーチームが本拠地としており、「ラグビーのまち府中」を掲げたまちづくりも高野市長の実績だ。

 「ラグビーだけでなく、サッカー、バスケットボールなどさまざまな競技のトップアスリートがこのまちにいることは宝だと思う。スポーツが盛んになると、スポーツを通じて自らの健康に気が向く。こどもたちはトップアスリートとの触れ合いを通じて夢を実現することを実感できる。選手たちもこどもたちとの触れ合いを大切にしてくれて、広域的に効果が出ている。2019年には、ラグビーワールドカップ、そして2021年には東京オリンピック・パラリンピックが行われ、スポーツを通じて世界とつながることを実感できた。府中市にイングランド、フランス、南アフリカのラグビー代表チームが来て、練習を行い、市民との交流も行った。またオリンピックではオーストリアとオーストラリアのホストタウンになった。こうした国々とは今でも交流が続いている。現在も、聴覚障害を持つ方たちのスポーツ大会『デフリンピック』の招致を計画している。3年後にも世界のお客さんを府中市で迎え入れたい」(高野市長)。

誰一人取り残さず、手を差し伸べる

 府中市の人口は現在約26万人だという。私は、都市の規模は人口20~30万人が理想的だと考えている。この規模であれば、首長が努力すればほとんどの市民と接触することができるからだ。高野市長は市民の中へ分け入り、その声をしっかりと聞いている。

 「確かに、警察署や消防署もこれ以上規模が大きいと市内に二つになったり、小さいと他自治体と兼任になったりするが、府中市はそれぞれ一つで、防犯、防災活動について同じ視野で取り組める。

 府中市はもともと肥沃な農地が広がる土地で、各集落に強い地縁があって、祭りや文化などを継承している。市民協働のまちづくりは、脈々と受け継がれてきた市民の絆に支えられている。高度成長期には工業化に伴って新しい住民も流入してきたが、おおらかな気質で受け入れ、融和し、まちの文化を築いてきたのだと思う」(高野市長)。

 市街地の真ん中にある大國魂神社、そして日本一の東京競馬場。市内には「ふるさと府中歴史館」「郷土の森博物館」「府中市美術館」「府中の森芸術劇場」など市立の文化施設も充実している。日々さまざまな人が府中市を訪れ、にぎわいを生み出している。

 調和と寛容――。府中市を訪れるたびにこの言葉が私の頭に浮かぶ。さまざまな都市を訪れたが、府中市ほどまち全体にやさしさが満ちていて、人々の顔にも余裕が感じられる都市は多くない。府中市では2019年4月に高野市長のもと、パートナーシップ宣誓制度(自治体が一方、または双方が性的マイノリティである2人の関係について、パートナーの関係にあることを証明する制度)も行い、新たな潮流を取り入れて多様性社会の実現に取り組んでいる。

 「人々の暮らしには、いろいろなニーズがある。多様性のない社会では、孤立や孤独化を避けられない。どんな人にもやさしく手を差し伸べられるようなまちにしたい。どの人も置き去りにしないまちづくりを常に目指している」(高野市長)。

 府中市には、あらゆるものに安定感と余裕がある。府中市は調和と寛容の未来都市だ。「きずなを紡ぎ 未来を拓く 心ゆたかに暮らせるまち 府中」を掲げる、誠実で努力家の高野市長のもとで、府中市はますます発展すると確信している。

(月刊『時評』2022年9月号掲載)

森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。
森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。