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森田浩之「ヒトの知能とキカイの知能」④

AIの前に語るべきこと

 AI(人工知能)理解が進まない一つの理由は、AIだけを単独で取り出して説明しようとするためではないだろうか。確かに歴史上は、AIとICT(情報通信技術)の出自と発展の道筋は同じではない。しかし現代においては、AIとICTは切り離せない関係にある。だからAIを語る前にICT、というよりも、今回はさらにその基礎にある「デジタル化」について説明しておきたい。

 コロナ禍で「デジタル化」の遅れが明らかになったが、顕著な例が特別定額給付金の申請である。マイナンバーカードを持っていればオンラインで申し込めるという便利さから、多くの人が利用してみたものの、受け取った役所では審査を手作業で行っていたため、多くの自治体でオンライン申請を中止せざるを得なくなった。

 以前、航空券はオンライン予約して、コンビニエンスストアで現金払いしていた。私はこの事例を「真のデジタル化」の代表として何度も使っているが、ここにデジタル世代と旧世代の差が表れる。というのも「オンライン予約・コンビニ支払い」だけで理解できる人もいれば、丁寧に説明しても理解できない人もいるからである。

 これはICTへの「慣れ」だから、実体験があるかどうかで決まってしまう。そしてこれが理解できないとICTについて理解できず、ICTについて理解できなければ、現代のAIについて理解できない(「現代」と入れたのは、創成期のAIが必ずしも通信を前提としていたわけではないからである)。

 航空券の事例は体験者にとってはつまらない話だが、一つ一つ丁寧に解説したい。まず航空会社のマイレージカードを持っていて、それを航空会社のウェブサイトに登録しておかなければならない。もうここでつまずいた方は、誰かに「サイトで登録するとはどういうことか」とたずねていただきたい。アマゾンに登録するとか、ツイッターにアカウントを持つというようなことである。

 航空会社のサイトに入り、マイレージ番号を打ち込み、パスワードを入力すると、「森田浩之さん」のページが出てきて、「あなたの貯まったマイルは~です」と教えてくれる。この状態で自分の行きたい日付と場所を検索する。

 行く日を決めると、出発点と目的地の候補が出てくるから、例えば「羽田」から「福岡」をクリックする。ページが変わり10月1日の羽田―福岡のスケジュールが出てくる。そこから乗りたい時間の便をクリックすると、サイトは「復路はどうしますか」と聞いてくる。「翌日」と「福岡―羽田」を選択すると、やはりその日のスケジュールが出てくるから、乗りたい便を決める。

 この時点でマイルは人の手を介さずに自動的に加算される(厳密には支払ってからであるが)。「確定」をクリックすると「支払い」のページに移る。これらの作業の一切に、人間は関与していない。

 私がこの方式を利用したのは領収書が欲しかったからで、コンビニに行く手間を除けば、自分でプリントアウトするより便利である。数日間は予約が有効なので、その間にコンビニで現金払いすれば、航空券なしで搭乗できる。話を遡ると、乗りたい便の往復を予約して、ログアウトしてコンピューターを閉じ、予約期間中にコンビニに行く。

 コンビニにはスポーツから映画やコンサートまで、イベントの予約と支払いを受け付ける機械がある。ここでつまずいた方は、実際にコンビニに行ってみていただきたい。コンビニには、ATM、コピーFAX複合機の他に、それらより少し背の低い画面付きの得体の知れない物体がある。

 そのタッチパネルには「予約した航空券の支払い」(不正確な表現だが、そういうような項目)がある。それを選択し、マイレージ番号と搭乗日を入力すると「森田浩之さん」が予約した「10月1日の羽田―福岡」と「10月2日の福岡―羽田」が表示される。

 支払いを選択すると、長いレシートが下から出てきて、それを制限時間内にレジに持って行き、現金で払う。そしてその瞬間、私のメールボックスは航空会社から支払いが済んだとの報告を受ける。システムインテグレーションのプロからすれば当たり前のことだが、私がこの一連の流れで一番驚愕したのは、航空会社からのメールである。

 コンビニで支払うと、領収書とは別に、支払い確認のレシートをくれる。帰宅してメールを確認すると、なんと支払い時間とメール送信時間が同時だった。家の近くのコンビニでレジを通った情報が瞬時に航空会社のホストコンピューターに届き、間髪入れずに私にメールを
送ってくる。人間が介在していたら不可能な神業である。

 もし同じことが一律給付でも可能だったならば、もっとスムーズに支給ができたはずである。そして(プライバシーを考慮から外すならば)もしここに世帯主の口座番号も登録されていれば、人間がまったく関わることなしに、給付を受けられることになる。デジタル化が緊急課題である理由はここにある。

(月刊『時評』2020年10月号掲載)

森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。
森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。