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森田 実の「国の実力、地方に存(あ)り」⑨

伊東温泉へ――観光文化都市・伊東の復興を願い、小野達也市長を訪ねた

城ヶ崎海岸。壮大な景色が楽しめる。
城ヶ崎海岸。壮大な景色が楽しめる。

「千里の行も足下に始まる」 (老子)

観光先進国復活へ

 過去30年間、営々として築いてきた観光立国・観光先進国への努力が、新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延によって、一瞬にして崩壊した。

 世界の観光を支えてきた国境を越えたグローバリズムは、各国政府の鎖国政策への転換によって瞬時に終わった。各国内の県境なき開放主義も、各自治体の県境封鎖によって断ち切られた。日本も都道府県として鎖国主義をとった。

 人類文明を支え成長させてきた人と人との交流もできなくなった。日本では自粛で解決したが、多くの国々では強制によって人と人との接触を禁止した。

 新型コロナウイルスは、一瞬にして世界を変えた。人々はコロナから身を守るため、この大転換に従い耐えた。

 しかし、この状態をいつまでも続けることはできない。経済が死んでしまうからだ。人々は社会経済生活を営んでいる。働いて一定の所得を得て生活している。いつまでも何もせずに引きこもっていては、コロナから身を守ることはできても、生活はできなくなる。いつかは従来の生活への切り替えを図らなければ、社会全体が崩壊してしまう。どこから復興の努力を始めるべきか?

 私は「観光の復興」が日本全体の復活への突破口になる、と考えた。何日も日本地図を見続けたところ、伊豆の伊東からの光を見た。まさに「観光」である。

 観光の復活は、まず近隣から着手し、ついで東日本全体へ、さらに日本全体へ、そして国際観光へと一歩一歩広げていくのがよいと思う。ヒントになったのは老子の「千里の行も足下に始まる」の言葉である。

 小野達也伊東市長との面談をセットしてくれたのは私の弟・豊治の友人で元伊東市議会議員の増田忠一氏である。遠縁にあたる鈴木絢子伊東市議会議員にもお世話になった。6月3日午後、伊東市役所を訪問した。

 東京から伊東までプロのドライバーの友人の車で行ったが、東名高速道路もバイパスも普通の道路も、交通量は極めて少なく、サービスエリアも閑散としていた。街中に人の姿はほとんど見かけなかった。伊東市の街中も走ってみたが、人影はなかった。みんな、今なお自宅にこもって自粛を続けている。

 政府の緊急事態宣言は解除されたが、人々はまだ新型コロナウイルスへの強い警戒心を持ち続け、ひきこもり生活に耐え続けているのだ。

 伊東市役所も閑散としていた。職員だけが黙々と働いていた。

小野達也伊東市長の熱い訴え

 小野達也市長は静岡県議会議員を経験した地方政治のベテランである。きわめて真面目・実直・謙虚で能力ある地方政治家である。期待できると感じた。

 私は小野市長に対し、「伊東温泉の観光衛生都市としての再建と発展が日本全体の再生の突破口になる可能性があり、小野市長に期待しています」と話した。小野市長は、私の発言を受けて、観光復興への強い決意を語った。

 「伊東市は日本で有数の湧出量を誇る温泉地。地形もよく恵まれた土地である。

 伊東市は自然環境にも文化遺産にも恵まれた非常に優れた観光地。衛生環境の整備にも努力している。世界中から観光客が安心してきてくれるすぐれた温泉観光衛生都市にする。

 伊東市には貴重な歴史的文化遺産が多くある。後世に残すべき文化遺産を大切にしている。

 現在新型コロナウイルス感染症の影響で、伊東市の事業者は大変苦しんでいる。宿泊客の減少による市内経済の損失は約116億円と推定しており、日帰り客を含めると、さらに大きな損害になる。

 新型コロナウイルス感染症は大変きびしいが、前向きに考えていきたい。首都圏でのテレワークやリモートワークの定着により伊東市を含め伊豆半島など気候が温暖でのんびり生活できる地域への移住定住の促進に取り組む」。

小野達也・伊東市長と著者。
小野達也・伊東市長と著者。

観光地としての伊東の特色 

 伊東市は自然も文化遺産も豊かだ。なかでも人気が高いのは、伊東市出身の詩人・木下杢太郎である。記念館もある。

 木下杢太郎は詩人としての筆名である。本名は太田正雄。東大医学部教授で医学者としての業績も大きい。太田家は私の本家の森田家と同じ「湯川」にあった。雑貨商を営んでおり、私は小学生の頃よく買物に通った。中学生になってからは木下杢太郎の甥の太田慶太郎(昭和初年の東大新人会のリーダーとして治安維持法違反容疑で逮捕された経歴をもつ静岡県共産党のリーダー)から思想教育を受けた。七十 年以上前のことだ。太田正雄(木下杢太郎)のような天才が、近所から出たことは私たち少年に大きな刺激を与えた。木下杢太郎関係の文化遺産は伊東市の各地にあり、伊東観光の目玉になっている。

 伊東観光の人気の第一は豊富な温泉。第二は美しい自然、とくに城ヶ崎海岸。第三は大室山、小室山、一碧湖、遠笠山、万二郎岳、天城峠の雄大なハイキングコース。第四が川奈ホテルと川奈ホテルゴルフ場。第五が伊東市内の松川、歴史的建造物の「東海館」。東海館入り口の見事な彫刻の作者・森田東光は私の叔父(父の弟)である。第六が伊東全体ののんびりゆったりした空気、雰囲気と市民のやさしさ。

 今回の伊東取材に当たっては多くの方の協力を得た。衆議院議員の勝俣孝明氏は静岡県と伊東のコロナ禍を数量的に分析してくれた。公明党中央本部の東睦治総務局次長は静岡県公明党と伊東市公明党に連絡をとり伊東観光の特徴を整理してくれた。私の甥の森田卓秀(建築企画森田工務店社長)一家も協力してくれた。増田忠一氏と伊東市観光課長の草嶋耕平氏にはとくにお世話になった。その他多くの方々の協力をいただき「伊東」を研究した。伊東には奥深い潜在能力がある。感謝する。伊東温泉の一日も早い再生を祈る。

(月刊『時評』2020年7月号掲載)

森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。
森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。