2023/12/04
在官時代を通じ、日本の国土の在り方について長年研究を進めてきた大石所長は、今般の「国土強靱化のための5か年加速化対策」について、一定の評価を下しつつも、補正予算による「対策」にとどまること、明確な計画と将来像が明示されていないこと等、課題も多いと指摘する。その背景には国土強靱化の基盤とも言うべきわが国社会資本のありように関して、基本的な問題が内在しているという。
国土学総合研究所長
株式会社オリエンタルコンサルタンツ最高顧問 大石 久和氏
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問題は「対策」であること
――所長は、現在の「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」について、どのように評価しておられますか。
大石 そもそも現在の日本政府は、国土強靱化を含めた社会資本整備、インフラ整備というものについて、国民の将来設計に役立つような具体的な計画を、全くと言ってよいほど、示していません。その中で今回の国土強靱化対策は、かつての全総こと全国総合開発計画以来、久々の構想であると言えるでしょう。その点では一定の評価はできると思います。
全総は、計画作成時点からおおよそ10年後の国土の姿、ありようについて、社会背景や課題の分析のもと、明確な基本目標を定め具体的な開発構想を掲げていました。例えば1987年の第四次全国総合開発計画(四全総)は、人口や諸機能の東京一極集中を危惧し、多極分散型国土の構築を目標として「交流ネットワーク構想」を明示しています。それには各地域の人が1日で交流できる可能性を持つ「全国1日交流圏」の実現が必要であるとして、全国主要都市間の移動に要する時間をおおむね3時間以内、地方都市から複数の高速交通機関へのアクセス時間を同1時間以内とする交通網の整備が不可欠、という具体的なプロセスとビジョンを明らかにしていました。道路、治水、港湾、空港などのインフラ各分野は、この具体的な目標のもとにそれぞれ明確なスケジュールを立てて整備を進めていったのです。全てのインフラの整備を通じて、どういう国土にしていくのか、という具体的な方針がありました。
しかしその後、全総が策定されなくなった現在において、今回の国土強靱化対策という形でかつての全総には及ばないものの、インフラ整備に向けた投資が若干でも計画化されるようになったのは評価すべきだと言えるでしょう。実際に地方の建設業などを見ると、一時期のような一方的な公共事業削減傾向にやや歯止めがかかり、事業者が喜んでいるのはもちろん、地域のためにも役立っています。
――では、現在の対策について課題となる点、不十分だと思われる点などは。
大石 そもそも「国土強靱化」という名称自体が、手段を表わす表現でしかないのです。すなわち、国土を強靱化することでどのような国を目指そうとしているのか、強靱化を図ったらどのような地方が出来上がるのか、等々の具体的な将来設計が、現在の対策には全く示されていません。そう、まさに「計画」ではなく「対策」であることが何より問題です。
――明確な「計画」以前の段階にとどまっている、ということですね。
大石 私としてはこの点、大いに不満があります。と同時に、当初予算ではなく補正予算でしか組まない点も非常に問題です。つまり「国土強靱化」を掲げつつもそれを「計画」にするのではなく、当初予算も付けず、「対策」として補正しか組んでいない。これは中長期計画の裏付けとなる予算上の基盤が形成されていないしそのつもりもない、ということです。その程度で明確かつ具体的な社会資本が整備されるのか、非常に難しいと言わざるを得ません。むしろ「対策」にとどまっていること自体に、この国の実力が現れているようで、情けない限りです。
――補正で予算を組むことの弊害について、お願いします。
大石 補正の仕組み上、計画の継続性、すなわち去年ここまで整備したから今年はもう少し先まで、来年はどこまで、という具体的な長期見通しを立てることが難しく、基本的には単年ごとの場当たり的な整備にとどまることを意味します。
また補正ですから12月、1月に成立ですが、予算の期日は3月末までですので、数カ月で予算を消化できるわけがありません。この夏、大手新聞に、公共事業整備は毎年約4兆円の積み残しが出て、従前に比べて繰越額が増えているという批判的な論調が掲載されていましたが、これは事実認識として間違っています。補正で組んでいるのでそもそも年度末までに事業が終わらないのは当然で、消化しきれなかった予算を繰り越すことによって、4~6月の間でも現場で仕事ができるようになっているのです。従って、この新聞報道は、予算消化の捉え方も繰越の意味についても二重に誤っています。
――春から初夏にかけて現場で仕事ができるようになるというのは。
大石 この時期は通常、公共事業の発注者が積算をしている時期に当たり、それを経てから発注されるまで現場が〝手待ち〟になり、作業員も建設機械も遊休状態になるのです。昔から現場の要望として、この時期も働けるように公共事業の平準化を求める声が強く寄せられていました。それが今般、繰越額を現場の仕事に充てることで、年間を通じた事業の平準化実現という、現場の期待に応えられるようになったのです。
前述したように、国土強靱化という手段のもと、公共事業の削減に一定の歯止めがかかったのは、地方における事業者の生業と地域の社会資本の切れ目のない整備が図られるという点で、まだまだ不満足ながら一定の評価をしてよいと申したのは、こうした効果が具現化された点にあります。