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森田浩之「ヒトの知能とキカイの知能」⑯

AIに理解力はあるか

 人工知能が人間を超えるかどうかは、人間らしい営みでAIが人間以上の能力を発揮できるかを見ればよい。人間らしい営みが芸術だから、以前、音楽と絵画を扱ったが、今回は小説。ただし、これから紹介する小説のネタバレになることをご承知の上、読まれる予定があれば、残念だが、今回はここで次のページに飛んでいただきたい。

 題材はカーレド・ホッセイニの『千の輝く太陽』(ハヤカワepi文庫)。ホッセイニは1965年にアフガニスタンで生まれ、15歳の時にアメリカに亡命し、医師、小説家として活躍。近年は国連難民高等弁務官事務所の親善大使を務める。

 この小説は1970年代以降のアフガニスタンの歴史に、マリアムとライラという二人の女性が翻弄される物語。ソ連のアフガニスタン侵攻と抵抗するムジャヒディン、ソ連撤退後の内戦、タリバンの台頭、9・11と新生アフガニスタンの誕生までを扱う。

 マリアムは富豪が召使に産ませた子で、ヘラート郊外に母と二人で生活する。富豪の父は週に一度食事に来るだけで、10歳代半ばのマリアムは父に会いたく、ヘラートの豪邸を訪れるが入れてもらえない。マリアムが帰宅すると、母は自殺していた。身寄りのないマリアムは、カブールに住む40歳代のラシードと無理やり結婚させられる。彼は以前、妻と息子を失っており、マリアムに男の子を生ませたかったが、流産を繰り返すマリアムに日々暴力を振るって痛めつける。

 数年後、近所で女の子が生まれる。ラシードのようにイスラム原理主義的な家庭とは正反対で、先進的過ぎて教師を解雇された父親は、ライラに女性の自立を熱心に教える。ライラには数歳年上のタリークという幼馴染がいる。彼は幼い頃、地雷で片方の足を失っている。

 ソ連のアフガニスタン撤退後、ムジャヒディン内部で対立が起こり、アフガニスタンは激しい内戦に見舞われる。カブールは戦場と化し、10代後半のタリークは家族とパキスタンに逃げることになり、ライラに一緒に来るよう説得する。しかしライラの母は、二人の息子、つまりライラの二人の兄をソ連との戦いで失っており、カブールから離れる気がしない。タリークとライラは別れざるを得ない。

 いよいよカブールに安全はないと分かると、ライラの母も受け入れて、パキスタンへの亡命を決意。しかし荷造りをしている最中に、ライラ家で爆弾が炸裂。両親は亡くなり、ライラも重傷を負う。ラシードが助け、自宅で看病するが、ラシードは未婚の女性を家に置けないと言い、ライラを第二夫人にすることを提案。マリアムは反対するが、ライラはタリークの子を孕んでいることに気づき、ラシードとの結婚を承諾する。

 結局、女の子が生まれたため、ラシードは不機嫌で、その子を「あれ」としか呼ばない。それでもマリアムはラシードの気持ちがライラにしか向いていないため、ライラに辛く当たる。しかしライラがマリアムの凍った心を溶かし、娘(アジザ)の本当の父親の秘密を明かす。それからマリアムとライラはラシードから逃げる策を練り始める。

 その後、ラシードが失業し、家族は極度の貧困に陥るが、突然、タリークが現れる。これに逆上したラシードがライラの首を絞めて殺そうとしたため、マリアムはラシードの頭をスコップで殴り、殺してしまう。マリアムは自首し、処刑される。以下が最後の部分で、ライラは三人目を妊娠、今は教師として教壇に立つ彼女の回想である。

「カブールに戻ってきた当初、タリバンがマリアムをどこに埋めたかがわからず、ライラは悩んだ。マリアムの墓を訪れ、しばらく一緒にすわって、花の一、二本も捧げたかった。だが、いまは大きな問題ではないと思っている。マリアムは決して遠くに去りはしない。ここにいる。」

「教卓に向かいながら、ライラは昨夜もまた食卓で名前選びゲームをやったことを思い出した。タリークと子供たちにニュースを発表してから、もう毎晩の儀式になっている。代わる代わる自分の好きな名前を言い、なぜ好きかを言う。タリークはモハマドがいいと言う。最近スーパーマンのビデオを見たばかりのザルマイは、なぜアフガニスタンの少年はクラークと名乗れないのか不思議でしかたがない。アジザはアマンを強力に推している。ライラ自身はオマルがいいと思う。」

「だが、名前選びは男の子の名前に限られる。もし女の子なら、名前はもう決まっている。」

 さて、この「女の子」の名前は何か。もちろん人間なら「マリアム」と答えるが、AIはどうだろうか。私は実験していないが、おそらく正解を出すには、複雑なプログラミングが必要になろう。たくさんの小説を読み込ませた上で、「子どもの名前を特別な人にちなんで付けることがある」という規則を書き込んでおかなければならない。

 文章理解のためのAIは単なる機械学習ではなく、ある程度、論理的なルールを書き込んでおくハイブリッド型にならざるを得ないということだ。こういう応用からあるべきAIの姿が見えてくる。

(月刊『時評』2022年10月号掲載)

森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。
森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。