2024/11/06
第26回参議院議員通常選挙が近づいている(本稿執筆時点で、6月22日公示、投開票は7月10日との予測記事が出されているが、いずれにせよ、法律の規定により、7月25日までには必ず選挙が実施される)。
今回の参議院選挙については、今後、衆議院の解散がない限り、補選を除くと国政選挙が3年間ないことになるため、岸田政権が長期政権となるかどうかの試金石であるとの解説がよく聞かれる。その場合、政局の焦点は、2024年9月の自民党総裁選ということになるのだろう。そのような意識もあってか、今後の「国政の構造」を意識した与野党の動きも活発である。
1999年以来の連立パートナーである自民党と公明党との間では、参議院選挙における相互推薦などをめぐって一時期ぎくしゃくとした関係に陥ったが、「有力者」たちの尽力により関係を修復したと伝わる。
野党側では、日本維新の会が2022年度の活動方針として、参議院選挙において「改選議席倍増」「比例票で立憲民主党を上回る」との目標を掲げ、さらに「次期衆院選で野党第一党」となるとした。
野党の立場ながら2022年度予算案に賛成した国民民主党は、参議院選挙に向けて自民党と接近したり、日本維新の会との選挙協力を打ち出したが一部選挙区での相互推薦に関する合意文書を白紙撤回してみたり、と忙しいようだ。
立憲民主党は、野党共闘の必要性を呼び掛けたが、特に共産党との距離感をめぐって、具体的な枠組みが揺らいだ。参議院選挙に向けて、共産党との間で昨年の衆議院選挙で結んだ「限定的な閣外からの協力」を棚上げすることを確認したという。こうした一方、野党各党との候補者調整を行う意向だったが、一人区での野党間の候補者競合もやむなしと方針転換したとも聞く。
もちろん、政治の世界における選挙をめぐるダイナミズムとして、これらの動きは理解すべきものであろう。
しかし、他方で、私たちが忘れてならないのは、そもそも参議院とは何であるのか、あるべきなのか、という「原点」だ。
参議院は、衆議院に対する抑制・均衡・補完の機能を通じて、国会の審議を慎重にし、これによって衆議院とともに、国民代表機関たる国会の機能を万全なものとすることが期待されている。
民意の反映をより強く期待される衆議院に対して、解散がなく、6年の任期が保証され、より長期的な視野での議論ができるという独自の立場を日本国憲法が参議院に与えているのは、まさに参議院に「良識の府」としての役割を期待するからだ。
決して、参議院は衆議院の「カーボンコピー」であってよいはずはなく、従って、政党による拘束が衆議院と同じであってもならないはずである。
むしろ、参議院においては、長期的な視点に立って、より高い視点から、衆議院では十分に反映されない国民の意見までも拾い上げ、政党の党議によって画一化されない冷静で理知的な討議を行うことが期待されるのである。
そうした役割を担うべき参議院の構成が、政党主導の政局的なダイナミズムだけで決定されることは、望ましいことではないだろう。
現下の日本の情勢を鑑みると、そもそも参議院に期待される「良識の府」としての機能がしっかりと果たされることこそ、国家・国民のために最も必要とされることではないか。
もちろん、民意を代表することは民主主義における正当性の源泉であるが、他方で、一時的な大衆の熱狂によって国を誤ってしまうなどの歴史への全人類的な反省から生まれたさまざまな制度的な工夫を軽んじてはならない。三権の分立しかり、権力者の任期制限しかり、そして、議会における二院制度しかりである。
民主主義の原理は、人類普遍の価値であるが、それを具体的な制度としていかにつくり上げ、運営していくかという点については、歴史的な犠牲を伴う試行錯誤があった。その試行錯誤から、一院制から生じる軽率と専横との弊害を抑制し、第一院の議決をさらに他の観点から批判し審査し得る機会を保持することの有益性を私たちは学んだ。
民主主義の精神を打ち立てたフランス革命は、多くの紆余曲折と混乱をもたらし、そこから人類は多くの教訓を得た。フランス革命の指導者の一人であるシェイエスは「第一院は、第二院と一致するなら無用であり、一致しないなら害悪である」と述べたとされるが、その後の歴史的事実として言えば、当のフランスを含め、多くの国が二院制を採用するに至った。
多くの民主主義国家のモデルとされる英国では、かつて「議会は、女を男にし、男を女にする以外のすべてをなしうる」(ジャン=ルイ・ド・ロルム)と言われたが、長い歴史の中で、権力の抑制のためのさまざまな慣習が確立されてきた。
そうした人類が獲得してきた経験と知恵の上に日本の民主主義も設計され、運営されているはずだ。
今回の選挙を経て、「良識の府」としての役割を国家・国民のために十全に果たす参議院が構成されることを強く期待したい。
(月刊『時評』2022年7月号掲載)