2024/09/06
2019年末に登場し、瞬く間に世界を混乱に陥れた新型コロナウイルス感染症=COVID-19。2020年2月のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」におけるクラスター(この用語も定着して久しい)を皮切りに、日本も恐怖でパニックになった。丸2年、計4回の緊急事態宣言を経て、今もなお終息に至っていない。
この間、哲学者・森田浩之氏は、飲食店の客を見ながら疑問を抱く。「情報は広まっている(はずな)のに、なぜみんな平気でマスクを外すのか」――。これをきっかけにあらゆるメディアの「コロナ関連のニュースをなめるように」追う〝コロナ・オタク〟となった森田氏は、新聞・テレビをはじめ、国立感染症研究所などのウェブサイト、日本呼吸器学会などで公表されている医療論文を読み漁る。面白いのは、「素人だから許される」と断りながら披露するシミュレーションだ。公表されたデータと独自の推察を用いて、人口約1400万人の東京において1日平均が500人程度の時、周囲の人を〝感染させ得る人〟の割合は0・03%に過ぎないと試算。多くの人は、感染者に出会う確率はとても低いと直観的に認識していて、マスクを外してしまうのだろうと考えるに至る。つまり、大地震と同じ――起これば大惨事だが、起こる確率は極めて低いから備えない、これが人間のメンタリティーなのだと説く。
ここまでの考察から、森田氏の思索は倫理の問題へと進んでいく。たとえ自分が感染する確率は極めて低くても、自分の行為が医療従事者を苦しめる可能性をどう受け容れるのか? あるいは、感染を防ぐために誰かに我慢を強いてよいのか? 政府の自粛要請を受け入れる義務はあるか?……。コロナ禍の2年間、私たちが直面した葛藤に、森田氏は数々の報道や、ロールズ『正義論』などを引いて向き合っていく。人間の愚かな行動と、人の命が失われている事実を、どのように一つの次元で結び付け、行動変容できるかが、このコロナ禍を克服するための課題なのだ。
「個人が自らすべきことを放棄して、それで世の中がうまくいかないと、政治に解決を求める」、現在の状態を森田氏は「<倫理>が破綻した状態」と見る。そもそもコロナは政府のせいではない。であるにもかかわらず、政治は感染拡大を「申し訳ない」と謝り、国民は政治に過大な要望をする。こうした動きは、国家権力を拡大させることにつながり、私たちは後世、そのツケを払うことになると著者は警鐘を鳴らしている。