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【時事評論】再びの緊急事態宣言

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指導者の正しい決断を支える三つの条件

 一月七日、政府は、東京、埼玉、千葉、神奈川の一都三県を対象に、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」に基づく緊急事態宣言を発した。

 期間は、一月八日から二月七日までとされており、菅総理大臣は「一カ月後には、必ず事態を改善させるため、ありとあらゆる方策を講じていく」と述べたが、今回の緊急事態宣言は、社会経済活動を幅広く止めるのではなく、感染リスクの高い場面に絞って、効果的・重点的な対策を徹底するものとされている。

 具体的には、人の流れを制限するため、①飲食店に営業時間短縮(午後八時まで)を要請、②夜間(午後八時以降)の外出自粛の要請、③テレワークの推進(出勤者の七割減)、などが対策の柱となっている。

 こうした中、新型コロナウイルス感染症の拡大が続く他の自治体でも、緊急事態宣言の対象とするよう政府に要請する動きが活発化している。

 再びの緊急事態宣言の背景には、言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症の拡大と医療体制の危機的状況がある。

 一月十日現在、日本において確認された感染者は28万8000人を超え、死亡された方も4000人以上に上る。

 ちなみに、同時期における感染者数は、中国で8万7000人強(死亡数は4600人強)、韓国で6万8000人強(死亡数は1100人強)、オーストラリアで2万8000人強(死亡数は900人強)、台湾で800人強(死亡数は7人)、となっており、対策の取られたタイミングと内容とが結果につながっているように見える。

 こうした情勢にあって、だんだんと新型コロナウイルス感染症に関する知見が増えてきたことも踏まえて、わが国においても再びの緊急事態宣言発出をはじめとして適切な対策を打っていこうとする努力は多とすべきだ。

 しかし、政治は結果に対して責任を負うものである。

 政治学の泰斗である故猪木正道氏といえば、滝川事件以後の混乱から京都大学の政治学を再建し、京都大学退官後は防衛大学校校長等を務められた方である。

 同氏は、太平洋戦争とその終結に至る日本の指導者の決断を分析した上で、指導者が正しい決断をする条件として、以下の三点を指摘した(「七つの決断」実業之日本社。2015年に文芸春秋から「日本の運命を変えた七つの決断」として文庫化)。

 第一に、正しい状況判断。

 どのような選択肢があるのか、それら選択肢の一つ一つの利害得失等はどうか、等について正確な事実を把握することが必要だ。

 第二に、大局的な判断力。

 いかなる決断も重大な犠牲を伴うから、圧力団体や利益団体の言い分を聞いていたのでは正しい判断はできない。決断を誤らないためには、資質、勉強、努力、謙虚さが育てる「史眼」を備えねばならない。

 第三に、自分の下す決断に対する責任感。

 政治は「動機倫理」ではなく「結果倫理」の世界であり、従って決断の結果に対して責任を持たねばならない。

 以上の指摘は、実に半世紀近く前の一九七五年になされたものであるが、あたかも今日の新型コロナウイルス感染症対策について決断を求められている指導者の方々に向けたメッセージのように思われる。

 第一に、現下の新型コロナウイルス感染症に関する正しい状況判断が必要であることは異論がないだろう。

 この点については、多くの「専門家」が多大な貢献をされておられるし、日本および諸外国の経験も蓄積されてきている。

 第二に、新型コロナウイルス感染症の拡大防止と「経済を回す」ことのバランスを図っていくという大局的な方針は正しいとして、その具体化の中で特定の圧力団体や利益団体の言い分を聞いていたのでは正しい判断ができないであろうことも明らかだ。

 この点について、特に「経済を回す」という観点からの政策決定において、今一度点検を要する部分がないかどうかを吟味する必要があるのではないか。

 人の移動を抑える、飲食を伴うものを中心として対策を講じる、という今回のターゲットを絞った上での緊急事態宣言を正しいとするならば、今後、旅行に行こう、飲食に出かけよう、という動きに補助金を出すような「Go To」キャンペーン政策を単純に再開するということでいいのかどうかは、重大な検討課題であろう。

 第三に、新型コロナウイルス感染症の拡大防止と「経済を回す」ことの両立が容易ではない中、政治的指導者が自分の下す決断に責任を持つことは当然の大前提だ。

 この点について、政治的指導者と「専門家」、日本政府と地方自治体、といった軸で見た場合に、責任の所在、責任の果たし方、といったところが必ずしも明確でない場面が見られてこなかったか。

 自らは結果責任を取らない前提での政治的パフォーマンスは、いずれ心ある国民の見抜くところとなるだろう。

 今、政治的指導者として新型コロナウイルス感染症に立ち向かっている方々には、半世紀近く前の賢人のメッセージをしっかりと受け止めて、国民のために正しい決断を下していってほしいと願う。まさに、そのための政治であり指導者のはずだ。
                                                 (月刊『時評』2021年2月号掲載)