2024/11/06
「痛み」のある改革に菅政権は着手すべきだ
民主主義の下で、新たな政権がスタートして最初の100日間を「ハネムーン期間」と称することがある。
まずは、新政権を歓迎し、そのお手並みを拝見する期間であり、この間は、野党もマスコミも性急な批判を控えるのが普通である。
今年9月16日に発足した菅内閣も、今まさに「ハネムーン期間」にある。
各種世論調査によると、政権発足時の支持率は軒並み高い水準だ。
例えば日本経済新聞社とテレビ東京が実施した緊急世論調査では、内閣支持率は74パーセントで、政権発足時としては過去3番目の高さだったという。
こうした中、菅政権は、行政の縦割り打破、デジタル化の推進に向けたデジタル庁設置、各国首脳との電話会談による外交デビュー、携帯電話料金引き下げ実現のための取り組み、等々、スピード感を持って具体的な仕事を進める姿勢を打ち出している。まずは、順調な船出であろう。
しかし、課題はこの「ハネムーン期間」の先にある。
これまでのところ、菅政権が掲げたテーマは、自らが長として率いる行政への切り込みや、国民の負担を軽減しようとするものが目立つ。
もちろん、それらの重要性を否定するものではない。
しかし、四半世紀にわたって経済的に停滞を続け、国民のモラル(道徳感)とモラール(士気)が低下しているのではないかと思われる現下の日本に本当に必要な改革は、国民に相当な「痛み」を求めざるを得ないものだ。
菅政権が継承すると宣言した安倍政権時代のアベノミクスは、「金融政策」「財政政策」「成長戦略」の三本の矢を標榜していた。
しかし、アベノミクスの成果を認めるにしても、その内実を厳しく見ると、「金融政策」に相当寄りかかり、「財政政策」はコロナ対策でバラマキ的に拡大し、「成長戦略」は不発といっていい状況だ。
安倍政権を継承する菅政権には、バラマキの後始末としての財政再建への道筋を明確化するとともに、力強く効果的な成長戦略を実行することが期待される。
まず、財政再建については、「増税と歳出削減」という、国民に負担や痛みを求める方法しかない。
実は、財政再建のためには、国の借金を軽くするインフレという道もあるが、これは弊害が大きい「禁じ手」だ。
他方、成長戦略については、「生産性向上」が最重要課題だが、実は、その具体的な方策は、多くの国民に「痛み」を求めるものだ。
そもそも経済成長は、①投資の拡大、②労働の拡大、③生産性の向上、の三つの要因で達成される。
規制改革による投資拡大や、女性・高齢者の就業促進や外国人労働者の受け入れによる労働の拡大も意味があろうが、他の先進国の経験から見ても、成長の要は、生産性の向上だ。
生産性の現状を見ると、日本の時間当たり労働生産性(就業一時間当たり付加価値)は46・8ドル(購買力平価換算)で、OECD加盟36カ国中21位に甘んじている(日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2019」)。
なぜ、このような状況にあるのか。
マクロ的に見れば、日本の生産性の足を引っ張っているのは、わが国企業の99・7パーセントを占める膨大な中小企業であることは明らかだ。
もちろん、中小企業の全てが足を引っ張っているわけではない。「日本の宝」ともいうべき高生産性の中小企業も存在する。
しかし、本来であれば市場競争を通じて淘汰されるべき低生産性の中小企業が、政策的な援助の下で生き残っている現実を見る必要がある。
生産性問題については、IT導入の遅れが問題などという声も聞くが、そもそもITの導入・活用ができないレベルの中小企業が多いという現実がその背景にあることを忘れてはならない。
日本の低生産性をもたらしている中小企業を競争と淘汰にさらしていくことは、当然ながら多くの国民に「痛み」をもたらすが、その覚悟なくして生産性向上は達成できない。
このように、日本が本当に必要としている改革は、増税と歳出削減による財政再建にしろ、低生産性の中小企業の淘汰にしろ、国民に「痛み」を求めるものである。
こうした改革を「ハネムーン期間」の先を見据えて実行できるかどうかこそが、菅政権の真価が問われるところだ。
来年9月までの任期しか持たない菅総理には厳しい課題かもしれない。
しかし、逆に、知的分析と政治的情熱に基づき、大衆迎合的な衆愚政治に陥ることなく、こうした改革を実行できれば、新たな大宰相が誕生する。
日本の国家と国民のために、期待したい。
(月刊『時評』2020年11月号掲載)