
2025/04/02
石破総理は2月初旬、トランプ米国大統領と初の首脳会談をワシントンで行った。
一時期は、そもそもトランプ大統領に会えるかどうか、いつ会えるのか、と会談自体の成立をめぐって議論もあったが、ふたを開けてみれば、会談自体は成功したと評価されている。
経済面では、石破総理は、日本の対米投資額を1兆ドル(約151兆円)に引き上げると表明するとともに、米国産のLNG(液化天然ガス)の輸入を増やす考えを伝えた。
これは、トランプ大統領が関心を寄せる投資誘致と貿易赤字解消に対する回答の一端であったことは間違いない。「ディールの人」とされるトランプ大統領に対して、明確な数字を示してディールを持ちかけたというところだろう。
実際、トランプ大統領は、会談の冒頭、米国の対日貿易赤字が「1000億ドル(約15兆円)規模」に達すると主張し、日本側に解消を迫っている。マスコミから「解消しない場合に関税引き上げを検討するか」と問われると、「する」と明言もしている。
また、懸案となっている日本製鉄による米鉄鋼大手USスチール買収計画をめぐっては、「買収」ではなく「投資」だとして事態打開を目指す方針で一致したという。
実際、トランプ大統領は、会談後の記者会見で「彼ら(日鉄)は買収ではなく、多額の投資を行うことで合意した。投資は大好きだ。OKだ」と述べた。
これが、買収に反対してきたトランプ大統領の軌道修正のための政治的レトリックなのか、あるいは両者の思惑の相違でしかないのか、今後の成り行きを見る必要があるだろう。
他方で、安全保障関係では、米国による日本防衛への「揺るぎない関与」や「自由で開かれたインド太平洋」に向けた日米連携を明記した共同声明が発表された。
会談の成果とされる事柄を見ると、一部の石破総理のマナーや行儀への批判は別として、確かに今回の日米首脳会談は成功であったと評価されてしかるべきだろう。
日本の野党各党も、多くは国益の観点から成功であったと評する向きが多い。
しかし、ここで留意すべきは、なぜトランプ政権は、ここまで日本に対して配慮したのかという理由を認識することだ。
トランプ大統領は、石破総理をホワイトハウスで出迎えた際、「われわれは日本を愛している」と述べ、握手を交わした。
また、石破総理については「タフガイで、ナイスガイ」だと好意的に高く評している。
日本に対して厳しい要求があるのではないかとの観測もあった中で、日本に強く配慮して厚遇したのはなぜか。この点を明確に認識しないと今後の混乱を招くだろう。
英語には「誰かの靴を履いてみる」という表現がある。
他人の立場になってみるということで、エンパシー(empathy)をわかりやすく説明する表現だ。
エンパシーは、一般的には「共感」と訳されることが多いようだが、若干のニュアンスの違いがあり、「誰かの靴を履いてみる」という方がわかりやすい。
これこそが、相手を理解し、円滑なコミュニケーションを可能とし、適切な判断を行っていく基礎だろう。
トランプ政権については、何をしでかすかわからない予測不能の政権だという声もあるが、「トランプ大統領の靴を履いて」考えてみれば、米国政府が何をしようとしているか、何を求めているかはよくわかるはずだ。
トランプ政権の基本方針は「アメリカを再び偉大にする(Make America GreatAgain)」であり、より具体的には、自国優先、もっと言えば、大統領支持層の利益優先であろう。
トランプ大統領の靴を履いてみれば、当面目指すべきことは、「アメリカを再び偉大にする」という旗印の下で、2年後の中間選挙に勝利し、自分の政権の権力基盤強化と大統領退任後の影響力保持を図ることだ。
そのためには、外交面では、米国に取って代わらんとさえする覇権的な動きを見せる中国との関係をいかにコントロールするかが最大の課題の一つであることは間違いない。
ロシアと中国の接近を阻止して分断するためにはウクライナ戦争は停止させるべきであり、BRICSの拡大も阻止すべきであり、そしてインド太平洋地域でのQUADを軸とした取り組み強化は進めるべきだ、とトランプ政権は考えているはずだ。
こうしたコンテクストにおいて、トランプ政権は、同盟国・友好国である日本に対して強く配慮したのであろう。
米国は日本の立場を認めたと浅薄な理解に基づいて行動すれば、手痛い目にあうことになるだろう。
トランプ大統領は、目的を達成するための手法という点では「ディールの人」である。日本への配慮がディールの一環であることを忘れてはならない。
(月刊『時評』2025年3月号掲載)