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森田 実の「国の実力、地方に存(あ)り」②

「佐渡金山を世界遺産に」の悲願あと一歩――不屈の佐渡魂で再挑戦へ

佐渡金銀山の中でも初期に採掘されはじめた露天掘り場。金脈を掘り進むうちに山は割れたようになった。「道遊の割戸」と呼ばれている。
佐渡金銀山の中でも初期に採掘されはじめた露天掘り場。金脈を掘り進むうちに山は割れたようになった。「道遊の割戸」と呼ばれている。

「荒海や 佐渡に横たふ 天の河」(松尾芭蕉)

 「佐渡」の名は、芭蕉の代表作とともに永遠に不滅である。佐渡は宝島であり、佐渡の尽きせぬ魅力は何があっても変わることはない。
 去る7月19日に開催された政府の文化審議会で、2020年の世界文化遺産を目指していた「金を中心とする佐渡鉱山の遺跡群」(佐渡市)の国内推薦が見送られた。4度目の挑戦でも、島民の悲願はかなわなかった。だが、希望の火が消えたわけではない。
 審議会は「北海道・北東北の縄文遺跡群」を選定した上で、次のように付け加えた。
 〔なお、「金を中心とする佐渡鉱山の遺跡群」については、今年度の推薦候補としては選定されなかったものの、昨年度からの進捗が見られ、今後、関係自治体が推薦書案の準備を更に進めていくことにより、「北海道・北東北の縄文遺跡群」に次ぐ案件として、有力な推薦候補案件となり得るものと考える〕
 審議会のこの言及を受けて、佐渡市の三浦基裕市長は「来年の夢実現に向けて一層頑張りたい」と5度目の挑戦を宣言した。佐渡市出身の花角英世新潟県知事も「来年の5度目の挑戦」の意向を表明した。

佐渡観光大使・近藤光雄氏の想い
 佐渡市には親友がいる。佐渡観光大使の近藤光雄氏((株)近藤組会長、72歳)である。近藤組は佐渡市を代表する歴史のある建設会社であり、かつて金銀の積み出し港だった大間港を管理している。近藤氏は3年前にこう語った。
 「佐渡観光は苦難が続いているが、世界遺産登録が集客の一つの目玉になれば観光業もよみがえるに違いない。登録を目指す取り組みの過程で佐渡が一つになってきたし、国内推薦されると信じている。私の人生とともに歩んできた大間港を含めた佐渡金銀山が世界遺産に登録されれば、これ以上の喜びはない。港の整備で地域に少しは恩返しができたと思っている」(新潟日報2015年6月24日)。
 近藤光雄氏と知り合ったのは、二階俊博氏(現・自由民主党幹事長)が主催する国際観光交流活動の中だった。10年以上の付き合いであり、肝胆相照らす仲である。近藤氏のことを私は、ひそかに「ミスター佐渡」と呼んでいる。近藤氏は佐渡をこよなく愛し、佐渡が一大観光地として発展することを願い、日夜、骨身を惜まず働いているスーパーマンである。
 近藤光雄氏の長兄は故近藤元次氏(内閣官房副長官、農林水産大臣)。大変立派な政治家で、誰からも信頼される「水鏡の人」だった。近藤元次氏は私より2歳年長であったが、私を友として遇してくれた。私は深い尊敬の念を持って交際した。近藤元次氏も故郷の佐渡を深く愛し、佐渡の発展に貢献した。
 この6月に新潟県知事に就任した花角英世新知事も佐渡出身者で「佐渡魂」の持ち主である。私は佐渡人の純粋な精神に尊敬の念を抱いている。来年、佐渡金山が推薦候補になることを祈る。

佐渡との私的関わり
 佐渡には、私は特別の関心を抱きつづけてきた。「佐渡」の名を知ったのは小学校時代だった。75年前のことだ。「佐渡」を教えてくれたのは熱烈な日蓮上人の信者の叔父だった。私の郷里は伊豆の伊東だが、伊豆は日蓮上人ゆかりの地であり、信者も多い。叔父は日蓮上人の数々の受難人生を語ってくれた。中でも上人が佐渡に流された話には強く刺激された。ほとんど同時期に、松尾芭蕉の「荒海や……」の名句を学んだ。「佐渡」の名は私の脳の中に刻み込まれた。
 1953年10月、私は工学部鉱山学科の学生となった。授業にはなかったが、独学で佐渡金山の歴史を学んだ。鉱山学科の学生の時、北海道、東北、北関東、中部地方など多くの鉱山に入ったが、「石炭」を選んだこともあり、学生時代に佐渡金山に入ることはできなかった。
 佐渡金山に初めて入ったのは1974年夏だった。その時は鉱山技術者としてではなく、政治研究者の目で佐渡金山を学習した。それ以後、佐渡を10回訪問し、金山には4回入った。
 佐渡は優れた観光地である。美しい自然があり、山の幸、海の幸とも豊かである。歴史的遺産が多く、日本の伝統、文化が生きている。中でも佐渡金山は優れた歴史遺産である。佐渡金山の世界遺産への登録は、偉大な観光地・佐渡を世界中に知らしめる良いきっかけになる、という意味でも大いに意義のあることだと思う。

日本海新時代の中で
 2018年6月の米朝首脳会議をきっかけにして東北アジアが平和の方向へ動き出した。今後、平和構築の動きが前進すれば、日本海は平和の海となる。日本海に浮かぶ佐渡は平和の島として東北アジア諸国民の交流の場になる。21~22世紀を考えた時、佐渡と新潟は東北アジアの要の場所となるであろう。佐渡には無限の可能性がある、と私は思っている。

(月刊『時評』2018年9月号掲載)

森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。
森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。