2024/06/17
内閣人事局が、昨年の臨時国会の実態調査の結果を発表したところによると、国会議員から質問案を受け、官僚組織において大臣などの答弁資料を作成し終わった平均時刻は、実に、午前2時56分だという。
草木も眠る丑三つ時(午前2時から2時半)を越えているが、これでさえも、あくまで平均であるから、実際には徹夜作業で朝を迎えたケースも多々あったはずだ。
このような異常な勤務が横行する一因は、よく指摘されるように、国会議員からの質問通告のタイミングが遅いことである。
1999年、与野党は「質問通告は委員会2日前の正午まで」と申し合わせたが、言っただけに終わっている。
あまつさえ、2014年には、審議日程が前日まで決まらないことが多い現実を踏まえ、「速やかな通告に努める」と曖昧な表現の申し合わせへと後退した。
実際、先の内閣人事局の調査によれば、「土日・祝日を除き、質疑2日前の正午まで」に通告があったのは全体の19パーセントであり、「質疑前日の正午まで」の通告としても、全体の57パーセントにとどまるという。
それでも、官僚組織は何とか国会関係を含めて膨大な業務をこなしてきたが、それ故に、こうしたブラックな実態が継続してしまったという皮肉な一面は否定しがたい。
しかし、いまや官僚諸君の自己犠牲も限界を迎えている。
2021年の第204国会では、政府提出法案に誤りが多発したことを受けて内閣官房に「法案誤り等再発防止プロジェクトチーム」が設置され、同国会における内閣提出法案において、案文(改め文)において14件、参考資料において167件、合計で181件もの誤りがあったことが指摘された。
その原因については、チェック体制が不備であったとかスケジュール管理の適切な管理が不十分だったとされたが、ありていに言えば、官僚組織において十分な人的資源が質的にも量的にも確保されていないということに他ならない。
こうした中、心を病む職員も少なくない。人事院によると「精神及び行動の障害による長期病休者」は全職員の1.51パーセントで、全産業平均の0.4パーセントの約4倍となっている(2019年度)。
霞が関を去っていく官僚も増加している。幹部候補とされる若手キャリア官僚(総合職)を対象に、人事院が昨年5月に初めて公表した調査によると、入省10年未満の退職者は2018年度に100人を超え、2020年度に至るまで3桁を越え続けている。
一般職と専門職を含めた若手(34歳以下)の退職者数を見ると、2020年度では、国交省568人、厚労省307人、法務省293人、国税庁282人、総務省150人、財務省108人、農水省69人、外務省59人、文科省53人、経産省44人、などとなっている。
もちろん、彼らの退職理由がすべて国会関係業務を含む非合理的な業務故のブラックな職場環境のせいだということはできないかも知れない。
例えば、若い世代の職業観が変化しており、転職によりステップアップを図ることがだんだんと普通になりつつあるという側面もあるだろう。
しかし、そうであればこそ、中央官庁は職場としてのブラックさを払拭するだけではなく、さらに人材確保競争を意識した取り組みを進める必要があるはずだ。
日本においては、官僚組織が有能であり清廉であると信じられた時代があった。そして、国家運営の基盤として、官僚組織が有能かつ清廉であることは、国民の財産であった。
そうした有能で清廉な官僚組織を私たちは失いつつある。雇い主としての国家・国民が、官僚諸君の自己犠牲を当然視して甘えてきた結果ではないか。
官僚諸君の自己犠牲は、いわゆる職業の3要素から見れば、職責を通して自己実現・成長の機会を十分に与えられ(個人性)、国家・国民の役に立つのだという自負を持てるほどに社会貢献ができ(社会性)、少なくとも生涯を通した処遇という点では満足すべき程度ではあった(経済性)、という現実に支えられたものであった。
しかし、いまや、こうした要素は過去のものとなり、職場としての霞が関はブラック以外の何物でもない状況だ。
国家公務員試験を学生諸君が忌避する理由として「試験の負担」という声があるというが、だからといって試験を容易化していくことが正しいとは思われない。官僚の質は高く保持すべきだからだ。
学生の声を正確に理解するなら「それだけの試験の負担に職業としての官僚は見合うとは思えない」ということである。
従って、先に見た職業の3要素から見て、負担の重さに見合うだけの職業生活を用意することこそが、必要な処方箋だ。
私たちは、今ここにある官僚組織の危機を直視して、早急に取り組みを進めなければならない。誰も丑三つ時を越えて働き続けることはできない。
今春、使命感に燃え、あえて官僚組織に加わった新人諸君が、早々に幻滅しないように、迅速でしっかりとした対応を期待したい。
(月刊『時評』2023年4月号掲載)