2024/08/01
4月7日に政府が緊急事態宣言を発出してからほどなく1カ月となる。最低7割、極力8割の対人接触回避を掲げ、都市圏を中心とする複数の都府県ではこれに基づき、事業所におけるテレワーク、教育施設や商業・遊興施設の自粛が要請された。これに対し、可否はともかく「欧米並みの厳戒な体制が必要」との声があるが、現行の自粛中心の宣言内容でも事業が立ち行かない、という嘆息が数多く聞かれる。第3次産業が経済の主体を為す成熟社会は、基本的に対人経済社会であることを改めて印象付けている。
とはいえ、何より重視すべきは人命である。国民全体が危機感と使命感をもって緊急事態に臨むべき時だ。そして短期の終息を図り、経済の損耗を最小限に抑制するためにも、今は耐久するほかはない。ソーシャル・ディスタンスを徹底しなければ、緊急事態宣言が解除されず、自粛がより一層長期化する恐れがある。何としても医療崩壊を防ぐのはもちろん、経済の低迷、社会の停滞が日常化することも避けねばならない。長期化によって憂慮される影響は、もちろん経済だけではない。基礎教育機会の逸失が指摘される教育、濃厚接触が避けがたい介護の現場、いまだ復興過程にある各種災害の被災地等、感染拡大前の日常において重視されるべき社会の諸相が、非常に困難な状況に置かれている。自粛の長期化によって、後年にわたり影響が残る可能性を考えると、やはり短期終息への努力こそ最善の方策というほかはない。
欧米の感染拡大と膨大な死者数は、日本の状況をはるかに凌駕し、さらに新興国への拡大がうかがえる。COVIT-19終息後の世界がどうなるか不透明だが、従前のグローバル社会がさらに変容し、新たな世界秩序が形成されていくという指摘がある。中世、欧州でペストが猖獗を極めた後、その影響によって従来の生産体制が組み代わり、新たな経済システムへ移行する契機になったとする研究もある。確かに、現状を見る限り、発生前の社会に戻るのが容易ではなさそうな国もある。欧米の経済的低迷が他の新たな新興国の勃興を招来するかもしれない。軍事やエネルギーだけでなく、保健・衛生に関する安全保障の枠組みが構築されるかもしれない。ヒトの流動が緩やかになる反面、通信の普及が産業界だけでなく教育や医療などへ急速に浸透していく等が予測される。生物テロなど従来とは異質の脅威に対峙せざるを得なくなる事も否定できない。近代において、戦争や紛争、大国の政変や革命はその後、大小を問わず秩序の再構築を生み、国際社会をけん引する新たなリーダーを生んできた。
日本はその時、新秩序の中核国たる道を探るべきだ。ここまで政府の感染拡大対策は試行錯誤が続き賛否両論あるが、あくまで欧米の状況に比べれば人的被害は大幅に抑制されている(4月中旬現在)し、封鎖が続く多くの国々より経済的損耗はまだ少ない。また高度な医療技術もある。政府は感染拡大抑止に全力を傾注しつつも、終息後の世界をシミュレーションし、日本がどのように貢献できるか検証しておくことは、意義ある試みだと思われる。まさにこの危機を、未来に生かす大きな契機へと転化すべきだ。
緊急事態下こそ、意義ある人事を
このような危急下、霞が関における例年の人事に異変が生じている。海上保安庁では例年4月に予定していた人事異動が延期となった。国内に目が向けられがちな中、近隣諸国への対応も決して気を抜けず、さらに近年の人手不足により、この時期、〝引っ越し難民〟が生じることから異動時期をずらすことが検討されていたというが、加えて今般の感染拡大で、緊急事態宣言の対象となった都道府県から数百人単位の異動者が地方へ移るのは拡大リスク抑止の観点から好ましくない、とのことだ。
こうした判断は正しい。例年ならば地方局をはじめ一定数の異動が生じるが、まさに国難の今、時期の慣例や前例にとらわれる必要はない。感染状況の動静を見定めた後に然るべき人事を行っても遅くはない。
それは今夏の中央省庁人事においても同様だ。なんとか持ちこたえている状況の中で、翌年に延期されたオリンピック・パラリンピックの開催も控え、諸外国のような感染爆発を起こすことは絶対に避けねばならない。各国のトップが「戦争」にも例えるこの危機に即応していくためには、「組織」と「個」の力が試される。現在のポストで積んだ知見を眼前の政策対応に活用すべきだ。ましてや指令塔としてのリーダーの存在、役割は重要だ。緊急時こそ、組織運営の柔軟さと大胆さが求められる。
同時に、国家公務員の人事と働き方も、この機に何らかの変化を加えるべき時かもしれない。今春、人手不足や業務の複雑化を背景に、国家公務員の定年延長制が打ち出された。単に就任年齢を伸ばすのではなく、むしろ年齢や定例にとらわれない発想も必要ではないか。個人が長年培ってきた行政執行の知見や手腕を、できるだけ長く公務に反映させていくことも意義あることではないか。
現在、霞が関のリモートワークは省庁内の濃厚接触を避けるためのやむを得ない措置だが、仮に終息したあとも、リモートワークは一定の比率で定着することも考えられる。定年延長した公務員も加えて柔軟かつ多様なシフトを組めるようにすれば、働き方改革施行後も依然として厳しい現役職員の職場環境も、多少改善されるのではないか。育児世代にとって働きやすい労働環境と、仕事のやりがいを長く維持できる人事制度、この両立を図るための試行の期間と捉えることで、この災禍を少しでも未来に対し意義あるものにしていきたい。
(月刊『時評』2020年5月号掲載)