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【本の紹介】小長啓一の『フロンティアに挑戦』

村田博文・著 財界研究所 定価:本体1360円+税
村田博文・著 財界研究所 定価:本体1360円+税

 1984~86年に通商産業省(現・経済産業省)事務次官を務め、かの田中角栄通産相/総理大臣の秘書官だったことでもよく知られる小長啓一氏の〝航跡〟をまとめた本書。総合ビジネス誌『財界』主幹の村田博文氏が、小長氏本人への取材をもとにいきいきとした筆致で描く。わが国の戦後復興を担う経済官僚として、大きな変化の時代に立ち向かった小長氏の生き方から、21世紀以降の混沌とした時代を生き抜くヒントを得られる。

著者は「人と人との出会い、縁が大切」が本書のテーマの一つと記す。小長氏の来し方において、その際たるものが田中角栄大臣との出会いだろう。第一章「政治家・田中角栄の『人間力』」では、1971年ごろの「日米繊維交渉」、「日本列島改造論」――困難なわが国の課題に対して、角栄氏はどう考え、動いたかが描かれる。「努力なくして天才なし」「インスピレーション1%、パースピレーション99%」という田中大臣の人生観は、若き日の小長氏に大きな影響を与えた。「霞が関は世界最高のシンクタンクだ」と話していたという田中大臣と小長氏のエピソードはまさに「政と官」のあるべき姿に思える。

 第二章~第四章で書かれる、小長氏の官僚としての歩みそのものが、戦後産業政策の歴史になっていることにも注目したい。1953年(昭和28年)に入省し、戦後復興過程の傾斜生産方式、軽工業から重化学工業への産業構造の変革等の歴史を学びながら、アジア経済研究所や海外技術者研修協会の設立、円借款を活用したプラント輸出、幻の「エネルギー省」構想、イランやサウジアラビアなど中東との関係構築、繊維交渉に自動車交渉……、通産次官在任時には「技術革新」を一丁目一番地政策に掲げた。一難去ってまた一難、変化し続ける時代をたくましく乗り越える通産官僚の活躍に胸が躍る。

 第五章では、退官後のアラビア石油での活躍、76歳での弁護士登録など挑戦を続ける姿が描かれる。小長氏が勧める「梅型人生」――百花に先んじて春を告げる先見性、厳しい風雪に耐える辛抱、切られてより立派な花を咲かせるバイタリティ、そして、梅干しとなって、人のため世のために尽くす――や「七つの大切」といった人生訓は、多くの人々の胸に響くだろう。

 第四章に抄録されている、小長氏が次官時代、通産省が発行していた『通産ジャーナル』で行った商工次官(後の首相)・岸信介氏や、佐橋滋氏など歴代の通産次官との対談も貴重だ。
(月刊『時評』2020年7月号掲載)