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【時事評論】日米開戦80年  冷静な判断へ「学問のすすめ」

pixabay
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 「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」

 ちょうど80年前の1941年12月8日、日本は、ハワイ真珠湾のアメリカ軍基地への奇襲攻撃を開始(マレー半島のイギリス軍根拠地への攻撃も開始)、3年8カ月に及ぶ太平洋戦争が始まった。

 毎年8月、戦没者への慰霊のための祈りが捧げられ、戦争体験を語り継ぎ、平和憲法の下、平和を守ろうという声が高まる。

 それは、尊い声であり、有益でもある。

 他方で、なぜ戦争を始めてしまったのか、なぜ戦争を止められなかったのかという「始点」について、しっかりと考えることも、同様に重要であるはずだ。

 いま、国際政治は、米国の覇権の下での安定期から歴史的変化を遂げつつある。

 中国が、驚異的な経済成長を遂げ、その力を基に国際的プレゼンスを高め、軍事的パワーも質量の両面から拡大させている。

 経済面では、すでに2010年に名目GDPで日本を抜き去った中国は(今や日本の3倍にもなろうかという経済規模だ)、2028年から29年にかけて米国をも追い越して世界最大の経済大国になるという予想まで出ている。

 そうした経済力を背景に、「一帯一路」や「AIIB(アジアインフラ投資銀行)」といったイニシアティブで国際的プレゼンスを高め、「借金漬け外交」と称される手法で実利的影響力も拡大させている。

 また、軍事面でも、空母や第5世代のステルス戦闘機を有し、「海洋強国」を標榜して実力による国際秩序の変更を試みているとされる。

 米国は、中国を競争相手と認識し、協力できる分野では協力するとしつつも、クアッド(日米豪印)やAUKUS(米英豪)といった
「中国包囲網」を構築している。

 まさに、米中が覇権を争う状況であり、一部では、かつてのアテネとスパルタの歴史を引き合いに、両国間の武力衝突を懸念する声さえある(「ツキディデスの罠」)。

 今年3月には、デービッドソン米国インド太平洋司令官(当時)が米上院軍事委員会の聴聞会で「中国が6年以内に台湾を侵攻する可能
性がある」と述べている。

 このような時だからこそ、戦争の悲惨さを語り継ぐだけではなく、なぜ戦争に至るのかという冷静な分析もまた求められる。

 太平洋戦争開戦に至る経緯の学問的検証は、すでに多くの泰斗が取り組んでおられるので、詳細はそちらに譲るが、ここでは、政治的な
交渉等の背景として、国民的な対立感情が強かったという点を指摘したい。

 私たちが忘れてならない点は、現代の戦争は国を挙げての「総力戦」とならざるを得ず、国民の支持なき戦争は基本的に行い難いという
ことだ。

 太平洋戦争においても、多くの国民は熱烈に開戦を支持し、マスコミも開戦熱をあおり、多くの人々が開戦によってすっきりとした晴れ
やかな気持ちとなったという趣旨のことを書き残している。戦争は、一部の「暴走」だけで起こったのではない。

 逆に言えば、平和の礎は、国民の冷静な判断だ。

 「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目になります」と、終戦40周年の記念演説において、ヴァイツゼッカー西独大統領(当時)は述べた(「荒れ野の四十年」岩波書店)。

 「ヒトラーはいつも、偏見と敵意と憎悪とを掻きたてつづけることに腐心しておりました。若い人たちにお願いしたい。他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい」(同書)。

 いま、確かに米中が覇権を争う歴史的状況にあるが、だからこそ、敵意や憎悪を駆り立てるのではなく、冷静に対応を進める判断をしな
くてはならない。

 その判断は、政治的リーダーやオピニオン・リーダーのみならず、広く国民一般に求められるべきものだ。

 福沢諭吉が著書「学問のすすめ」において、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と述べた後、「人は生まれながらにして貴
賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」として学問を
勧めたことは有名だ。

 実は、同書では、さらに学問を勧める理由について「厚く学に志し、博く事を知り、銘々の身分に相応すべきほどの智徳を備えて、政府はその政を施すに易く、諸民はその支配を受けて苦しみなきよう、互いにその所を得てともに全国の太平を護らんとするの一事のみ。今余輩の勧むる学問ももっぱらこの一事をもって趣旨とせり」とも述べている。

 人びとが政府の支配で苦しまないよう、そして太平を守るために、学問が必要だと福沢は述べているのだ。

 言うまでもなく、学問によって獲得されるべき知性こそ、冷静な判断の基礎だ。

 太平洋戦争開戦から80年の節目に当たり、米中の覇権争いの一方で「反知性主義」の跋扈が指摘される今だからこそ、あらためて、偉大
な先人たちのメッセージを噛みしめたい。
                                               (月刊『時評』2021年12月号掲載)