2024/05/10
「夫子の道は忠恕のみ」(『論語』曾子)
西川区政は区民を幸せにするシステム
西川太一郎氏が荒川区長となって18年を迎える。衆議院議員を3期務めた後、2004年11月14日に荒川区長選に出馬し、勝利した。現在5期目である。
西川氏は、荒川区長として実に多くの施策を行ってきた。中でも、ブータン王国の「国民総幸福量」を研究し、「荒川区民総幸福度」を提唱したことは、日本中の自治体や市民から注目された。
西川区長と私が知り合ったのは、私が日本評論社で月刊誌『経済セミナー』の編集長だった頃だから、もう60年の仲になる。前号で書いた二階俊博氏の盟友でもある西川区長は、人格面でも知性の面でも第一級の卓越した政治家だと思っている。3月29日、西川区長を荒川区庁舎に訪ね、18年に及ぶ西川区政について話を聞いた。
「就任してから昨年までに、2000を超える新規・充実施策を行った。私は区長就任時に、『区政は区民を幸せにするシステムである』というドメイン(事業領域)を掲げ、荒川区の役割を明らかにすることで荒川区職員の意識統一を呼びかけた。そして人財育成のための組織として立ち上げたのが〝ABC〟こと『荒川区職員ビジネスカレッジ』だ。2005年の創設以来、多くの職員を教育し、今ではABCの卒業生が管理職等、区の主力となっている」(西川区長)。
西川区長自身が荒川区の出身者であり、地元への愛は誰よりも深い。政治家としてのモットーが「区民の幸せのために働くこと」である。西川区長の強烈な熱意は、ABCを通じてすべての荒川区職員へと浸透している。西川区長は語る。
「私は、ブータンのグロス・ナショナル・ハッピネス(GNH)を参考に、2005年11月に、荒川区民総幸福度(グロス・アラカワ・ハッピネス=GAH)を提唱した。そして、2009年10月には自治体シンクタンク『荒川区自治総合研究所』を設立し、GAHの研究を続けてきた。2013年6月には、同じ志を持つ自治体と共に『住民の幸福実感向上を目指す基礎自治体連合(幸せリーグ)』を設立した。ここには82自治体(令和4年4月1日現在)が参加している。私たちは、住民の幸福実感向上は住民の願いや悩みに最も近い基礎自治体の使命だと考えている。多くの基礎自治体が連携し、互いを補完し合いながら、住民の幸福実感の向上につながる施策を生み出し、施策をそれぞれの地域特性に応じてアレンジしていくことが重要だ」。
私は数年前、熊本県の天草市に講演に呼ばれたことがある。天草市は、荒川区と同じく「住民幸福度向上へ向けた取り組み」を行っており、幸せリーグにも参加している自治体だ。荒川区の始めた取り組みが、大きなうねりとなって全国に波及しているのを感じている。
子どもたちの安全・安心な居場所をつくる
西川区長が始めた事業は他にもたくさんある。特徴的なものの一つが、全国初となる都市公園への保育園設置だ。西川区長は語る。
「待機児童問題はかねて都市部の課題だったが、荒川区内もマンションが増え、ファミリー層が多く転入したことで待機児童が増えていた。荒川区は23区で台東区に次いで2番目に狭い区なので、保育園をつくりたくても土地がなかった。そこで目を付けたのが公園だ。当時、公園内に保育園を設置することは出来なかったが、2015年に国家戦略特区制度の認定を受け、公園内に保育所を設置した。ほかにも信用金庫の空きスペースや神社の駐車場等、当区職員が工夫を凝らしてさまざまな場所に保育園を設置している。
また、この制度を利用して、児童数増加等による需要増が続く南千住汐入地域の公園内に学童クラブを整備した。用地の確保が困難な荒川区においては、こうした抜本的な対応策も積極的に取っている。
子どもたちを見守る環境づくりという点では、区立の児童相談所も率先して設置した。
「従来、児童相談所は都道府県および政令市に設置義務があり、中核市は設置できるとされていたが、私たち特別区の長年の取り組みが実を結び、2016年5月に児童福祉法が改正された。特別区も児童相談所を設置できるようになり、荒川区では2020年7月に設置した。児童虐待の未然防止から相談対応、一時保護、施設入所、家庭復帰まで、切れ目のない一貫した支援を行っている。加えて、社会的養護体制の充実に向けて、里親への支援も担う『児童養護施設』を誘致し、2023年の開設を目指している」(西川区長)。
コミュニティの輪が広がる施設をつくる
荒川区では、区民が心豊かに暮らすための場所づくりにも熱心に取り組んできた。西川区長は、豊かな心を涵養するために必要な最たるものは「読書」だと考えている。西川区長は語る。
「2017年3月、『ゆいの森あらかわ』がオープンした。区立中央図書館と吉村昭記念文学館、ゆいの森子どもひろばが一体となった、全ての世代の方が利用できる施設だ。蔵書数は約40万冊、座席数は900席を超える区内最大の図書館になっている。地元出身の作家・吉村昭記念文学館では、郷土愛の醸成や文学に親しむきっかけを、ゆいの森子どもひろばでは、乳幼児の遊び場と子育て世代の交流の場、科学実験やワークショップ等を通じて子どもたちの夢や生きる力を育む機会を提供している」。
荒川区は2018年5月に「読書を愛するまち・あらかわ宣言」を行った。読書環境の整備や読書活動推進のための事業の拡充など、子どもから高齢者まで、誰もが読書に親しみ、学びながら心豊かに暮らすことのできるまちづくりを進めることを目的に制定されたものだ。人が集まる区内の施設などでも気軽に本を読むことができる「街なか図書館」の整備を進めるなど、読書を愛するまちづくりを推進している。
「2021年2月には、隅田川沿いの区立宮前公園内に新しい図書館(尾久図書館)も整備した。公園内という立地を生かし、自然やスポーツ、芸術文化等のイベントや区民参加によるコミュニティの輪が広がる多彩な事業を行っている」(西川区長)。
学校図書館の充実も西川区長の肝いり施策だ。国語力の向上のため、文科省の基準をはるかに上回る学校図書館の蔵書数をそろえ、学校司書も全校に常駐配置。学校図書館スーパーバイザーによる学校司書の指導育成機能を強化した。
区民の絆で日本一住みやすいまちへ
西川区長は語る。
「私が子供のころの荒川区は、戦争の傷跡も深く、けっして安全・安心、きれいなまち、豊かなまちではなかったと思う。地方から見学に来た方に、ここは本当に東京か? と言われて悔しい思いをしたこともある。都議会議員として政治の道に入って以来、荒川を良くしていくのだという気持ちは忘れたことがない」。
18年に及ぶ西川区政によって、荒川区は23区で一番安全な区になった。交通事故総数と死傷者数は23区で最も少ない。同じく、刑法犯認知件数は文京区に次いで、特殊詐欺認知件数については千代田区に次いでともに2番目に少ない(2021年実績)。
西川区政で、区の財政は豊かになった。区の基金は約257億円増加し、起債は約170億円減少。あわせて区財政は427億円改善したことになる。西川区長の就任時(2004年)から2021年までに、人口が2万7862人増えていることは、荒川区が住みやすく、希望のあるまちになったことの確かな証拠であろう。
西川区長は語る。
「荒川区が素晴らしいまちになったのは、ひとえに区民の皆さんの力だ。荒川区はもともと近隣住民同士の絆が強い。人情あふれる下町の力が祭りなどの文化・伝統行事を未来につなぎ、商店の活気や地域の安全を守っている。この素晴らしい連帯をさらに力づけるために各町会への助成金も設けた。町会事務や町会イベントのみならず、町会事務所建設や防災区民組織運営のために役立ててもらいたいと思っている。また、未来を担う子どもたちのために行ってきた文化施設や学校施設の充実が、広く区民の誇りにつながっているのだと思う」。
2020年11月、西川区長は圧倒的な票差で5選を果たした。西川区長への区民の信頼は絶大だ。西川区長はこれから荒川区をどう導いていくのか聞いた。西川区長は語る。
「長引くコロナ禍の中で、行政需要は増えている。新型コロナ対応の各種施策を展開するとともに、地域経済を自律的な成長軌道に乗せるため、新型コロナ対応の特別融資、新製品・新技術の開発や生産性向上のための設備投資への補助など、区内中小企業を対象にさまざまな支援を実施してきた。限られた財源の中で良質な区民サービスを提供していくためには、職員一人一人の創意工夫がこれまで以上に大切になっていると思う。職員と力を合わせ、区民誰もが幸福を実感できる荒川区政を目指したい」。
社会評価の基準を「幸福度」にしたのは西川区長の先見の明だと私は思っている。新型コロナウイルスなど予期せぬ困難な状況にあっても、荒川区民や区職員の皆さんの表情は明るい。自信にあふれている。この4月には、都内唯一の区立遊園地である「あらかわ遊園」がリニューアルオープンするという楽しい話題もある。
下町のあたたかさや歴史を大切にしながら、23区で先進的な都市整備を進めてきた西川太一郎荒川区長の手腕に敬意を表したい。久しぶりに西川区長と会い、西川太一郎氏の大きな人格と一筋に貫いている忠恕の魂に触れ、西川区長の偉大さを再認識するとともに、良い区長を支持する荒川区民の優れた知恵を感じた。
本文で紹介できなかった西川区長の主な実績(一部)
【荒川区俳句のまち宣言】
【コロナ禍での地域活動支援・中小企業支援】
【ふらっとにっぽり】※日暮里繊維街の中に2021年開設した施設。
【京都議定書の発効にあたっての特別区長会共同宣言】
【東京23区清掃事業国際協力世界都市サミット参加】
【荒川区手話言語条例】
【荒川ころばん・せらばん体操】
【あらかわ満点メニュー】※区内の飲食店、女子栄養大学短期大学部および区が連携して健康メニューを開発。
【不燃化特区整備促進事業】※除却助成、建て替え助成、主要生活道路拡幅、公園等のオープンスペース確保
【新公会計制度(東京都方式)による財務諸表の導入】
【学校パワーアップ事業】※校長の学校経営方針を実現するために裁量を大幅に拡大。
【学校教育おけるタブレットPC導入】※全国に先駆けて、全区立小・中学校にてタブレットPCの生徒1人1台体制を実現
etc…
(月刊『時評』2022年5月号掲載)