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【時事評論】新たな社会文化定着の機会に転化せよ

Martine AuvrayによるPixabayからの画像
Martine AuvrayによるPixabayからの画像

危機の克服に欠かせない、政官の連携
 日本時間で3月12日、WHO(世界保健機構)は新型コロナウイルスCOVID-19のパンデミック(世界的流行)を宣言した。欧州、米国をはじめ感染が各国に広がり、イタリアのように患者数、死者数とも急増している国もある。

 3月初旬段階で、日本は前記イタリア、韓国、イランと並び、WHOより「懸念される4カ国」の一つに挙げられていた。3月中旬現在、日本でも終息の気配が見えないが、イタリアのような爆発的な感染拡大には至らず、「一定程度、持ちこたえている」と新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が同9日に見解を示したように、国内で感染が確認された人の多くは他人に感染させていないという状態で踏みとどまっているようだ。

 ここまで、感染拡大の抑止に向け多くの対策が講じられてきた。最もインパクトを与えたのは、全国の小中学校、高校、特別支援学校の臨時休校要請だろう。要請の表明が前週末ということもあり、教育現場や各家庭が対応に追われたことは察するに余りあるが、人智を超える脅威に対し、子どもの安全・安心を守るという意味では、やはり必要な措置だったと言える。広がりのペースが予見できない状況で、休校への踏み切りが数日遅れれば、その分感染が拡大する恐れもなしとは言えない。

 国の規模は異なれど、台湾で感染者数が3月10日段階で47人、死者数1人と圧倒的に少なく、その対応が世界から注目されている。早期の検疫体制強化に加え、2月2日には同月下旬まで小中高校の冬休み延長措置を発表した。台湾政府の防疫対策については世論調査で高く評価されている。あくまで結果論という見方もあるが、日本政府の休校自粛要請などはむしろ遅いという意見もあったほどだ。一方、休校によって生じた影響を政府による責任として判断自体を非難したり、当然のように補償を要求する声もあるが、これは国家的危機の原因を取り違えているか、政権批判の材料に利用する論であると思われる。

 いずれにしても、政府はまず拡大の抑止に向けて引き続き、あらゆる方策を講じてもらいたい。個々の方策についてその是非や賛否を鑑みるのではなく、手立てが遅れること自体をまず恐れるべきだろう。そして、当然のことではあるが、危機に臨んでは政官の知見を総動員する必要がある。政と官が相互信頼関係を構築し、強固な連携を取ってこそ、機動的かつ効果的な対策が可能となる。厚生労働省をはじめとする当該省庁だけでなく、オール霞が関体制を敷くことが重要だ。経済の早期回復、影響の短期間化と最少化を図るためには、各省とも所管に応じて、現時点から終息後を見通したシミュレーションを立てておくことが求められる。

 かつて東日本大震災のとき、当時の政権と行政機構との信頼関係が低下していたため、機動的かつ有効な初期対応が阻害されたと見る向きは少なくない。この経験を教訓とするなら、政治のリーダーシップと官僚の実務能力の相乗こそ危機管理の第一であり、まさに今がその結束を問われていることになる。台湾ではマスクの集配について、IT担当相による迅速かつ精細な情報ロジスティクスが高く評価されているが、どの国でも、危機が発生するたびにこのような〝救世主〟的存在が表れるとは限らない。組織全体の知見をいかに結集し、最速をもって最適解をくだし得る態勢を構築できるかどうかに、国家の強靱性が示されると言えよう。自治体、産業界からの協力態勢はもちろん、国民個人の忍耐が必要なのは言うに及ばない。あらゆる分野で中止、延期などの自粛傾向がみられる現在、ありきたりな表現だがオールジャパンで団結することこそ、終息への近道だ。

新たな社会文化定着の機会に転化せよ
 一方、この機にテレワークの定着が一層進むと想定される。女性の社会進出や男性の育休取得を政府が促す以上、公官庁が率先して育児世代を中心とする在宅労働を推進すべきとの声が根強かった。今回は急きょテレワーク実践を余儀なくされたケースも多かったはずだが、こうした緊急時に限らず平常時においてテレワークできる体制を整備しておくことが、結局のところ危機管理につながると言えよう。

 総務省の通信利用動向調査によると、2018年時点でテレワークを導入している企業は19%、まだ決して多いとは言えない数字だが、実施すれば、「非常に」「ある程度」を合わせ、「効果があった」という回答が81%にのぼった。需要はあるが、セキュリティへの心配やネット環境の不備、業務の電子化の遅れなどなどの理由で、踏み込めない企業が多いことが窺える。

 しかし、図らずも今回の通勤自粛傾向により、テレワーク導入・実践への社会的環境が急速に整うのではないだろうか。出勤を前提とする日本企業の社風もだいぶ風向きが変わるかもしれない。この4月からは中小企業においても働き方改革が施行されることから、在宅勤務の傾向もより数多くの企業へ、草の根的に広がりを見せるだろう。この機に、導入に対する何らかのインセンティブや遅れているところへの支援措置など、もうあと少し背中を押す制度があれば望ましい。過去数度にわたる大型自然災害を経てボランティアの活動が一般化したように、今回の困難を新たな社会文化定着の機会へ導く機運があっても良いだろう。

(月刊『時評』2020年4月号掲載)